安倍晋三は今年11月2日の朴氏との日韓首脳会談で何とも情けない歴史認識に関わる信念のなさを曝け出した

2015-12-11 09:54:55 | 政治


 安倍晋三が20115年11月1日の3年半ぶりの日中韓首脳会談に引き続いて翌2015年11月2日の朴韓国大統領との日韓首脳会談で国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産へ旧日本軍の従軍慰安婦問題に関する資料の登録を目指す韓国側の動きに懸念を示したと2015年12月8日付「47NEWS」記事が伝えていた。 

 日韓親善協会会長の河村建夫元官房長官が12月8日に行った自民党本部での講演で明らかにした情報だそうだ。

 安倍晋三「お互い『これで終わり』と言っているが、登録の動きがあるのはかなわない」

 朴韓国大統領「あれは非政府組織(NGO)、民間がやることだ」

 当時の記事は日韓首脳で慰安婦問題決着への交渉加速化で合意したと伝えていたが、安倍晋三が韓国側の主張である日本軍による従軍慰安婦の強制連行があったことは歴史的事実であるとする歴史認識を認めるわけはないから、交渉加速化は首脳会談の友好的雰囲気を演出する単なる儀式だと思っていたが、一方でユネスコを通して記憶遺産という形で歴史的事実とされることを恐れていたようだ。

 だが、この恐れは安倍晋三の信念に真向から反する。

 安倍晋三は「侵略という定義は国際的にも定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかということに於いて(評価が)違う」(2013年4月23日の参院予算委員会)と答弁して、日本の戦前の戦争を侵略戦争と認めない歴史認識を自らの信念として示している以上、日本軍が韓国人女性強制連行して従軍慰安婦に仕立てたという歴史認識は韓国側の言い分に過ぎない、日本側の歴史認識はその事実は一切ないとしていると決めつけて、従軍慰安婦に関わる歴史認識も侵略の定義と同列に扱うのが一貫した信念と言うものであるはずだ。

 「河野談話」は、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」として日本軍の強制連行を認めている。

 このような歴史認識に対して安倍晋三は辻元清美の安倍内閣の従軍慰安婦に関わる歴史認識を問う2007年3月8日提出の質問主意書への2007年3月16日の答弁書で、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」として、「河野談話」で認めた強制連行とする歴史認識を否定、それ以後、この答弁書を閣議決定した政府の歴史認識として正統性を与えて、「河野談話」は閣議決定されていない単なる官房長官談話に過ぎないとの格付けを行って、後者の歴史認識を正統性の座から引きずり下ろしている。

 この正統性付与と正統性剥奪の象徴的な意味づけを、安倍晋三が2012年9月12日に自民党総裁選挙立候補を表明、2012年9月16日の討論会での、「河野洋平官房長官談話によって強制的に軍が家に入り込み女性を人さらいのように連れていって慰安婦にしたという不名誉を日本は背負っている。安倍政権のときに強制性はなかったという閣議決定をしたが、多くの人たちは知らない、河野談話を修正したことをもう一度確定する必要がある、孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」とした発言から最も的確に汲み取ることができる。

 2007年3月の閣議決定で「孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」と「河野談話を修正した」――

 この「河野談話」の完全否定は正統性付与と正統性剥奪の閣議決定が全てだとする宣言でもあり、その宣言は同時に従軍慰安婦の歴史認識に関わる自らの信念の正統性を示す宣言でもあったはずだ。

 但し「国と国との関係で、どちらから見るかということに於いて(評価が)違う」とする考えを侵略の定義に限定することは自己中心であり、他の歴史認識に於いても同じ構造の考えを取ることによって公平性を成り立たせることができる。

 つまり、「従軍慰安婦の歴史認識に関しても国と国との関係で、どちらから見るかということに於いて(評価が)違う」としなければ、安倍晋三は歴史認識に於ける自らの主張の一貫性を逸することになる。

 だとしたら、韓国側が日本軍の強制連行はあったとする文脈で従軍慰安婦問題をユネスコの記憶遺産に登録する動きをどう見せようと、ユネスコが記憶遺産をどう認定しようが、日本に於いてはと閣議決定を振り回して強制連行を完全否定する従軍慰安婦の歴史認識に関しての自らの信念の正統性を一貫して主張すればいい話なのだが、日韓首脳会談で、「登録の動きがあるのはかなわない」と、評価が違うとする「国と国との関係」を無視する信念のなさを曝け出した。

 何とも情けない無様な姿ではないだろうか。

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