2月19日の衆院予算委員会で民主党代表岡田克也の2邦人殺害事件に関する質問に対して官房長官の菅義偉は次のように答弁している。
菅義偉「12月3日の日にですね、何者かに拘束されているというメールが入っているんですよね。その交渉についてですね、後藤夫人、民間のですね、専門家の方にですね、相談をされて、ずっと対応をしてきているんです。
で、それに対して政府はですね、後藤夫人と警察、外務省がサポートしてきている」
後藤健二さんに関わる「交渉」を民間の専門家に「相談」、「ずっと対応してきている」
この交渉とは解放交渉であろう。
菅義剛が言う「専門家』とはネットで調べたところ、かつて後藤健二さんがジャーナリスト向けの戦場訓練を受けたことのあるイギリスの危機管理コンサルタント会社だと、2月21日付の「TBS NEWS」が伝えている。
海外邦人保護は日本政府の役目である。後藤さんの奥さんが犯行グループからメールを受け取ったのは12月3日とされている。そして政府に知らせた。だが、政府の解放交渉と併行して後藤さんの奥さんもイギリスの危機管理コンサルタント会社に解放交渉を依頼していた。
同じく2月19日の衆院予算委員会。
岸田文雄「1月20日、動画が掲載された時点でISIL関係者による犯行である可能性が高い。このように判断したわけであります。
そしてそれに対する対応でありますが、後藤さんと湯川さん、二人を解放する上で何が最も効果的なのか、この観点から、政府として全体で検討をした次第であります。この観点で検討した結果、まあ、ISILと直接交渉する、接触するということではなくて、我が国が今日まで外交等に於いて培ってきた様々な関係国、その情報機関、あるいは宗教関係者さらには部族長、こういったあらゆるルートを活用して取り組むという対応を決定し、それを実行したということであります」
安倍政権は1月20日に犯行グループが「イスラム国」と判明したことに対応させて日本の外務省や警察だけではなく、様々な関係国、その情報機関、あるいは宗教関係者さらには部族長にまで解放のための手を広げた。
なぜ、後藤夫人は解放交渉を政府に全面的に預けることをしなかったのだろう。
同じ2月19日の衆院予算委員会で安倍晋三は次のように答弁している。
安倍晋三「そもそも政府としての立場はテロリストとは交渉しない。これが基本的な立場です」
この場合の「交渉しない」とは「取引きしない」という意味であるはずだ。テロリストが拘束した邦人の解放条件に身代金を要求をしても、その取引きには応じない、誰かとの人質交換を要求しても、その取引きには応じないということであろう。
だとすると、上記岸田の「ISILと直接交渉する、接触するということではなくて」という発言は単なる解放のための方法論を言ったのではなく、テロリストとは如何なる取引きにも応じないとする安倍政権の姿勢を差し障りのない表現に変えて提示した言葉と見ることができる。
こう見てくると、マスコミが犯行グループからの後藤さん奥さんへのメールには20億円の身代金要求があったと伝えていながら、岸田が2月2日衆院予算委であったともなかったとも肯定も否定もせずに曖昧にしたことも理解できる。
細野豪志「(後藤さん拘束後)身代金の要求がったのは事実なのか」
岸田「奥さんとは緊密に連絡を取ってきた。できる限り(奥さんの)気持に添って対応してきた。そういう遣り取りは1月20日映像が公開されtて広く事実が公になるまでは後藤さんの安全の問題もあるので、非公開とした。その間の具体的な遣り取りについては(公表を)控えさせて貰いたい」
細野豪志「この事案の検証を考えるとき、事前に身代金を要求されていたかどうかは重要なポイントだから、政府には説明責任がある」
岸田「メールで犯人側から何らかの要求があったかは後藤さんの奥様に対する様々なメッセージがあったわけだから、政府としては明らかにするのは控えさせて頂きたい」
身代金要求があったとすると、どう対応したのかと問われた場合、20億円は政府が払うことができない金額ではないにも関わらず、如何なる取引きには応じないという政府の基本的立場をあからさまにしなければならなくなって、マズイことになるからだろう。
テロリストとは如何なる取引きにも応じない姿勢を「ISILと直接交渉する、接触するということではなくて」と解放交渉の方法論に言い替えて巧みにオブラートに包むくらいなのだから、身代金要求を曖昧にするぐらい何のこともないはずだ。
だが、後藤さんの奥さんに対しては知らぬ存ぜぬでは通用しない。政府の基本的立場を伝えたはずだ。身代金要求に応じた場合、それが活動資金となって、より多くの人命を犠牲にすることになるといった理由をつけて。
