明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



九代目團十郎を作りながら三遊亭円朝撮影用に、ヤフオクや富岡八幡宮の骨董市で撮影用の小物、特に行灯、燭台など灯火器関連の物を少しづつ集めていた。幽霊はおおよそ夜に出るものだから、こうした物は必要である。昔の幽霊話の絵草紙にはこれでもか、というように登場する。西洋画と違って明暗よりも月や行灯、蜀代を描くことによって夜を表現するので、必要不可欠というわけである。 今年、久しぶりに谷中全生庵の円朝旧蔵の幽霊画コレクションを観たが、行灯、蜀代が効果的に使われていた。気持ちの悪い怨念じみた画が随分あったが、作為が見え々で怖くもなんともない。むしろ白装束と蜀代、行灯がなければただ美人画に見える作品の方が円朝作品同様興味深かった。蜀代に蝋燭一本でただの美人画が一変する。 怖いといえば荒野で前妻が後妻の白骨を叩き割っている画があったが、前妻の必死感が伝わってきて、なんとも嫌な感じで、幽霊画として描かれた物かは判らないが、これなど幽霊の仕業でなく生身の女と見たほうがかえって怖いくらいであった。男はあんなことしない。
HP

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