小沢元代表が激しく批判するのも無理はない。
野田首相が昨13日(2012年6月)、自民党の「社会保障制度改革基本法案」を修正した上、共同提案を検討するよう民主党執行部に指示したという。
首相の指示を受けて、民主党は同日の実務者協議で自民党の対案をほぼ受け入れた案を提示したと、記事《野田首相、合意へ前のめり=「丸のみ」批判拡大-民主》(時事ドットコム/2012/06/13-23:53)が伝えている。
13日昼の政府・民主三役会議。
野田首相「民主党の考え方を盛り込んだ上で修正し、共同提出できるようにしてほしい」
13日夕方、前原口先番長を首相官邸に呼ぶ。
野田首相「我々の考え方をしっかりと打ち返し、より良いものにする努力をしてほしい」
言っていることが矛盾している。いくら自民党の「社会保障制度改革基本法案」を修正したとしても、基本的には自民党案をベースとした修正であって、閣議決定の野田内閣案をベースとするわけではない。
当然主導権は野田内閣ではなく、野党である自民党が握ることになる。「民主党の考え方を盛り込んだ上で」と言っても、ベースは向こうの案である上に主導権を持たない局面でどれ程「民主党の考え方を盛り込」むことができるというのだろう。
当然「共同提出」と言っても、形式だけ、名前だけの共同提出であって、自民党の軍門に降(くだ)った捕虜程度ではあるものの一応は大将格であることからそれなりの敬意を払って同席を許される共同提出といったところだろう。
現状はそういった力関係にあるにも関わらず、「我々の考え方をしっかりと打ち返し、より良いものにする努力をしてほしい」と、さも対等の力関係にあるかのように体裁のいいゴマカシを言う。
もし対等の力関係にあったなら、主導権はどちらにも帰着せず、双方の折衷案という主張も可能となる。「民主党の考え方を盛り込んだ上で」といったあとから参入する形式、あるいは従の形式は取らずに済むはずだ。
要するに自民党案をベースとしながら、「より良いものができた」とすることによって、改革の自己正当化の証明にしようという魂胆なのだろうが、言葉の巧妙さだけが際立つ。
記事題名の〈「丸のみ」批判拡大〉は民主党内の反応を指している。
〈民主党内には「金看板」の社会保障政策を棚上げし、自民党案を丸のみすることに対する批判が、消費増税反対派だけでなく、中間派にも広がってきた。〉・・・・・
ある中間派議員「(将来の社会保障政策の)先送りでまとめようとしている。そこまで民主党の魂を売り渡してしまっていいのか」
13日夜、都内のパーティー。
小沢元代表「肝心要の年金制度も捨て去られようとしているのが今日の状態だ」
野田首相の指示を受けて社会保障分野の実務者協議で纏めたという自民党案をベースとした民主党修正案のポイントを見てみる。
《民主党案のポイント》(時事ドットコム/2012/06/13-22:18)
民主党が13日の修正協議で示した「社会保障制度改革推進法案」のポイントは次の通り。
一、社会保障制度改革は「社会保障制度改革推進会議」を設置し、総合的・集中的に推進
一、消費税収を主要な財源として確保
一、中長期的な公的年金制度、今後の高齢者医療制度の改革については政党間協議を行い、推進
会議で議論し結論を得る
一、医療保険制度に原則として全ての国民が加入する仕組みを維持
一、推進会議は内閣に設置。委員20人以内で組織し、優れた見識を有する者から首相が任命(以上)
「社会保障制度改革推進会議」を設置して議論し、結論を得るとした中長期的な公的年金制度、今後の高齢者医療制度の改革は一見先送りのように見えるが、少なくとも参議院で民主党内消費税増税反対派を除いて対野党との力関係を逆転できる強い成算がなければ、主導権喪失の状況は続くことになり、結果として自民党案をベースとした政策を受け入れることになる。
では、自民党案の要旨を見てみる。《社会保障基本法案の要旨》(時事ドットコム/2012/05/29-12:32)
自民党が29日まとめた社会保障制度改革基本法案(仮称)骨子の要旨は次の通り。
