大学入試センター試験が終わり、受験生は自己採点とリサーチで二次出願大学の選択に入っていきます。どんな結果であれ、現実としてすべてを受け入れ、前向きな選択をしていってもらいたいと思います。
私は毎年、翌日の朝刊に載るセンター試験の問題を解くようにしていますが、その時必ず社会人1年目のことを思い出します。
学生気分が抜け切らない社会人一年目で「自分の人生、このままでいいのかな?」と葛藤していた1997年1月、私は連続休暇が取れて、急に思い立って天竜川沿いの道を太平洋まで車で下る旅を敢行しました。
そして、部屋に戻り新聞を見ると、前日に行われた大学入試センター試験の英語の問題が載っているのに気づき、何ともなしに解き始めました。当時、英語の勉強は細々と続けてはいましたが、TOEICは720点で止まり、英語力はまだまだ発展途上でした。
一時間ぐらいでしょうか。解き終わって答え合わせをすると、194点。その時「英語の問題を解くのって、楽しい!」と感じたのを覚えています。
いま振り返ると、あの時のあの感覚が、留学と転職へ突き動かしてくれたような気がします。そして、あれから23年たった現在、その大学受験英語を教えることを生業としています。
大学入試センター試験が人生の転機の一つになり得るのは、受験生だけでなく、社会人にとってもそうかも知れません。
私は毎年、翌日の朝刊に載るセンター試験の問題を解くようにしていますが、その時必ず社会人1年目のことを思い出します。
学生気分が抜け切らない社会人一年目で「自分の人生、このままでいいのかな?」と葛藤していた1997年1月、私は連続休暇が取れて、急に思い立って天竜川沿いの道を太平洋まで車で下る旅を敢行しました。
大学時代から民宿めぐりを趣味にしていたので、その旅の一泊を浜名湖近くの「楽書荘」という民宿にしました。チェックインして、すぐに夕食になったのですが、食事処で独りビールを飲みながら、これまでの人生、これからの人生について、いろいろと考えていました。
天竜川河口にて 1997年1月19日(日)撮影
そして、部屋に戻り新聞を見ると、前日に行われた大学入試センター試験の英語の問題が載っているのに気づき、何ともなしに解き始めました。当時、英語の勉強は細々と続けてはいましたが、TOEICは720点で止まり、英語力はまだまだ発展途上でした。
一時間ぐらいでしょうか。解き終わって答え合わせをすると、194点。その時「英語の問題を解くのって、楽しい!」と感じたのを覚えています。
いま振り返ると、あの時のあの感覚が、留学と転職へ突き動かしてくれたような気がします。そして、あれから23年たった現在、その大学受験英語を教えることを生業としています。
大学入試センター試験が人生の転機の一つになり得るのは、受験生だけでなく、社会人にとってもそうかも知れません。