菅首相の「仕事がないということは人間の尊厳に関わる」と言うことと消費税発言の整合性

2010-09-05 07:53:21 | Weblog

 民主党代表選、各報道を見ると、小沢候補の方が旗色が悪い。国会議員では僅かに上回るものの、地方議員票では菅候補にかなり差をつけられているようだ。「1年で何人も首相が交代するのはよくない」という理由の国民世論の圧倒的支持が影響していると報道している。

 いわば3人目はいらない、小沢一郎の場合は「政治とカネ」の問題もあるのではないかが菅続投の強力な推進力となっているようだ。

 菅首相は9月1日の民主党代表選立候補者共同記者会見で雇用に関して次のように発言している。

 菅候補「私は先ずやるべきことは一に雇用、二に雇用、三に雇用だと考えております。つまり仕事がないということは人間の尊厳に関わることでありまして、仕事があることによって尊厳が保たれ、そして安心な生活になってまいります」

 翌日の立候補者公開討論会でも同じパターンで雇用を人間の尊厳確保の必要事項だとしている。

 「やるべき政策課題。私は1に雇用、2に雇用、3に雇用と、このように申し上げております」と訴えた上で、「雇用こそが人間の尊厳、将来の不安に対して、最も必要最小限の必要なものでありまして、そういう意味では不安の解消にもつながってくると思います」

 このパターンを街頭演説でもテレビ出演でも力強く繰返して、人間の尊厳確保を最優先の出発点とした雇用政策を公約していくことだろう。みなさん、安心してください。国民のみなさんに等しく人間の尊厳を維持できる雇用をお約束いたします。「この雇用を生み出せば、経済の成長につながります。また働く人は税金を払っていただいて、財政の再建にもつがなります。介護や保育の分野で働けば、社会保障の充実にもつながるわけであります」と。

 確かに仕事がなく、収入がない、満足な生活を送れないとなると、人間を惨めにする。誇りを失い、胸を張ることを忘れ、卑屈に構えることになる。不安ばかりが先に立ち、その不安に責め苛まれ、生きていく自信を失い、自殺を考える者、生きていても仕方がないと実際に自殺してしまう者も出るに違いない。

 不安は心身の健康をも害する。苛立ちを誘い、怒りっぽくなるばかりか、心臓に悪影響する。あるいは全身から力が抜け、脱力感、倦怠感が身体ばかりか、精神をも蝕んでいく。生きるエネルギーそのものを奪っていく。

 菅首相の「仕事がないということは人間の尊厳に関わることであります」が代表選用の奇麗事でなければいい。人間存在のありようそのものを心の底から思い、その基礎となる雇用創出への政治家としての執着心が言わせた実のある言葉なら、問題はない。
 
 現在失業している者や非正規などで低所得に苦しんでいる者に人間としての尊厳を与えたい、回復させたいの一心で言っているのだろう。結果として、人間の尊厳回復が日本経済の再生にもつながるからと。

 しかしこのことは6月17日の民主党マニフェスト発表記者会見で公表した消費税発言と整合性をつけることができるのだろうか。

 なぜなら、消費税増税はそれが招く一時的景気悪化のみならず、悪化からの回復期に於いても景気回復の恩恵の授与は最後となるだろうから、仕事がない若者や中年層、安い給与で働いている非正規労働者、あるいは低額の年金で暮らしている高齢者、あるいは現在の不況化で苦しい経営、赤字経営に喘いでいる中小零細企業経営者等、彼らの生活を真っ先に直撃し、ただでさえ失っているかもしれない人間の尊厳を壊滅させない保証はないからだ。

 それを可能な限り防ぐためには彼らの生活が成り立ち、現在以上に人間の尊厳を失わしめない軽減税や税還付方式等の救済策をしっかりと講じた消費税増税策を準備期間を置いて計画立て、これならどのような社会的弱者にも納得できる増税であり増税策だと自信が持てた時点で公表すべきを、何の準備もなく公表、しかも結果として同じ税率の10%で政府財政の再建に間に合うという計算があってのことなら構わないが、なぜ10%増税なのかの説明もなく、「当面の税率については自由民主党が提案されている10%というこの数字、10%を一つの参考とさせていただきたいと考えております」と政権党の与党が野党自民党の10%増税案に乗る、政権党としての主体性、責任放棄に当たる安易さまで見せた。

