北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

豪州原潜導入決定【4】EUオーストラリアFTA交渉影響とニュージーランド防衛協力支障波及

2021-10-02 20:00:52 | 国際・政治
■オーストラリア,どこへ行く
 日々刻々と情勢が動いてゆく故に難しいところがあるのがオーストラリア原潜問題です。

 オーストラリアのアタック級潜水艦建造中止とヴァージニア級攻撃型原潜オーストラリア仕様導入、これがオーストラリアの国防政策と国家安全保障にとってどのような位置づけとなるのか、海軍はヴァージニア級攻撃型原潜を必要としていたとしても、政府と国防省が、特にフランスやEU欧州連合との関係悪化を前にどう判断するのか、関心事です。

 そうりゅう型を採用していれば、と思わないでもないのですが、例えば今回導入するオーストラリア潜水艦計画は12隻、それならば6隻を日本で建造し残る6隻をASUでライセンス生産の形で建造する、こうするならば、仮にASUの建造艦にどのような不良があろうとも、オーストラリア海軍にはまともな潜水艦が少なくとも6隻は短期間で揃うのですし。

 日本建造艦と豪州建造艦で性能格差が生じれば、補修で対応可能ならば日本で整備受入という選択肢も残ります、最低限、ペーパープランや滅茶苦茶な改良型と異なり、基本的に海上自衛隊が運用し、運用環境も似ている艦なのですから間違いはありません。ヴァージニア級を必要とするにしても導入には時間を要し、また暫定艦ともなり得る選択肢でした。

 日本は傍観者で良かった、こう一時的には安堵するところですが、長期的視野で見れば真逆です。環太平洋安全保障という広い視野から見ますと、オーストラリアがラロトンガ条約離脱で南太平洋諸国から孤立し、フランスとの関係悪化でEU欧州連合との通商対立が鮮明化する、いわば孤立している状況は、同じ環太平洋諸国として望ましくはありません。

 QUAD離脱、これはラッド政権時代の話ではありますが、オーストラリアは突然意味不明の事を行うのですね。QUAD日米豪印安全保障枠組、2007年に安倍政権時代の日本が提唱したインド太平洋地域安全保障協力枠組です。しかし2008年にオーストラリアのラッド政権が突如としてQUAD離脱を掲げ、親中政策への移行を発表するという状況になります。

 QUAD離脱はアメリカ始め他の参加国への打診の無い突然の発表であった為、一時はQUAD枠組そのものの危機となりますが、ラッド首相が労働党内で求心力を失い労働党のギラード政権が成立するとQUAD復帰、という二転三転があり、今回のフランスとの調整の無いままのアタック級潜水艦計画中止についても、悪い癖、再発したというべきなのか。

 フランスとの対立、これはフランスが南太平洋に海外県を有し太平洋艦隊司令部を置いている関係上、避けなければなりませんが、フランスはイギリスのEU欧州連合離脱後、最有力国としてEUに影響力を有します。つまり、環太平洋安全保障がグローバルな海洋安全保障として昇華させ有志連合にEU諸国の参画を期待するには対仏関係は重要なのです。

 EUとオーストラリアの問題、なにしろ今回の契約は金額が大き過ぎる、EC-665戦闘ヘリコプターのような問題ではないのです、実際、マクロン大統領はオーストラリアを信頼できない通商相手国としてEU理事会に発議する方針を示しており、潜水艦契約破棄がそのまま続いた場合に、EUとオーストラリアのFTA自由貿易圏構想を破綻させかねません。

 EUとの経済問題と国防問題は別である、とオーストラリアの主張が在るのかもしれませんが、400億ドル規模の契約はそのまま通商問題というフランスの認識も無理はない所ですが、オーストラリアとしては400億円規模の契約を反故にした“くらいで”結果EUの欧州全域との通商問題に影響し、しかも問題打開の目処が立たない事は想定したのでしょうか。

 経済的問題について、オーストラリアは現在極めて厳しい状況となっています、オーストラリアは中国が最大の通商相手国、大量の鉄鉱石と石炭を中国へ供給していましたが、2020年の豪中関係悪化を受け、鉄鉱石や石炭、そして牛肉やワインと云った製品を含め中国から非関税障壁を掛けられ、経済的な打撃が大きい、ここに欧州との関係悪化が加わる事に。

 原子力潜水艦導入で中国との関係良好化は望めません、中国への対抗を念頭にしたAUKUS,アメリカイギリスオーストラリア防衛協力枠組に依拠して原子力潜水艦を導入するのですから。もっとも、中豪関係は2020年の関係悪化以前に、アデレード港の中国一帯一路政策に基づく管理権買収を拒否し、歪が生じていた上での現状、という状況はあるのですが。