だが、奥さんにしたら、身代金要求に応じないということは夫の命を犠牲にすることを意味する。政府にしたらたかが国民一人の命かもしれないが、奥さんにしたら、夫の命であり、子どもたちの父親の命であって、一人、二人と数で数えることのできない大きな存在であろう。
菅義偉は「その交渉についてですね、後藤夫人、民間のですね、専門家の方にですね、相談をされて、ずっと対応をしてきているんです」と犯行グループからメールを受け取って以後、イギリスのコンサルタント会社に身代金の支払いを含めた(相手が要求している以上、交渉に含めなければならない)解放交渉を依頼したかのように言っているが、個人で支払うことのできる20億円の身代金ではないのだから、政府から身代金取引きには応じない旨を知らされて、コンサルタント会社にそれまでは所在の調査を依頼していたことに加えて仕方なく身代金の支払いを含めた解放交渉を依頼したといったところではないだろうか。
可能性として想定しなければならない夫の犠牲を単に待つだけということはできない。必死だったに違いない。
安倍政権が最初からどのような取引きにも応じない姿勢でいたのなら、湯川さん、後藤さん拘束の情報を得て、それぞれの情報に対応させてヨルダンに現地対策本部を、首相官邸、外務省等に対策関係の部署を立ち上げたのは何のためだったのだろうか。
あるいは湯川さん、後藤さん拘束の情報を入手してから関係国や部族長、更には宗教関係者に解放交渉を依頼したのは何のためだったのだろう。
テロリストが身代金要求を撤回して無条件に解放に応じる性善説に期待を掛けたからなのだろうか。
だが、身代金を支払わなかった米英ロの人質計6人が殺害され、政府が内々に身代金を支払ったフランスやドイツのジャーナリストなどは解放されていて、殺害された人質に関しては殺害される前に人質の家族に身代金要求のメールが送信されたケースもあるという。
アメリカの殺害された男性ジャーナリストの親にも身代金要求のメールが送られている。
このことは今回の後藤さんの奥さんに身代金要求のメールが送られてきたことと附合する。
いわば解放か殺害かの基準は身代金を支払うか支払わないかに対応させていることになって、安倍政権にしてもこういった情報は把握しているはずだから、性善説に期待すること自体が矛盾することになる。「テロリストとは交渉しない」という厳格さに反することになるばかりか、身代金は支払いません、性善説に期待しますでは虫が良過ぎることになる。
性善説からではないとすると、首相官邸や外務省、ヨルダンに迄現地対策本部まで立ち上げ、関係国や部族長、更には宗教関係者に解放交渉を依頼したのは何のためにだろうか。
「イスラム国」が1月24日(2015年)に湯川さん殺害と後藤さんの解放と引き換えに「ヨルダンの連続爆破テロの女性死刑囚、サジダ・アル・リシャウィ容疑者の釈放をヨルダン政府に求める」とする動画をネット上に配信、対してヨルダン政府が女性死刑囚と「イスラム国」に拘束されているヨルダン軍パイロットとの人質交換交渉に入って、後藤さんを抜きにしていたのは、日本政府はヨルダン政府の交渉の推移を見守るという姿勢を見せていたが、後藤さんを人質交換の対象に入れた場合、間接的に取引きすることになって、日本政府の基本的な立場に反することからの日本政府側からの内々の要請に基づいた後藤さん抜きということではなかったのではないだろうか。
ヨルダン政府は後藤さんが殺害されてから、後藤さんを含めて人質交換交渉を行っていたと言っているが、記者会見等の公の場では2対1の交換だとは一度も明言していない。
もし女性死刑囚との人質交換で後藤さんが解放されたとしても、解放された女性死刑囚が新たなテロで多くの人命を犠牲にした場合、日本政府は女性死刑囚解放はヨルダン政府がやったことだとは言えない。
拘束がまだはっきりとしないうちから首相官邸や外務省等に対策関係の部局を立ち上げ、ヨルダンに現地対策本部まで立ち上げたことは、そうすることで発動させることになった拘束が事実の場合を想定した危機管理にしても、さらに1月20日になって解放交渉を関係国や部族長、宗教関係者に依頼したことも形式に過ぎず、安倍政権が2邦人解放の精一杯の努力していますというところを見せるためのアリバイ作りだとしたら、これ程国民を愚弄する見せかけはない。
安倍晋三は「テロリストとは交渉しない」とうことは身代金要求を含めたどのような要求に対しても取引きに応じないということであり、そのためには人質となった邦人を擬性にすることをあり得るということを国民に正直に説明すべきだろう。
それとも今後共アリバイ作りに終始し、国民を愚弄し続けるということなのだろうか。