【目的】社会保障制度改革について、基本的な理念、方針、国の責務その他の基本事項を定め、社会保障制度改革国民会議を設置することにより総合的、集中的に推進。
【基本理念】国民生活の安定は、自助を基本とし、共助によって補完、公助によって生活を保障する順序で図られるべきだ。社会保障は社会保険制度を基本とする。社会保険料は収入の額に比例して徴収されるものが多いことに鑑み、財源は消費税が中心。
【改革の実施・目標時期】社会保障制度改革の必要な法制上の措置は、この法律の施行後1年以内に、国民会議の審議結果を踏まえて実施。
【具体策】保険料の納付に応じて年金が支給され、国民年金と被用者年金が分立する現行制度を基本に必要な見直しを実施。高齢者医療制度は現行制度を基本としつつ見直す。少子化対策については現行の幼稚園、保育所制度を基本とする。
【社会保障制度改革国民会議】内閣に設置。委員20人以内で組織し、優れた識見を有する者のうちから首相が任命。(以上)
要するに民主党の最低保障年金には反対、同じく民主党の後期高齢者医療制度廃止にも反対、総合こども園も反対、前二者の取り下げを迫って、年金制度は現行制度の改善でやっていくとし、総合こども園は既に民主党の方から取り下げを決めている。
野田内閣がもし以上のことを受入れたとしたら、社会保障制度政策に関しては政権交代した意味を失うということである。
政権交代の意味を失えば、当然、社会保障制度に関わる野田内閣の存在性にしても意味を失う。
小沢一郎元代表がこのことを突いて、批判している。《小沢元代表 修正協議を厳しく批判》(NHK NEWS WEB/2012年6月13日 21時34分)
13日夜、東京都内開催の会合。
小沢元代表「年金の問題をわれわれが厳しく追及したのが、大きなうねりとなって政権交代が実現できたが、なぜか肝心要の年金制度が忘れ去られ、捨て去られようとしているのが、今日の状態だ。
これでは国民の理解を得られないという思いで、『原点に返ろう』、『初心を思い起こそう』と申し上げている」
民主党が社会保障制度改革を議論するとした会議名は「社会保障制度改革推進会議」。自民党のそれは「社会保障制度改革国民会議」
自民党の「改革国民会議」を「改革推進会議」と二文字変えるだけのメンツしか残されていないというのは滑稽である。
勿論組織の構成の点で自民党と違ったことをあれこれ言うだろうが、何をどう決めるかがメインであって、あるいは何をどう決めるかに政権の価値が生じるのであって、それ以外は瑣末な問題に過ぎないし、名称の違いが政権の価値を生むわけではない。
主導権を失っている状況での名称の違いの提示など、メンツだけを考えたムダな抵抗としか言いようがない。
どちらが主導権を握っているかを証明する記事がある。《谷垣総裁 民主は受け入れを》(NHK NEWS WEB/2012年6月13日 19時12分)
6月13日の党会合。
谷垣総裁「野田総理大臣も、民主党内をまとめるのは難しいだろうが、タマは完全に向こうにあり、自民党の基本法案を飲むかどうかだ。表現の一つ一つまでとは言わないが、基本的な枝葉は飲んでもらわないと、我々も動けないし、変な妥協はできない」
「自民党の基本法案を飲むかどうか」の一点にかかっていると言っている。与党野田内閣の主導権喪失、野党自民党の主導権掌握の様子が如実に理解できる発言となっている。
既にその兆候を見せていたのだが、社会保障制度の中身も改革の一体性も投げ捨てて消費税増税のみの実現を図る「不退転」への裏切りを事ここに至ってなり振り構わずに露見させた。
「日本の将来を左右する大きな決断のとき」だ、「一体改革はやり抜かなければいけない。政治家としての集大成の気持ちで訴えている」だ、「政治生命を懸けて、命を懸けて、この国会中に成立をさせる意気込みで頑張る」だ、「政治生命を懸けると言った言葉に掛け値はない」だ、「不退転の決意で、この『社会保障と税の一体改革』をやり遂げる決意」だ等々と今まで言ってきた立派な言葉は何だったのだろう。
口達者に言葉だけを踊らせてきたとしか思えない。
消費税増税だけを実現させる「不退転の決意」だったと理解するなら、納得がいく。