 TPP環太平洋包括連携協定、オーストラリアにはTPPがありますが、周辺国との緊張関係という意味では、オーストラリア原子力潜水艦導入計画の突然の浮上に、隣国インドネシア政府も不快感を示しており年間170億オーストラリアドルに登る両国間通称やIA-CEPAオーストラリアインドネシア経済包括連携協定への影響も、有り得ない事ではないという。

 ニュージーランドとの防衛協力制限、これはニュージーランド政府がオーストラリアの原子力潜水艦について、ニュージーランド国内及び領域への進入を拒否する声明を発表しました。これはラロトンガ条約による南太平洋非核地域について、特にニュージーランドは原子力艦の領域航行を拒否する姿勢を示しており、オーストラリアも例外でないかたち。

 ANZUS,オーストラリアとニュージーランドはアメリカを加えて1951年にAUZUS安全保障条約を締結しています。実はこの防衛枠組みは南太平洋版NATOを目指し構築されたものの、1980年代に入ると、ソ連脅威評価が過大であったとして、1986年ラロトンガ条約成立を契機にニュージーランドがアメリカ原子力艦と核兵器搭載艦の入港を拒否し離脱する。

 ANZUS枠組みは、1986年当時にアメリカの海軍艦艇が戦術核の第一線配備を行い、核兵器非搭載の確認が難しかった事から離脱していましたが、2007年にニュージーランドは核弾頭型トマホーク巡航ミサイルの廃止などを理由にANZUSへ復帰していました。これが南太平洋防衛枠組みの再構築といえたものですが、再度ここに皹がはいったかたちという。

 ニュージーランドとオーストラリアの防衛協力はきわめて深いものがり、ニュージーランド空軍がく対空ミサイルを搭載し防空任務に充てていたホーク攻撃機、事実上の戦闘機を全廃した際にはニュージーランド空軍の戦闘機要員再雇用にオーストラリア空軍が挙げられるなど、通常の隣国関係以上の防衛協力がありましたが、釘を打たれた構図になります。

 将来潜水艦が必要であるという認識は痛いほど分かるのですが、ここまで周辺国との関係が悪化し、更に通商関係が悪化する、この皺寄せはオーストアリアの輸出産業に如実に現れる事となります、これは与党支持率へも影響するものなのですが、果たしてTPP枠組や米豪通商も石油石炭鉄鉱石に輸出の四割を占める状況で支えきれるものなのでしょうか。

 これが、例えばイギリス海軍の攻撃型原潜基地をオーストラリアが提供するとか、横須賀に前方展開できないアメリカ海軍の攻撃型原潜基地をインド洋と太平洋に隣接し、グアムよりも中国弾道ミサイル脅威が及ばない後方基地として提供し、オーストラリアはアタック級の導入を進める、というならばわかるのだが、何をしたいのかが見えない、印象です。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【映画講評】Battle of the Bulge: Winter War/ザ・バルジ・ソルジャーズ(2)舞台の背景

2021-10-02 14:12:20 | 映画
■ランツェラートとスタブロー
 アルデンヌ冬季攻勢にしてはこじんまりしているなあ、お教えいただいた方のお話しですが当方共にプラトーンと山猫は眠らないのトムベレンジャーというだけで期待が。

 戦争映画となりますと、実際の軍艦を実物大で再現したとか、大戦機の稼働機をどれだけ集めたとか、戦車がどのくらい集めたのか、という話題も確かに興味深いのですが、題材も重要と思う。“にっぽん歴史鑑定”や“英雄たちの選択”など歴史番組が面白いようにね。実際、そう思うからこそ似ても似つかない現用装備の写真を掻き集めて紹介しています。

 アルデンヌ冬季攻勢では、最終的にアントワープを確保するべくフランス中部のミューズ川まで一気に前進する計画である為、燃料輸送車が追い付かない事が多々あったのですね、この為に第一線部隊は米軍補給処から幾度か燃料を鹵獲し、使わざるを得ない状況に陥っています。最初から鹵獲する計画ではなく、予定通り燃料が補給されない場合なのですが。

 先鋒を往くヨアヒムパイパー親衛隊中佐が率いるパイパー戦闘団を例に挙げますと、先ず緒戦で先行する第9降下猟兵連隊に続き、戦車部隊を中心にロスハイム峠の米軍部隊を排除し緊要地形を確保すると共に後方からの燃料を補給する計画でしたが、12月16日、ロスハイム峠を確保した戦闘団に鉄道輸送と道路渋滞により燃料が届く事はありませんでした。

 ランツェラートの戦いは、この直前に発生しています。第9降下猟兵連隊が先行して展開し、戦車部隊が続行して確保するという、米英軍が先に実施したマーケットガーデン作戦のような表面上完璧な戦闘となる計画でしたが、第9降下猟兵連隊長は空軍のホフマン中佐、陸戦経験が無く部隊の掌握も難渋している状態で米軍部隊と交戦する事となりました。

