中国人船長釈放は日本の敗北か、菅政権の敗北か

2010-09-25 09:36:40 | Weblog

 釈放に至る一連の経緯を各種記事から見てみる。

 9月7日に尖閣諸島近辺の日本の領海内で中国漁船が操業、日本の巡視船が立ち入り検査しようとしたところ、巡視船に体当たりし、逃走。追跡して停船させ、船に乗り込み立ち入り検査に入る。

 政府は海上保安庁から一連の事態の報告を受けたのだろう、事件発生と同じ9月7日、仙谷由人官房長官と外務省、海上保安庁の幹部と首相官邸で対応を協議したと「asahi.com」記事――《尖閣沖の巡視船衝突、中国政府に遺憾の意 外務省》(2010年9月8日1時21分)が伝えている。

 〈船長を逮捕すれば、尖閣諸島の領有権を主張している中国側が強く反発するのは確実。東シナ海のガス田の共同開発をめぐる交渉に影響する可能性もあるが、政府関係者は「中国に毅然(きぜん)たる態度を示す。船は差し押さえて、石垣島か沖縄本島に連行することになる」と述べた。 〉・・・・

 逮捕が引き出すことになる中国側の反応は理解できていた。理解できていた上で、「中国に毅然(きぜん)たる態度を示す」ことで協議を決着させた。

 そして同7日夜、外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長が中国の程永華(チョン・ヨンホワ)・駐日大使に電話、遺憾の意を伝えた上で国内法に基づいて漁船の船長を逮捕する政府の方針を説明した。

 斉木局長の説明に対して程永華駐日大使は「本国に伝える」と応じたという。

 ベルリン訪問中の岡田克也外相(当時)の同7日の発言。

 岡田外相「我が国の領海内の出来事であるので、法に基づいて粛々と対応していく。先ほど官房長官とも電話でそういう方針を確認した」

 外務省幹部「国内法の執行が、外交のためという理由で曲げられてはいけない。国内法に基づいて粛々とやるのが当然だ

 この逮捕に対して中国が尖閣諸島(中国名、釣魚島)は中国の領土であり、逮捕は不法だと強硬姿勢を見せると、「国内法に基づいて粛々」のルールを政府関係者の殆んどが口を揃えて発信した。

 その根拠は断るまでもなく、尖閣諸島は日本の領土だからである。「国内法に基づいて粛々」をルールとすると同時に尖閣諸島を日本の領土としていることから、尖閣に「領土問題は存在しない」を絶対命題としてぶち上げた。

 《尖閣沖の巡視船衝突、中国政府に遺憾の意 外務省》asahi.com/2010年9月9日2時27分)

 8日午前の記者会見の仙谷官房長官の中国漁船船長の逮捕についての発言。

 仙谷官房長官「外交的な配慮はなかった。粛々と手続きを進めた。そもそも尖閣諸島には領土問題は存在しないというのが日本の立場なので、日本の国内法で対処していく」

 立派だと手を叩くべきだろう。

 東シナ海ガス田共同開発交渉の停滞の可能性に関して。

 仙谷官房長官「影響が出るとは考えていない。・・・・事態をエスカレートさせないようにしようということが中国大使らとの話し合いで出ている。日本国内でもヒートアップせず、冷静に対処していくことが必要だ」

 《ガス田交渉延期 国交相「漁船問題と絡めてなら遺憾」》asahi.com/2010年9月11日22時10分)

 11日の前原国交相(当時)の岐阜県多治見市の記者会見での中国外務省が日中両政府東シナ海ガス田開発条約締結交渉会合延期発表したことについて。

 前原国交相「もし延期が(尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突を)絡めたものであれば、極めて遺憾で、中国政府に冷静な対応を求めていきたい」