 念入りな準備も念入りな計算もしていなかった消費税増税発言だったことは、「当面の税率については」の「当面」という言葉が何よりも明確に証明している。

 国民生活に影響を与える、特に低所得層、失業・無所得の社会的弱者の生活を直撃しダメージを与える、ただでさえ逆進性の高い消費税増税に関して、前以て増税率に備えて支出を抑えなければならない社会的弱者にとって、10%が「当面の税率」では備えようがないからだ。

 雇用のあるなしのみが人間の尊厳に関係するわけではない。雇用はあっても、苦しい生活を強いられ、常に生活費の計算をしながらでなければ生活することができない、それゆえに行動の自由・精神の自由を束縛されることも深く人間の尊厳に関係している。

 もし菅首相が社会的弱者に纏わる人間の尊厳なるものについて常に頭に入れていて、頭から離れない心底からの思いであったなら、人間存在のありように欠かすことはできない必須要素として思い描いていた人間の尊厳であったなら、不用意な準備なしの消費税増税発言はできなかったろう。

 ただ単に政府財政の健全化を目的とした、社会的弱者へのダメージも人間の尊厳も頭に入れていなかったからできた消費税増税発言であったということであろう。

 当然、「仕事がないということは人間の尊厳に関わることでありまして、仕事があることによって尊厳が保たれ、そして安心な生活になってまいります」にしても、代表選で自身を立派と見せる付け焼刃――俄仕込みのウリ言葉に過ぎないことになる。

 そうと解釈しなければ、消費税増税発言の不用意さ、準備不足との整合性が取れなくなる。

 こう考えると、参院選民主党大敗の主因は消費税増税発言ではなく、社会的弱者に対する人間の尊厳軽視こそが真の敗因で、その軽視のしっぺ返しが敗北ということではなかったろうか。

 トヨタ自動車の豊田章男社長が9月3日、朝日新聞の単独インタビューに応じている。《トヨタ社長「円高でも日本にこだわる」 拡大路線転換も》asahi.com/2010年9月4日3時30分)

 記事題名に関する発言箇所は次のようになっている。

 ――円高の影響は。

 「今の状況は大変厳しい。だが、トヨタは日本で生まれたグローバル企業。どこの国でもよき企業市民でありたい一方、日本で頑張り続けることにこだわっていきたい」

 ――国内向け主力車の生産を、海外に移す考えは。

 「日本でのものづくりにこだわりたい思いは強く、基本は売れるところでつくる。ただ、結果的に、そうなることもあるかもしれない」 ――

 企業人としては当然の考えであるが、同時に矛盾したことを平気で言っている。

 問題は若者の車離れに関する発言に生活に困らない菅首相と同じオッサンの発想を見せている点である。 

 ――若者の車離れが進んでいる。

 「というより、自動車会社が若者から離れた。私がイベントなどで自ら車を運転するのは『あのおじさんは何であんなに楽しそうなんだろう』と、子どもたちに興味を持って欲しいから。大人が格好よく見せれば、子どもは車に興味を持つはずだ」

 いくら子どもが車に興味を持とうと、車を運転できる世代に成長したとき、車を買ってローンを組み、計画的に支出できるだけの収入の保証、生活の保証がなければ、車を買いたくても買うことはできない。現在、収入が不安定な非正規労働者が労働者全体に占める割合が3人に1人、20代前半以下では2人に1人と言われている。

 2008年の調査で世帯ごとの所得格差が過去最大になったという統計もある。年収400万世帯以下が全世帯の約半数近くを占めている。

 雇用調整弁として簡単に首を切られてきた非正規雇用者の失業も一昨年と昨年、社会問題となった。正規雇用であっても、簡単にリストラされる雇用状況にある。特に非正規雇用として働き、将来に展望を持てない若者の多くが計画的に支出できない生活を抱えていることを考えていると、そのことが若者の車離れの大きな理由となっていると見るのが妥当な線ではないだろうか。

 トヨタ自動車は高級車を目指したかもしれないが、軽自動車を主力商品と売り出している自動車会社もある。豊田章男社長はカネに困らない生活を送っているから、20代前半以下では収入の低い、かつ不安定な非正規雇用が2人に1人を占めると例え新聞・テレビで知ったとしても、右の耳から左の耳に素通りしてしまうのだろう。

 だから、若者の車離れを、「自動車会社が若者から離れた」と言える。菅首相が一方では、「仕事がないということは人間の尊厳に関わることでありまして」と言いながら、特に社会的弱者を直撃して彼らの人間の尊厳を脅かす、最悪喪失せしめる危険性ある故にその救済策を講じる準備してから公表すべきを準備もせずに消費税増税を不用意に発言できたように。

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