未知の方から大きな魚イシナギはあのイシナギですか、と質問をいただいた。半分そうだといえるが半分は違う。これは当初、最初に頭を悩ませた問題であった。ネタばらしになってしまうが、完成まで間があるし、当ブログの読者数もたかが知れている。それに私としても、近所の酔っ払いの話より、できれば制作に関することを書きたい。 おっしゃるとおり、ネットで検索しても判るが、鏡花が作中『かさも、重さも、破れた釣鐘ほどあって』と書くように、一メートルなど軽く越してしまう魚である。今では高級魚であるが、マグロのトロと同じく、昔は脂の強い魚は好まれなかったのか、以外に安価なことに鏡花も作中驚いている。だったら村に持ち帰って自分達で食べようと二人の漁師は考えたのであろう。いわゆるクエ、アラ系統の鍋にして絶品の類らしい。肝臓にはビタミンAが多量に含まれ中毒を起すので、現在は肝臓を取り出さないと販売ができないという。 そう簡単にあがる魚ではない。仮にどこかの市場に入ったとして、運良く撮影できたとして、まず合成する背景と市場の照明が合わないだろう。丸太に吊るされて漁師に運ばれるのだが、それがドンと寝ころがっているのを撮ったところで、吊るされているようにはならない。しかもそれだけでなく、死んでいるはずが『ヌサリと立った』などという演技をしてもらわなければならない。 編集者は粘土で作ったらどうか、とかスズキで代用したらとかいっていたが、潔癖症の鏡花が、だからこそというべきか、この魚に対し、無残にも血を滴らせた描写をしている。おとぎ話のような話であるが、ここは本物にこだわった。いつもいっているが、嘘をつくにはホントを雑ぜるのがコツである。そこで考えたのが小さなイシナギを入手し、巨大に見せられないか、ということである。かつて40センチ程の瀬戸内海産のタコを、巨大化させた経験がある。そこで検索して網で獲れたイシナギの幼魚を販売している岩手県の店をネット上に見つけた。それで安心してしまったのだが、さてそろそろ撮影を、と思ったら、そのサイトがネット上にあるだけで反応がない。更新した日付を見ると、どうやら震災のために移転、もしくは廃業したようである。 それでも制作の合間に検索し続けていて、青森に毎日入荷した魚の画像をアップしている鮮魚店があり、その中にイシナギを見つけた。さっそくメールをすると、これからシーズンで40センチクラスの網にかかった物が入るので、入り次第メールをくれるという。そしてクール宅急便で到着したそれをマンションの屋上に持って行き吊り下げ、自製の血糊をかけ(演劇用の血糊を入手したが、魚の血の感じとは違った)撮影した。撮影中子供がニ、三人上がってきた。面倒臭いと思ったが、屋上で血だらけの魚をぶら下げ這いつくばって撮影しているオジサンに話しかける子供はいなかった。イシナギは撮影後、すぐにT千穂に持ち込み、刺身と潮汁にて無事成仏。
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