 このことは9月7日の首相官邸での仙谷官房長官等の漁船船長逮捕についての協議で前以て政府内で予想していたことであった。  

 漁船の船長の勾留が決まったことについて。

 前原国交相「尖閣諸島は日本固有の領土であり、違反事案があれば国内法に基づいて粛々と処理をする。お互いが冷静にならなくてはいけない」

 だが中国側の対日圧力は東シナ海ガス田開発条約締結交渉会合延期のみでとどまらなかった。

 「船長を直ちに釈放せよ」の要求に併行させて、「閣僚級の交流停止」、中国の旅行業界に対する訪日旅行募集自粛要請。中国人観光団体客の訪日キャンセル。日本の各観光地で実害が出ていた。

 10月28日都内開催予定の「日中知事交流・フォーラム」の延期。中国吉林省長春の大学で9月25日開催予定の日本語弁論大会の延期。9月28日名古屋市で開催予定の「日中文化芸術国際交流の祭典」が出演予定の中央民族大学舞踏学院(北京市)から「来日延期」の連絡が入り、中止。そしてその他、あの手この手の圧力はとどまるところを知らなかった。

 最後のとどめが温家宝中国首相の国連総会出席のために訪れていたニューヨークでの9月21日の在米華人らとの会合での、船長即時釈放の要求と、応じない場合のさらなる対抗措置の示唆の後に行われた、中国が世界生産の97%のシェアを握っていて、日本が中国からの輸入に依存しているハイテク産業の生産と開発に欠かすことができないレアアースの対日輸出の停止と軍が管理している地域に無許可で立ち入り映像を撮影したとして日本の建設会社フジタの4人の社員の逮捕であろう。

 温家宝「日本側は取り合わず、必要な対抗措置をとらざるをえない。・・・・このことで生じるすべての結果は、日本側が責任を負わなければならない」(《中国首相、漁船船長の釈放求める 「即時に無条件」》asahi.com/2010年9月22日11時45分)

 ハイテク産業は日本の国家存亡の命綱である。ハイテク産業なくして現在の状況での日本は成り立たない。

 レアアースの対日輸出停止が確認されたのは9月23日。そして翌日の9月24日、那覇地方検察庁が船長を処分保留のまま釈放することにしたと鈴木亨次席検事が午後の記者会見で公表。《中国船船長の釈放決定 送還へ》NHK/10年9月24日 16時59分)

 釈放理由。二つ理由を挙げている。

鈴木亨次席検事「衝突された巡視船の損傷の程度が航行ができなくなるほどではなく、けが人も出ていない。船長は一船員であり、衝突に計画性が認められない」

 鈴木亨次席検事「わが国の国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上、船長の身柄の拘束を継続して捜査を継続することは相当でないと判断した」

 記者「政治の判断があったのか」

 鈴木亨次席検事「検察当局として決めたことだ。・・・・船長に確認すべきことがあるため釈放の手続きには時間を要する」

 「わが国の国民への影響や今後の日中関係を考慮」は、「国内法に基づいて粛々」を踏み外した発言であろう。国内法に則った釈放なら、「わが国の国民への影響や今後の日中関係を考慮」といった発言は出てこないはずだからだ。

 問題は中国の尖閣諸島は中国領土であるとすることからの対日圧力に屈した政府要請からの発言であるかどうかである。もし政府要請からの発言だとすると、「領土問題は存在しない」の絶対命題を日本政府自ら否定したことになる。

 政府の反応。《官房長官 法にのっとった結果》NHK/10年9月24日 18時12分)

 仙谷官房長官「刑事事件として、刑事訴訟法の意を体して判断に到達したという報告を受けており、那覇地検の判断を了としている。菅総理大臣には、秘書官室から連絡し、那覇地検が発表したあと、外交ルートを通じて中国に通報した。わたし自身は、粛々と国内法にのっとって手続きを進めた結果、ここに至ったと理解している」

