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《米、EUが郵政改革で書簡 公平な競争条件確保を》(47NEWS/2010/04/02 12:12 【共同通信】)
平野官房長官が昨4月2日午前中の閣議後の記者会見で郵政改革に関連し、ルース駐日米大使とリチャードソン欧州連合(EU)駐日欧州委員会代表部大使から、公平な競争条件の確保を求める書簡を受け取ったことを明らかにしたという。
記事は、〈書簡は、日本政府がゆうちょ銀行の預入限度額を現行の1千万円から引き上げるなどした場合、世界貿易機関(WTO)の協定に違反する可能性があると指摘したとみられる。〉と解説している。
書簡受理を明らかにした平野長官は書簡に対する言及は避けたものの、郵政改革について「公平、公正という競争条件に十分留意して判断される」と述べ、政府として諸外国に理解を求めながら、改革案をまとめる考えを強調したそうだ。
書簡は平野長官のほか、亀井郵政改革担当相と岡田外相、原口一博総務相の計4人に送られた模様だとしている。そして原口総務相の閣議後の記者会見の発言を伝えている。書簡の有無にはコメントしなかったそうだ。
原口「WTOとの関係では問題がないものと考えている」――
どういう理由で「問題がないものと考えている」のか、その発言はなかったのか、記事は書いていない。理由を明らかにする説明責任を国民に対して担っているはずだから、もし原口総務相が自分から理由を述べなかったとしたら、記者はジャーナリズムの一翼に位置する者として説明責任を果たすべく求める役目を演ずるべきを演じていないようだ。
「asahi.com」記事――《郵政改革案、米欧が警告書簡 引き上げ「WTO違反も」》(2010年4月2日13時18分) はもう少し詳しい。
書簡が届いたのは記者会見での平野長官の口からではなく、関係者からの間接的伝達としている。
〈関係者によると、書簡は3月半ばごろ、平野官房長官、亀井静香郵政改革相、岡田克也外相、原口一博総務相に送られた。米欧が懸念を表明したことで、郵政改革は再び鳩山政権を揺さぶる火種となる可能性がある。〉――
書簡内容については、〈ルース大使らは書簡で、限度額引き上げなどが、WTO協定の「外国企業に不利な待遇を与えてはいけない」という原則に違反する可能性を指摘した模様だ。また、昨秋のG20首脳会議(金融サミット)で「保護主義を排除する」とした首脳声明の趣旨にも反すると主張し、公正な競争条件の確保を求めている。〉と書いている。
そして「47NEWS」記事と同様に原口総務相の発言を伝えている。
〈原口総務相は2日の閣議後会見で書簡の有無の言及は避けつつ、「WTO協定との関係では問題ない」との認識を示した。〉――
ここでも「問題はない」理由は記されていない。
「msn産経」記事――《【郵政改革】公平な競争条件要求 米・EU駐日大使が連名で書簡》(2010.4.2 01:07))は、〈改革の内容によっては、外資系企業の参入障壁となり、昨年の20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)の首脳声明に盛り込まれた保護主義排除にも違反する恐れがあると警告している。〉と書簡内容を他の記事同様に伝えた上で、〈政府はその後の3月30日の閣僚懇談会で郵貯限度額を現行1千万円から2千万円に引き上げることなどを決めた。これに対し、民間金融機関は「暗黙の政府保証が残ったままでの事業拡大は競争条件が不公平」と反発。日本への自由な参入条件を求めてきた外資系金融機関の在日団体も、WTOへの提訴を辞さない姿勢を示しており、経済摩擦に発展する懸念が出てきた。〉と解説している。
平野長官の記者会見での今後の対応についての発言を《郵政見直し巡り米・EUから政府に書簡 公平な扱い求める》(日本経済新聞WEB記事/2010/4/2 11:04)が次のように伝えている。
平野「公平、公正な扱いを求めているのだろう。外交上の問題として対処する。鳩山由紀夫首相も書簡があることは認識している」
これは内政問題ではない。ゆうちょ銀行やかんぽ生命の預入れ・保障限度額引上げの問題は片付いた、外交問題に過ぎないということなのだろう。だが、日本という同じ土俵、同じ条件下で企業活動する以上、外国企業に不利な待遇を与えるとしたら、それだけで終わらず、国内企業にも影響するだろうから、内政問題と響き合うはずだ。平等な競争と言う点に関して、グローバル化の今日、外国企業と国内企業との間に差を設けてはならないはずだからだ。
何よりも問題はルース駐日米大使とリチャードソン駐日欧州連合大使から送付された警告書簡を平野官房長官など日本側が受理したのは「3月半ば頃」(asahi.com)だということである。
