『デカメロン・プロジェクト パンデミックから生まれた29の物語』
ニューヨーク・タイムズ・マガジン 編
マーガレット・アトウッド ほか著
藤井 光 ほか訳
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309208459/
見本到着。
コロナ禍の世界でなにが起きていたのか。アトウッド、ケレット、イーユン・リー、チャールズ・ユウなど、錚々たる作家の声が国境や人種を越えて響きあう、空前絶後のアンソロジー。
この大変な話題書で、
カミラ・シャムジー「歩く」
ディナ・ネイエリ「セラー」
の短篇2篇を訳させていただいた。
カミラ・シャムジーとディナ・ネイエリの略歴は以下の通り。
カミラ・シャムジー(Kamila Shamsie)
1973年、パキスタン生まれ。母はパキスタンのよく知られたジャーナリストで、家系には作家や思想家もいる。カラチの高校を卒業後、ニューヨークのハミルトン大学とマサチューセッツ大学アマースト校でクリエイティブ・ライティングを学ぶ。2007年にイギリスに渡り、パキスタンの国籍に加えてイギリスの国籍も得る。マサチューセッツ大学アマースト校在学中に書いたIn the City by the Sea(1998)でデビューし、Patras Bokhari(2002)でパキスタンのパトラス・ブカリ賞を受賞。2009年のBurnt Shadowsではアニスフィールド=ウォルフ文学賞(人種差別や文化の多様性を訴える作品に与えられる)を受賞し、オレンジ賞のショートリストにも選出された。2017年発表のHome Fireではイギリスでもっとも権威ある文学賞のひとつ女性小説賞を受賞、ブッカー賞のロングリストにも選出されている。
ディナ・ネイエリ(Dina Nayeri)
1979年イランのエスファハーンに生まれる。母は医師で、父は歯科医。8歳までエスファハーンで過ごしたあと、アメリカに渡り、プリンストン大学とハーヴァード大学ほかで学ぶ。A Teaspoon of Earth and Sea(2013)でデビューし、2015年には"A Ride out of Phrao"でオー・ヘンリー賞を受賞。2017年発表のノンフィクションThe Ungrateful Refugeeは高い評価を得て、カーカス賞と『ロサンゼルス・タイムズ』文学賞とフランスの『エル』誌文学賞の最終候補に選出されたほか、クララ・ジョンソン賞とドイツのショル兄妹賞を受賞した。2017年にはRefugeを発表。
2篇を簡単に紹介すると――
カミラ・シャムジー「歩く」
パキスタンの大都市カラチでも人々は家に閉じ込められていた。でも、外を歩いてみたい。歩き出せば、いつもの風景も違ったものに見えてくるかも。そしてふたりの女性は歩き出した。そしたら!
パキスタン系イギリス作家キャミラ・シャムジーの「歩く」は、BTSの“Permission to Dance”(気が向くままに許可なく思いっきりダンスしていい)を思わせる陽気な感情が読み取れる好短篇だ。
歩くことに許可なんていらない!
ディナ・ネイエリ「セラー」
イラン系アメリカ人作家ディナ・ネイエリの短篇「セラー」には、パンデミックの時代を生きながら、戦禍のイランで経験したことを思い出す男女が描かれている。
あれから自分たちは母国を離れ、アメリカで学業を積み、今はロックアウトされたフランスにいる(このあたりは著者ディナ・ネイエリの人生も投影されている)。だか、防空壕を兼ねた地下室で多くの人たちと過ごした当時の記憶は、決して頭から消え去ることはない。このコロナ禍、母国に残してきた母も心配だ。
「セラー」では空爆の恐怖に加えて、抑圧された隠れ家生活なかでの若者たちの性への好奇心(『アンネの日記』の封印されたページを思わせる)もつづられる。感染の恐怖から逃れるために隔離生活が強いられる今の状況は、戦禍にあった当時とほとんど変わりないかもしれない。
はたして世界に未来はあるのか?
今回のミッションは、この2篇を6日間で訳すことだった。特にディナ・ネイエリ「セラー」は分量も相当ある上に、英語の言い回しも複雑なうえに、性的な俗語もふんだんに使われていて、かなり苦労した。
きびしいスケジュールでの訳了を信じて翻訳を依頼してくれて、原稿提出後は貴重なコメントを寄せてくれた河出書房新社の島田和俊さんに、深く感謝する。
この短篇集、以下の信じられない錚々たる方々が翻訳者として名を連ねている。
飯田亮介、上杉隼人、円城塔、押野素子、加藤有佳織、上岡伸雄、くぼたのぞみ、鴻巣友季子、佐川愛子、佐藤由樹子、篠森ゆりこ、柴田元幸、高見浩、竹内要江、栩木信明、中川千帆、広岡杏子、福嶋伸洋、藤井光、堀江里美、松本健二、松本百合子
このなかにわたしの名前があるのは畏れ多いことですが、大変光栄です。
訳者略歴も、
上杉隼人(うえすぎはやと)
翻訳者、編集。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』、J・ル・カレ『われらが背きし者』(共訳)、B・ルイス『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』など。
と初めてスター・ウォーズ、アベンジャーズ関連の書籍なしで紹介されました!(ごく時どきですが、「ダ・ヴィンチやハックルベリー・フィンなんかを訳している別の上杉隼人さんもいるみたいですね」と言われることがありますが、同じ人です)
『デカメロン・プロジェクト パンデミックから生まれた29の物語』、ご高覧いただけますように。
パンデミックの世界で何が起こっているか、世界の作家たちはこの状況をどうとらえているか、タイムリーにわかります。
『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』(ベン・ルイス、上杉隼人訳、集英社インターナショナル)にインスパイアを受けて製作された映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』(ギャガ配給)が全国で上映中だ。
華やかなアートの世界の舞台裏を描く本映画が、Asahi Weekly, November 28, 2021で、対訳で解説、紹介されている(中俣真知子、翻訳、解説)
本日のGetUpEnglishでも、Asahi Weeklyの記事から英語を引用しつつ、『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』を考えてみる。
絵を洗浄すると、右手の親指が2本描かれていることが明らかになった。
Simon: Was it a copyist trying to imitate another painting? Was it a question of damage? I really considered every option except the one we eventually came to believe, which was that it was indeed a pentimento.
pentimento: 創作過程で行われる描き直し。また上塗りで消された元の絵が透けて見えるようになること。複数形はpentimenti.
ロバート・サイモンはつづける。
Simon: And that was when I had the realization, the strong suspicion that this was by Leonardo. That this was the lost original, and it was a frightening moment.
ロバート・サイモンはこれが最後のダ・ヴィンチ作品と考えるわけだが、はたしてそうだろうか?
ぜひ映画をご覧いただき、真偽をお確かめいただきたい。
https://gaga.ne.jp/last-davinci/