 那覇地検が釈放の理由の1つに国民への影響や日中関係をあげていることについて。――

 仙谷官房長官「検察官が総合的な判断を基に身柄の釈放や処分をどうするかを考えたとすれば、それはそれでありうる」

 今後の日中関係について。――

 仙谷官房長官「日中関係が悪化する可能性や兆候が見えていたことは、まごうことなき事実だ。ここからあらためて日中関係が重要な二国間関係であって、戦略的互恵関係の中身を豊かに充実させることを両国とも努力しなければならない」

 仙谷官房長官が言うとおりに果して、「粛々と国内法にのっとって手続きを進めた結果」至った釈放決定だったのだろうか。

 菅政府内の一員として、法務大臣も同一歩調を取っている。《法相 指揮権行使の事実ない》NHK/10年9月24日 18時36分)

 24日夕方、法務大臣としてのコメントを記者団を前に発表したものだという。

 柳田法務大臣「検察当局が釈放の決定をしたあと、その発表の前に報告を受けた。法務大臣として検察庁法第14条に基づく指揮権を行使した事実はない。個別の事件における検察当局の処分について、法務大臣として所感を述べることは差し控えるが、一般論としては、検察当局が諸般の事情にかんがみ、法と証拠に基づいて適切に判断したものと承知している」

 同じ歩調の岡田幹事長。《岡田幹事長 検察が粛々と判断》NHK/10年9月24日 18時52分)

 岡田幹事長「検察庁が法に基づいて粛々と判断した結果で、その判断に対して政治家がコメントすることは避けるべきだ。検察庁が、日本政府や中国側から何らかの影響を受けて本来の判断を曲げてしまったと受け止められれば、最大の国益を損なうことになるので、そうではないということを発信していくことが重要だ」

 中国の圧力に屈して政府が要請した釈放だと「受け止められれば、最大の国益を損なうことになるので、そうではないということを発信していくことが重要だ」とまで言っている。

 馬渕国交相。《国交相 今後も厳粛に取り組む》NHK/10年9月24日 20時39分)

 馬渕国交相「今回の判断は、検察当局の判断だ。それぞれの立場の中で判断されたものと理解している。海上保安庁の諸君はたいへん適切な対応をしてくれたし、現在も大型の巡視艇などが哨戒に出て警備しているが、領土を所管する国土交通省としては、今後も厳粛に取り組んでいく」
 
 「海上保安庁の諸君はたいへん適切な対応をしてくれた」「適切な対応」は政府にとっても「適切な対応」だったということでなければならない。意見の一致を言った発言だからだ。

 この政府にとっても「適切な対応」は断るまでもなく、「国内法に基づいて粛々」のルール及び「領土問題は存在しない」の絶対命題に関しても首尾一貫した「適切な対応」でなければならない。

 だが、果してそうなっていると言えるのだろうか。

 そして最後に我が指導力優れた菅首相。《首相“検察が国内法で判断”》NHK/10年9月25日 7時16分)

 訪問先のニューヨークで記者会見。

 菅首相「検察当局が事件の性質を総合的に考慮して、国内法に基づいて粛々と判断した結果だと承知している」

 最近テレビによく顔を出すようになった元東京地検公安部長の若狭勝弁護士が政府側発信の首尾一貫性に疑義を呈している。

 《検察OB 外交的判断で問題》NHK/10年9月24日 20時1分)

 若狭勝弁護士「事件捜査としては、こう留期限まで5日も残して釈放するのは異例だ。那覇地検は、釈放の理由について『国民の利益や日中関係を考慮したなかで、捜査を継続するのは相当でない』と発表したが、検察がこうしたことを独自に決めたとすれば、捜査機関が外交的な判断を行ったことになり問題だ。・・・・実際には政府が中国側の反応やフジタの社員が中国で拘束されたことを受けて、高度な政治的理由から判断し、それに基づいて釈放が決まったと考えるのが自然だ」

