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橋下徹大阪市長入れ墨調査発端職員の人事評価と社会的行動性の食い違いを勘繰る

2012-05-24 10:44:16 | Weblog

 橋下徹大阪市長の入墨者(にゅうぼくしゃ)を社会的異端(公務員的異端かな?)と看做す一種の魔女狩りの発端となった大阪市役所職員が児童福祉施設で腕の入れ墨を子供たちに見せたり、入所児童に暴言と恫喝を繰返したりしているとの告発が昨年4月以降、市側に複数寄せられていた一方、市の人事評価ではA評価の優秀さだったと伝えている記事がある。

 《【激動!橋下維新】児童に暴言・恫喝の入れ墨職員、賞与連続最上位のA評価》MSN産経/2012.5.23 14:25)

 入れ墨者(「いれずみもの」あるいは「いれずみもん」)と言うと、江戸時代の主として窃盗犯に施さる入れ墨の刑に処せられた前科者に対する蔑称となってしまう。

 市民の告発に対する市の調査中の昨年6月、同僚女性に交際を強要した事実が発覚、9月に停職2カ月の懲戒処分、今年4月に他部署に異動。

 記事は、〈市側は入所児童への問題行動も認定したが、事実を公表しないまま「セクハラ案件と合わせて重い処分を行った」としていた。〉と書いている。

 公務員としてだけでなく、社会人としても人間的な適格性を欠いていたことが分かる。

 にも関わらず、〈市側は停職処分後の毎年11月に行う人事評価で、職員について「業務への取り組み自体は熱心」などとして高評価の点数を与え、職員は12月のボーナス査定でA評価を獲得。ただ直近に停職処分を受けていたため、手当基礎額から6割を減額され〉、来月のボーナスに関しても、〈この半年間に他の処分案件などがない限り、A評価の額がそのまま支給される〉とのこと。

 記事後半は大阪市役所のボーナス支給の人事評価制度に触れている。

 係長級以下はA~Dの4段階
 課長代理級以上は5段階

●昨冬のボーナスで、市長部局職員2万2751人のうち下位2ランクに入ったのは計12人(0・05%)

 記事締め括り。〈現在、人事評価を相対評価にする職員基本条例案が市議会で審議されているが、成立しても評価については今年度は試行期間となる。〉・・・・・

 この入れ墨職員は公務員としてだけでなく、社会人としても人間的な適格性を欠いていたにも関わらず、公務員としての勤務態度は最上位A評価を受けていた。

 5月17日当ブログ記事――《橋下徹大阪市長の入れ墨で人間を判断・評価することの正当性を再度問う - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》で、〈倫理意識・責任意識は公務員としての職務上の行動として現れる。この行動は職場から離れた一般社会に於いても社会人としての行動としても現れるだろう。

 いわば公務員としての倫理意識・責任意識は社会人としての倫理意識・責任意識と相互反映しているはずだ。

 それが公務員としての、当然、相互反映の関係性からして社会人としてのということにもなるが、倫理意識・責任意識に反する行動を取る人間であるなら、入れ墨を彫った精神性と深く関係し、そのような精神性が倫理意識・責任意識に反する行動を取らせていると見ることはできる。

 だが、入れ墨を彫った全ての人間が公務員としての、さらに社会人としての倫理意識・責任意識に反する行動を取るとは断言できないはずだ。〉と書いたが、この職員の場合、公務員としての倫理意識・責任意識と社会人としての倫理意識・責任意識は相互反映していない、二律相反の姿を取っていたことになる。

 まるきり正反対の矛盾状態にあった。あるいは二重人格状態にあったとも言えるかもしれない。要するに裏表(うらおもて)があった。

 要するに上司や格上の同僚の目が届く範囲では優秀な公務員を演じ、目の届かない場所では子どもや女性といった社会的弱者に対して社会人として反社会的行動を演じていた。

 ここで一言断って置かなければならない。女性の中には社会的弱者ではない、男性よりも遥かに社会的強者の女性が数多く存在するから、社会的弱者で一括りすることは女性差別だと抗議を受けかねないが、あくまでも一般論である。

 私などは対女性に関して常に社会的弱者であることを断っておかなければならない。
 
 もし入れ墨を彫っていること自体がその人間の悪しき人間性を現しているとしたら、入れ墨を彫っているということだでけ、その人間の全般的な倫理意識・責任意識を判断した方が手っ取り早いのではないのかいうことになりかねない。

 いわば入れ墨=否定的人間性と看做すべきだということになる。

 だが、児童福祉施設で腕の入れ墨を子供たちに見せたり、入所児童に暴言と恫喝を繰返したりしているとの告発が昨年4月以降、市側に複数寄せられていたばかりか、市民の告発に対する市の調査中の昨年6月に同僚女性に交際強要の事実が発覚していながら、停職処分後の毎年11月に行う人事評価で最上位のA評価をつけることになったのはなぜなのだろう。

 市側が市民の告発事実や女性に対する交際強要事実を知らなかったというわけではあるまい。

 もし上司に対してはいい顔を見せ、裏に回っては邪悪な顔を見せる面従腹背が可能としていた社会人としての欠格性に反した公務員としての人事評価だとしたなら、社会人としての欠格性が露見した時点で面従腹背の正体がバレてしまい、人事評価に於ける最上位のA評価を受ける根拠を失うことになるから、面従腹背からの人事評価ではなかったことが分かる。

 社会人としての欠格性が露見したとしても、公務員としての評価を維持できる方法がある。

 それは本人がコワモテの人間であるか、誰かコワモテの人間をバックにしていて、前者なら直接的に、後者なら間接的に怖い存在となっていることから面倒な人間として扱われ、面倒を起こされたくないばっかりに周囲が当たり障りなく扱ったり、長い物に巻かれろの態度を取ることから、それが人事評価にも反映されて高評価を与えることになった場合、社会人としての欠格性が露見したとしても、そのことに反して公務員としての評価は維持できることになる。

 こういった怖い存在・うるさい存在に対して周囲が長い物に巻かれろの態度や事勿れな態度を誘発する風土は世界中どこにもあるだろうが、特に日本人は上が下を従わせ、下が上に従う上下の力関係を人間関係の構造としている権威主義性を行動様式・思考様式としていることから、よくある風景となっている事勿れ主義の行動ではないだろうか。

 大阪市役所だけではなく、市の職員が暴力団やエセのあからさまな威し、あるいは暗黙的な威しに屈して生活保護やその他の便宜を図ってしまうことはよくあることである。

 勿論、この職員がこの例に当てはまるかどうかは実際のところは分からない。状況証拠でしかないが、社会人としての欠格性が露見したにも関わらず、露見に反する市側の人事評価を解くとしたら、そこに何らかの情実を勘繰らないわけにはいかない。

 市経営のごみ収集の職員は一般よりも給与が高いために求職希望者が多く、その履歴書が山のように溜まっていると聞くが、一方で市会議員の口を通すと、簡単に採用されるという話も聞く。

 市会議員も市職員にとっては上に位置するうるさい存在であって、機嫌をそこねた場合、時には怖い存在となり、市職員をして長い物に巻かれろの態度や事勿れな態度を取らざるを得なくしていることから、ついつい便宜を図ることになるのだろう。

 もし件の職員が自らが直接的にか間接的にか持つコワモテの威迫性を利用して高い人事評価を得ているとしたら、入れ墨云々の問題ではなく、あくまでも市上層部の人事管理の問題、マネジメントの問題となる。

 入れ墨=否定的人間性とはならないということである。

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