橋下徹が12月18日、大阪市長を退任した。記者会見で、「持てる力を全部出し切ったし、これ以上は無理だ」と述べたという。
本当に「持てる力を全部出し切った」と断言できるのだろうか。
文科省が2007年度から毎年4月の第3もしくは第4火曜日に実施、8月末に結果を公表、小学6年生と中学3年生を調査対象とした全国学力テストに大阪府は初っ端の2007年、2008年と全国平均を下回った。
公表されたこの結果に2008年2月6日に大阪府知事に就任した橋下徹が8月29日、記者たちへの発言で激怒してみせた。
橋下徹「教育委員会には最悪だと言いたい。これまで『大阪の教育は…』と散々言っておきながら、このザマは何なんだ。
現場の教職員と教育委員会には、今までのやり方を抜本的に改めてもらわないと困る」(MSN産経)
この発言は今以てネット上に氾濫している。
橋下徹が「このザマは何なんだ」と雄叫びを上げてから1周間後の2008年9月5日に大阪府は「教育事態宣言」を発している。
さすが橋下徹である。打つ手が早い。
(1) 学力向上方策を徹底する
(2) 学校や教育委員会だけに任せない。 地域や家庭も責任を持つ
(3) ダメ教員は排除する。 教員のがんばりをもっと引き出す
(4) 「なんでも自由」を改める
橋下徹の意向を全面的に反映させた宣言であるはずだ。「ダメ教員」なんて言う言葉は橋下徹が最も得意とする語彙であろう。
2週間後の9月19日に大阪府は橋下徹出席のもと、部長会議を開いている。文飾は当方。
橋下徹「9月5日に『教育非常事態宣言』を出した。地域と家庭にも責任を持ってもらうということを言い切った。教育に本気で取り組もうという姿勢、府民運動を最大の目標として、宣言を発した。
9月17日の府内の市長16人との意見交換会でも、行政や地域が果たす役割は大きいという問題意識を共有することができた。
府教委では、『大阪の教育力』向上プラン(素案)をとりまとめたが、府教委だけではなく、知事部局としても、課題解決に向け、地域や家庭、学校をどのように支援するのか、サポートしていくのか、という観点から施策を打つ必要がある。
現在、各部局では、『将来ビジョン・大阪』の施策を検討していただいているところだが、教育に関する施策については、前倒しでとりまとめ、『教育非常事態宣言』を踏まえた『緊急対策』として打ち出していきたい。
府教委もがんばっているが、それに加えて知事部局も挙げて教育日本一を目指したい。大阪は失業率が高い、離婚率が高い、街頭犯罪率が高いなど悪い指標が多いが、こうした数字にこだわっていくべき。対策は各部局で行っているが、根幹は教育を変えていくことだと思う。2から3年で解決できるとは思っていない。5から10年、長いスパンをかけて教育に力を入れ、各部局の対策とあいまって知事部局挙げて取り組んでいくべき。とりまとめ・公表は、10月後半のできるだけ早い時期に行いたい。
本日、議会で教育委員の同意を得た陰山先生と(アドバイザーの)藤原先生はともに保護者にとってこれほどネームバリューのある方々はいない。また、小河先生は陰山先生の同志であり、教育手法のメソッド、原型をつくられた方で、発言は重く、深みのある方だ。僕と事務局の役割は、府民をどうひきつけて動かすかということ。名前に頼っているわけではないが、先生方の手法は非常に分かりやすいので、メッセージを発していきたい。
学力テストの結果公表について、動き出している市もあるが、数字だけ出して「後は何も知りません」では大失態になる。公表はあくまで府民の皆さんに実態を知ってもらうきっかけ。府民に教育について関心を持ってもらうこと、各課題、地域の課題を認識してもらうこと。そこで間髪いれずに陰山先生、小河先生、藤原先生にメソッドを出していただきながら、教委とともに各部局一丸となって打ち出しをしていきたい。よろしくお願いする」――
橋下徹は大阪府の公立小学6年生・中学3年生の学力テスト全国平均以下2年連続の成績を受けて「教育非常事態宣言」を発令し、「教育日本一を目指したい」と公約した。
最初に断っておくが、橋本徹が言っている「教育日本一」とは、この志の発端を全国学力テスト大阪府2年連続全国平均以下の成績に置いている以上、全国学力テスト成績日本一ということでなければならない。
この「目指したい」は単なる目標・願望であってはならない。大阪府教育委員会相手に学力テストの成績を「このザマは何なんだ」と罵倒の意思表示までしているのである。