 アメリカ第99歩兵師団隷下の歩兵連隊と戦闘を繰り広げた第9降下猟兵連隊は550名規模ですが、神出鬼没の歩兵部隊を相手に悪天候の視界の悪さも相まって敵を捕捉できません、盛んに銃撃を加えるものの米軍部隊の位置さえ把握できず、ここでパイパー戦闘団の増援を待つ事となりました。米軍部隊相手に苦戦していると駆け付けたパイパー戦闘団ですが。

 第99歩兵師団第394連隊の偵察小隊、第9降下猟兵連隊が苦戦していた相手はなんと20名規模の偵察小隊であり、ジープに機銃を載せ機動戦を展開していました。偵察小隊を指揮するライルブック中尉は弱冠二十歳、偵察小隊には砲兵前進観測班が加わっており、後方から砲兵射撃の支援もありましたが、小隊で連隊を食い止めていたという驚きの話です。

 パイパー中佐は、精鋭降下猟兵一個連隊が一個小隊相手に何をやっているんだと嘆息しつつ、なにしろ戦闘団にはパンター戦車等70両とティーガー2戦車20両配備、その他車輛だけで600両が配備されていますので、降下猟兵を支援し米軍偵察小隊を蹴散らします。この頃のドイツ降下猟兵はクレタ島空挺作戦の頃の練度をもう、留めていなかったという。

 ランツェラート近郊にはビューリンゲンに米軍燃料補給処があり、これを奪取し当座の燃料不足を補う事としました。パイパー戦闘団は第9降下猟兵連隊の降下猟兵を戦車に跨乗させ燃料補給処を襲撃、この際に19万リットルの燃料を鹵獲しました。作戦に参加した19個師団分の燃料が1500万リットルですので、戦闘団だけでこの鹵獲は要諦とさえいえる。

 マルメディ捕虜虐殺事件等、事件が発生しますが、パイパー戦闘団はこのまま前進します、そして戦闘団は12月18日早朝、ミューズ川に至る最後の要衝となるスタブローへの攻撃を開始しましたが、ビューリンゲンにて鹵獲した19万リットルの燃料もこの頃には心細くなっています。そしてスタブロー近郊にも、大規模な米軍燃料補給処があったのですね。

 スタブロー近郊の米軍燃料補給処には56万3700リットルの燃料が備蓄されており、戦闘団の補給線は伸びきっていると共に道路渋滞と橋梁爆破等の妨害により機能せず、これを鹵獲する事で再度攻勢を計画します。敵の補給物資に依存する、日本陸軍のインパール作戦と似た状況ですが、ビューリンゲンでの成功体験はまだ二日前、行けると思ったのか。

 第526機甲歩兵大隊のB中隊と対戦車砲小隊がスタブロー近郊に展開していましたが、危機を察知したポールソリス大隊長は更に予備の対戦車砲小隊を率いてB中隊を戦闘指揮する決断を下し、まず米軍燃料補給処へ向かいます。ポールソリス大隊長は燃料を燃やすよう命令、市街地に隣接する高台にある燃料補給処からガソリンをドイツ軍へ向け注ぎます。

 スタブロー市街地へ展開し市街戦の準備をしていた戦闘団は高台から燃える燃料が注ぎ込まれ大混乱となり、パイパー中佐は燃料鹵獲を断念し、不眠不休で前進し続けた部隊を休ませたうえで近傍のトロワボンにある橋梁を確保し、ミューズ川を渡河すると決心します。既に戦車の半数が整備不良か損傷で行動不能となっていました。再整備し戦闘に臨みたい。

 Rイーツ少佐率いるアメリカ軍第51工兵大隊C中隊がトロワボンに到着したのは、戦闘団がスタブローを進発した直後でした。工兵中隊の任務は橋梁爆破であり爆薬を携行していますが、これに加えて障害除去用に57mm無反動砲を一門装備しています。イーツ少佐は橋梁に迫る戦車に驚きつつも反撃、敵もまさか無反動砲一門とは思わず遅滞戦闘は成功へ。

 トロワボンの橋梁はパイパー戦闘団が到着する15分前に第51工兵大隊により爆破、近傍には十数km離れてアビエモンにもう一つの橋梁がありましたが、こちらも二時間後に爆破される。戦車主体のパイパー戦闘団に架橋資材等は無く、結果的に一時後退しますが、この頃、米軍の空からの反撃が本格化、延び過ぎた補給線を叩かれ、ドイツ軍は敗北した。

 トムベレンジャー、ビリーゼイン。そして若手俳優が固め、それ程多くない予算で、となりますと、この二つの戦いに焦点を充てているのではないでしょうか。監督と脚本はスティーヴンルーク、こちらも当方の知識不足もあり中々知らない名前です。しかし、知られていない史実をもとにした映画は歴史への理解の一助となります、観てみたいものですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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