安倍晋三の首相就任の日を基準として在任期間から俯瞰した余りにも愚かしい被災地復興視点

2016-01-03 09:20:02 | 政治


 2016年1月1日の《安倍首相年頭所感》、被災地の復興に触れている。文飾は当方。 
 
 安倍晋三「あけましておめでとうございます。

 『石の上にも三年』

 東北の被災地では、災害公営住宅への入居が進んでいます。新たな産業の芽も育ち、復興は、新たなステージに移ろうとしています」・・・・・・

 被災地の復興に触れているのはこれだけである。

 最初「石の上にも三年」の言葉に触れたとき、2011年3月11日の震災発生から4年以上経ち、もうすぐ5年になるから、「三年」と言うのはおかしいではないかと思った。

 だが、その「三年」が安倍晋三の2度目の首相就任の2012年12月26日から数えた「三年」だと、蛍光灯さながらの頭の悪さで遅まきながら気づいた。

 「石の上にも三年」とは「冷たい石でも三年間座り続ければ暖まることから転じて、何事にも忍耐強さが大切だ」という意味の諺だが、つまり「長い期間忍耐強く取り組めば、願い事、あるいは目指すべき事柄は必ず成就する」ということを意味させているのだろう。

 それを自身が首相に就任した日を基準に3年経過しているから、そのまま諺の3年を掛けて、被災地の復興の進捗状況を「石の上にも三年」だと表現した。

 だが、被災者の親や子どもや親類縁者の死への痛み、行方不明者の生死に関わる極度の気がかり等を抱えた日々の生活や将来や健康に対する不安、日常生活の不便は2011年3月11日の被災以降から始まり、その多くの被災者が原状回復には程遠い途上にある。

 つまり被災者にとっての復旧・復興は2011年3月11日の被災以降を基準に開始され、どれ程原状回復に向かっているか、その進捗状況を見守り、計っている。

 当然、被災者から見たら、その多くが「石の上にも三年」はとっくに過ぎている。五年になろうとしているのに災害公営住宅への入居がどうにか進んでいる一方で仮設住宅に閉じ込められた状況や満足な職を得ることができない状況等が今以て続いている。

 にも関わらず、安倍晋三は2011年3月11日の被災以降を基準に復旧・復興を語らずに、いわば被災者が置かれている様々な状況を置き去りにして自身の首相就任の2012年12月26日を基準に「石の上にも三年」だと、自身のみの観点に立って進捗状況を俯瞰、復興を語る。

 ここに余りにも愚かしい自己中心の被災地復興の視点を見ないわけにはいかない。そういった自己中心の視点を安倍晋三は2016年の年頭早々にその所感で曝け出した。

 自己中心は「復興は、新たなステージに移ろうとしています」という言葉にも現れている。

 2013年の新年度スタートの4月1日、この日付で他省庁から異動させた約50人を加えた復興庁の全職員を前に根本復興相は訓示している。

 根本「この3カ月で復興庁の組織を見直したほか、昨年度の補正予算、今年度予算案の編成によって、復興の加速に向けた、大きな枠組みができた。これから大事なのは、具体的なテーマについて、一つ一つ問題を解決し、各省庁を大きく動かしていくことだ。

 これからが復興加速に向けた新たなステージだ。業務を円滑に継承して、思いを共有して仕事に取り組み、創造的に発展させてほしい」(NHK NEWS WEB

 「新たなステージ」は2013年4月1日に於いても既に始まっていた。この「新たなステージ」は例え民主党政権の復旧・復興の方法論を変えたとしても、全てマイナスとすることはできず、プラスもあるはずだから、民主党政権の復旧・復興を引き継いでもいる「新たなステージ」であり、安倍政権がなり変わって何もかも「新たなステージ」を築いていくという意味ではないはずだ。

 つまり民主党政権の復旧・復興と連続性を持たせてもいる「新たなステージ」であるはずである。

 もし連続性を持たせずに何もかも変えた新規と言うことなら、大混乱が生じたはずだ。
 
 安倍晋三は昨年2015年2月14日に岩手県及び宮城県下訪問、視察後記者団に発言している。

 安倍晋三「2年ぶりに大船渡市、そして、気仙沼市を訪問しました。

 そして発災前よりも生産性、効率性を向上させた水産加工業者の方にもお目にかかり、日本では最も高い水準の衛生管理設備を整えた魚市場を視察しました。

 また、新たにニット事業を立ち上げた女性の皆さんともお話をさせていただきまして、復興の担い手として頑張っている皆さんの活力を感じ取ることができました。

 そしてまた、気仙沼においては初めての災害公営住宅を視察をさせていただき、住民の皆さんのお話を伺いました。復興もいよいよ新たなステージに移りつつあるということを実感することができました」(首相官邸HP
 
 根本復興相が2013年4月1日に復興庁の異動を含めた全職員に向けて「これからが復興加速に向けた新たなステージだ」と言って、そのようなステージに移ったことを告げ、それから約2年近く後の2015年2月14日に安倍晋三が「復興もいよいよ新たなステージに移りつつある」と言う。

 さらに東日本大震災4年目を明日に控えた2015年3月10日の首相官邸での記者会見。 

 安倍晋三「東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策についても、引き続き、国が前面に立ち取り組んでまいります。

 そうした中でも一歩ずつではありますが、復興は確実に新たなステージへと移りつつある。月1回のペースで続けてきた被災地訪問で、私はそのように感じています」――

 これらの他にも「新たなステージ」なる言葉を使っているはずだが、今回の年頭所感での「復興は、新たなステージに移ろうとしています」の言葉。

 何度「新たなステージ」を使う気なのだろうか。

 「新たなステージに移りつつある」、あるいは「移ろうとしています」という言葉はさも復旧・復興が次の段階に進んでいくかのような印象を与えるし、確かに復旧・復興は進んでいて、そのような言葉が国民に安心感を植えつけるに効果ある言葉でもあるだろうが、それがどれ程の進捗状況を持たせたどの程度の段階なのか、具体的な状況の見えない「新たなステージ」にとどまっているということは頭に描いているような進捗を図ることができないことからの常に同じ表現を使わざるを得ないからであろう。

 でなければ、同じ表現で説明を了とすることはできない。

 復旧・復興の国民への公式の説明を「新たなステージ」を常套句として自己完結させてようといる所に安倍晋三の自己中心を見ない訳にはいかないし、既に触れたように自身の首相就任の日を基準に復旧・復興を俯瞰する「石の上にも三年」の言葉にも見ない訳にはいかない自己中心で成り立たせた一国の指導者であるようだ。

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