 このことは那覇地方検察庁の船長釈放公表から実際の釈放、そして中国側が船長を中国に移送するためにチャーター機を持ち込んで船長を乗せて中国に向かった急転直下の一連の動きが証明している。

 以下いくつかの「NHK」記事を参考。那覇地方検察庁が船長を処分保留のまま釈放すると記者会見で公表したのは9月24日の日中。鈴木亨次席検事は「船長に確認すべきことがあるため釈放の手続きには時間を要する」と言っていた。

 だが、その日の夜の内に釈放。釈放は次の日の昼間の明るい日中であってもよかったはずだが、この慌しさは何を意味するのだろう。しかも中国は船長身柄引受けのチャーター機を差し向けた。この差し向けは即時釈放要求に対応した即応性からの措置と見ることができる。

 いわば、「釈放の手続きには時間を要する」としたことに対してそこに即時釈放要求があり、その要求に応じた深夜の慌しい釈放と言うことなら、那覇地方検察庁が公表した釈放決定自体が当初の即時釈放要求に応じた釈放決定であり、「釈放の手続きには時間を要する」とする日本側の事情に対してさらに嵩にかかった即時釈放要求が深夜の釈放と言うことではないだろうか。

 実際に船長釈放が「国内法に基づいて粛々」のルール及び「領土問題は存在しない」の絶対命題を反故にした中国の対日圧力への屈服であったなら、中国人観光客の訪日もレアアースの日本輸入も、取引して手に入れるものから与えられて手に入れるもの、付与物に貶める転換点となることは間違いない。

 中国の経済力のサジ加減一つで日本の死命を制することができる中国の対日外交カードとして有効・強力であることを証明したこととなって、今後とも使えると計算させたことは間違いなく、日本は中国の経済力と言う手のひらに乗ることになるだろうからだ。
 
 中国の経済力のサジ加減一つで死命を制することができる外交カードとして今後とも使えると計算させた上、日本が中国の経済力と言う手のひらに乗ることになる点で、“日本の敗北か、菅政権の敗北か”ではなく、釈放は日本の敗北であると同時に菅政権の敗北を意味することになる。

 菅政権は自らの敗北だけではなく、日本の敗北まで巻き込んだ。

 船長を乗せた中国政府のチャーター機は25日午前2時過ぎに石垣島を出発、3時間経った日本時間の午前5時前に中国南部・福建省、福州の空港に到着したという。NHKテレビの朝のニュースは船長を大歓迎で迎える群衆を映し出していた。中国にとっては勝利を意味していたはずである。

 そして中国政府は日本に対して船長逮捕の謝罪と賠償を求める方針を公表したという。この方針は尖閣諸島を中国の領土と認めさせようとする政治的行為であろう。

 日本政府が応じたなら、ある意味で中国の領土と認めることになる。応じなければ、これまで見せてきた日本に損失を与える様々な圧力を外交カードとするに違いない。

 いずれにしても、日本政府は尖閣諸島に関して「領土問題は存在しない」を絶対命題として尖閣諸島を中国領土とする中国に対してきた。だが、それが歴史的事実だとしても、「領土問題は存在しない」は日本の事情に過ぎないことを暴露した。中国が中国の領土だとして一歩も引かない以上、日中間には領土問題が存在することを突きつけた。 

 それが船長逮捕と釈放の経緯となって現れ、その間に生じた様々な対日圧力の出来となって現れた。あるいは「法に基づいて粛々と対応していく」ことを貫くことができなかったことが証明している領土問題の存在であろう。

 いわば尖閣諸島に「領土問題は存在しない」は日本の事情に陥っていることを自覚し、逆に日中間に尖閣諸島を挟んで領土問題が存在することを認めて、尖閣諸島は日本の領土だと相手に認めさせ決着づける交渉を中国の間で持つべきだろう。

 決着づけることができるかどうかは偏に日本側の政治能力・外交能力にかかっている。何よりも菅首相の逞しいリーダーシップにかかることになる。

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