いわば大阪教育委員会の教育方針を頭から完膚なきまでに否定した。そして百ます計算を小学校の教育現場で実践、小学生たちの基礎学力を向上させて名を馳せた陰山英男を2008年に大阪府教育委員(非常勤)に招き、2012年に委員長(非常勤)に就任させ、さらに東京都初の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務め、それなりの実績を上げたのだろう、藤原和博を2008年6月に大阪府特別顧問(政策アドバイザー)として招いて、「保護者にとってこれほどネームバリューのある方々はいない」と、両者の能力を保証し(能力付きと見た「ネームバリュー」であるはずだ。実力のない人気だけのタレント並みに見ていたわけであるまい。)、そのような自身の人事を誇ったのである。
こういった経緯からして、単なる目標・願望では済まない。公約そのものである。
大阪府の学力テスト成績日本一達成の公約は橋下徹が大阪府知事時代のものである。だが、大阪府は学力テスト成績の「日本一」を果たすことができなかった。常に全国平均点以下の成績で推移し、しかも最下位から数えた方が早い順位にいた。
橋下徹は大阪府知事を任期4年を待たない2011年10月31日に辞任、大阪市長選に打って出て、当選、任期4年の1期を以ってこの2015年12月18日に退任しているが、大阪府として「教育日本一」の公約を果たすことができなかった以上、この公約は大阪市にも引き継いでいなければならない性質のものであろう。
例え大阪市が大阪府に所属していない自治体であったとしても、同じ首長として教育に関わる主張は一貫していなければならないからだし、大阪府が「日本一」になるには大阪市の「日本一」は欠かすことはできない上に大阪市の「日本一」を果たさなければ、「日本一」を唱えた者として責任を果たさないことになる。
大阪府では果たすことができなかった学力テスト成績「日本一」の勝利を果たして大阪市で獲ち取ることができたのだろうか。
《平成27年度 全国学力・学習状況調査 大阪市の結果概要》(大阪市教育委員会2015年9月1日)から見てみる。
2014年成績 2015年成績(成績は平均
大阪市 全国 全国との差 大阪市 全国 全国との差
小学校国語A 69.7 72.9 -3.2 65.7 70.0 -4.3
小学校国語B 52.7 55.5 -2.8 62.5 65.4 -2.9
小学校数学A 76.0 78.1 -2.1 72.8 75.2 -2.4
小学校数学B 55.8 58.2 -2.4 42.8 45.0 -2.2
中学国語A 75.9 79.4 -3.5 73.5 75.8 -2.3
中学国語B 46.3 51.0 -4.7 63.6 65.8 -2.2
中学数学A 62.5 67.4 -4.9 62.0 64.4 -2.4
中学数学B 55.2 59.8 -4.6 40.1 41.6 -1.5
(2012年成績)
小学理科 58.3 60.9 -2.6 56.3 60.8 -4.5
中学理科 46.4 51.0 -4.6 49.3 53.0 -3.7
暗記で賄うことができるA問題にしても応用力を問うB問題にしても、全国平均以下である。但し中学校に関しては全ての問題で前年度と比較して全国との差が縮まっている。
この理由は大阪市が2015年度から独自のテスト「大阪市統一テスト」を中学3年生の2学期に実施、結果を内申点に反映させることが決まっていて、高校入試の際の高校側の評価に影響する可能性からの成績アップのようだ。
いわば学力テスト成績の内申点への反映が一種の威しとなっていて、強迫観念から必死になって頑張った。
だが、こういった頑張りは学力テスト前の一時的なものに過ぎない。1年を通しての頑張りであるなら、全国の平均に限りなく近づくことができるはずだが、そうはなっていない。
橋下徹は差が縮まったことを以って、大阪市の教育方針が一定程度の成功を収めていると思ったかもしれないが、学ぶということは極めて主体的な姿勢を必要とするもので、必要とせず、一時的な頑張りだけなら、暗記量を増やすことは可能でも、対象に対する主体的な働きかけが必要な考える力を置き去りにすることになる。
いずれにしても橋下徹は退任記者会見で「持てる力を全部出し切ったし、これ以上は無理だ」と、さも公約の全てを果たしたかのように言っているが、少なくとも大阪市長となっても引き継いで実現しなければならない「大阪市全国学力テスト日本一」を果たさずに「持てる力を全部出し切ったし、これ以上は無理だ」と言ったことになる。
明らかにウソ八百を並べたことになるが、そもそもからして学力テストの成績で子どもたちの学びの力を決めつけること自体が間違っていることに気づいていない。愚かしい限りではないか。