明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



特に陰影を無くす手法に転向してから、人物制作時、どうしても、写真作品としての構図を決めた状態で制作することになり、制作時間の短縮もあり、さらに写る所しか作らなくなっている。場合によっては頭部でさえ写らない所は作らないこともある。例えばそれが鯉に跨った琴高仙人だとしたら、鯉は実物を使ったし、撮るのは1カットだし、もはや使い道がないので身体部分は処分した。群衆シーンに使えるかも、とセコイことを考え首だけ引っこ抜いておくが、多分そうはならないだろう。 しかし昔、前面作るのに夢中になり、気が付いて、慌てて背面を作るなんてことをしていたおかげで、背面を見ることなく前面を作ってしまってから背面作り足してもバレない、という独学我流者の自慢にもならない特技はあるのだが。 次回展示する場合は、臨済義玄、蘭渓道隆、無学祖元と蒙古兵、一休宗純像は展示したいと考えている。仏像はともかく、禅師連の展示はかなり珍しいだろう。新作だし。肝心の寒山と拾得の謎の笑いを浮かべる二人組は、おそらく架空の、妖精じみた人物だし、あえて展示しない方が、という気もする。



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