「ブルームバーグ」記事――《郵政改革:公正競争求め米、EUが政府に書簡-外交問題に発展も》(2010/04/02 13:20 )によると、〈駐日EU代表部広報部によると、両大使が書簡を送ったのは3月2日。どのような改革をするかは「日本政府の専権事項」としながらも、どのような形であれ、保険、金融などの分野における民間企業との競争の平等性を確保すべきであり、日本の国際的義務を順守すべきだとの趣旨が盛り込まれているという。駐日米大使館も同日付で両大使が書簡を送ったことを認めた。〉と書いていて、書簡送付は3月2日だとしている。翌日の受理だとしても、3月3日には受け取っていることになる。
例え受理が3月半ばとしても、平野長官が受理を明らかにしたのは昨4月2日の記者会見である。2週間は明らかにされないままにされていた。もし「ブルームバーグ」が伝えるように「3月2日」だとすると、1カ月もの間、事実を伏せていたことになる。
このことは情報隠蔽に当たらないだろうか。政府による情報隠蔽は勿論のこと、国民の知る権利の侵害に相当する。
警告書簡の存在を知っていたのは送付された平野官房長官、亀井静香郵政改革相、岡田克也外相、原口一博総務相と平野官房長官が記者会見で「書簡があることは認識している」と言っていた鳩山首相の5人のみで、あとは警告書簡の存在を知らされないまま、預入限度額と保障限度額の引上げの妥当性を議論し、亀井金融担当相が、既に決まったことだ、鳩山首相が了承したことだと言い、仙谷由人国家戦略相その他が地方の中小金融機関に対する民業圧迫だ、地方経済にいい影響を及ぼさないと反対する発言を相互に展開していたことになる。
米欧大使が警告書簡に示した懸念は外国企業にとどまらず、国内企業にも言われている相互関連事項である以上、決して小さな問題ではないはずだし、警告は仙谷由人国家戦略相等の限度額引上げ反対派の反対論の強力な補強材料ともなったはずである。
だが、一言も警告書簡の存在についての言及はなかったし、内容に記されている警告の妥当性についての議論も一言もなかった。
いわば、3月2日か3月半ば頃受け取っていたはずの警告書簡は4月2日まで存在しなかった。隠すことによって、存在しないものとされていた。
それとも内々に知らされていたのだろうか。知らされていたが、お互いにその存在を隠して議論していたのだろうか。
例えそうであったとしても、マスコミや国民には情報を隠蔽していたことになる。国民の知る権利を無視し、知らせずじまいとしていた。
そして3月30日開催の閣僚懇談会で、日本側の5人以外は知らされていなかったとしても、あるいは他のすべての閣僚に内々に知らされていたとしても、ここでも警告書簡の存在についての言及は一言もなかったし、内容に記されている警告の妥当性についての議論にしても一言もないままに地方の中小金融機関等の民業圧迫につながる、地方経済に悪影響を与えると批判のあったゆうちょ銀行預入限度額の現行1000万円から2000万円への引上げとかんぽ生命保険加入限度額の1300万円から2500万円への引上げを決定した。
もし5人のみが知っていて、他は知らされていなかったとしたら、議論がこじれるたりするのを恐れて情報隠蔽を図ったことになる。もし内々に知らされていながら、書簡内容を議題に取り上げなかったとしたら、情報隠蔽を共同で謀ったことになる。
5人以外には知らされないままであったとしたら、5人以外と国民を、内々に知らされていたとしても、残る国民を情報隠蔽の対象としていたことに変わりはい。
もしもそこに情報の隠蔽が行われていたとしたら、閣僚懇談会の結論は既定路線だったことを暴露する。結論以外の結末を望まなかったことからの情報隠蔽だろうからである。
断るまでもなく、情報の隠蔽とは情報を隠すことで自己に有利な状況をつくり出す情報操作を一体的に兼ね備える。自分たちが望んだ結論を導き出すための情報隠蔽という情報操作を行ったということである。
5人以外に、あるいは国民に伝えられないまま議論が進められ、決められた。情報隠蔽であると同時に情報操作でなくてはできない起承転結の展開であろう。
少なくとも書簡を受け取った時点で国民に知らせ、それ以降、関係閣僚間で地方の中小金融機関等の民業への影響、地方経済への影響と併行・関連させて警告書簡が訴えている懸念が妥当か否かの議論がなされるべきであったが、書簡受理の3月2日か3月半ば以降、議論もされず、国民に対する説明責任も果たされなかった。
その一方で閣僚懇談会で鳩山首相の“指導力”の元、批判を抑えて亀井金融担当相サイドの結論が導き出された。
〈首相は30日の懇談会後、首相官邸で予定外の記者団の取材に応じ、「即断即決をしなきゃならんという判断のもとで決めた」と、指導力をアピールした。〉(《郵政ドタバタ「限度額見直せる」で仙谷氏軟化》(YOMIURI ONLINE/2010年3月31日02時07分)ということだが、結論が情報隠蔽による情報操作の元で導き出されたものだとしたら、鳩山首相の指導力も単なる見せかけの演出に過ぎなかったことになる。
情報隠蔽しても不思議はない平野長官の政治性であり、情報操作がなければ打ち出せない鳩山首相の指導力とも言える。