制作の途中で昔だったらタバコを吸うタイミングで、アンプにつないでギターを弾いている。などと いうと腕の方もさぞかし、と思われるだろうが、せいぜいタバコ2本程度でやることがなくなってしまい、仕事にもどる。この調子であるから何年経とうが上達することはない。たまに教則DVDなど買うことも あるが、腹の中ではなに無駄なことをしている。という自分がいる。またそれで良いのだ、とも思っている。 人間都合よく、やることなすこと上手くいくわけにはいかない。人間の魂の体積は一定であろう。一つ出っ張ったら、一つ引っ込む。そうしたものだと昔から考えている。 私がしばしば書くように 、制作上肝心なときは楽しいことを避けるのはそのためである。楽しい分、制作上の何かが減るのを恐れている。 ギターが上手くならない分、人形制作が上達すれば良いのである。肝心なのは、ただその一点である。大した能力を持ち合わせていない分、一点に集中させないでどうする。という話である。 たとえば私は相当な方向音痴である。その欠けた分が制作の能力にまわっているはずである。それはそうであろう。でなけりゃ間尺に合わない。片付けができないという欠点も、そうとう制作の方にまわっているのは間違いがない。小学校低学年の通信簿に“掃除の時間何をしていいか判らずフラフラしています” と書かれているから、早い時期から図画工作の方に回していたことになる。 自分のダメな部分はすべて必要なことのために動員されている、と考えているので自分の欠点がさほど気にならない。当ブログも、人形作家としての神秘性をメチャメチャにしながら平気で続けているのもそのせいであろう。 近々、近所のトラックドライバー二人とスタジオを借りてギターを鳴らそうという話がある。ギターが下手糞ないい訳をしていて、私の“異常心理”について書いてしまったが、昼に何を食べた、なんて話よりはマシであろう。
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