北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【G3X撮影速報】三菱小牧FACO&小牧基地,F-35戦闘機最中にも更なる椿事(2021-08-23)

2021-10-30 20:01:42 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■F-35戦闘機24号機集中の最中
 F-35を撮影している時にF-35以上に凄い事は起きないだろうという先入観を油断と云うのでしょうね。

 F-35戦闘機。さてF-2戦闘機を撮影するのに集中力を全部ズームレンズ越しのF-2戦闘機にまわしてしまい、結果頭上をゆくF-35戦闘機に気づかないという、なかなか貴重な経験をしていますが、撮影の機会はがんばれば意外とあるものでして、先ず行くのが重要だ。

 C-130輸送機の基地だと考えていたらば、F-35戦闘機が出てきたよ、という。もちろん毎日この場所で撮影できるというものでもなく、多少は運か情報が必要なのですが、F-35の飛行情報なんてものは簡単に開示されるようなものではありません。つまり運が要る。

 F-35戦闘機24号機、小牧基地航空祭が2019年に執り行われまして、そして2021年に久々の小牧基地探訪、小牧基地といえばC-130輸送機とKC-767輸送機の基地ですが、岐阜基地と違い駅からかなり距離があり、基地側は名鉄小牧線から比較的近いのですが撮影位置は遠い。

 小牧基地は、しかし三菱重工小牧南工場と隣接していますので、こんなこともあるのだなあ、と思いつつ、岐阜基地でなかなか見上げることが出来ず、消化不良気味というなかではF-35は貴重な一幕だといえるのかもしれません。もっとも、岐阜通いには理由がある。

 ファントム。1959年に原型機が飛行し航空自衛隊では1971年から連綿と運用されていたF-4EJ戦闘機が今年三月ついに引退しましたが、要するにF-35はこれから見続ける戦闘機、F-4EJは三月までの戦闘機、優先度合いはF-4のほうが大きかったのですね2020年を含め。

 岐阜基地の三井山などは2020年だけで2006年から十年分を一年で登ったようなものでして、そろそろ三井山登山で鍛えたので愛宕神社、愛宕山に挑戦しようかと、麒麟がくる、本能寺の変前夜の聖地巡礼を計画したほどなのですが、まあ、飛行機は岐阜で撮っていた。

 邪魔しないでくれ、いいところなんだ。とフレームに飛び込んだ"なにか"に一瞬気づかなかったのですが、なんともう一機F-35が出てきました、前回はF-2に注目していてF-35に気づかなかったものですが、今度はF-35に注目していてF-35に気づかない、もう混乱だ。

 F-2にばかり注目していてF-35を撮り逃すという経験は、望遠レンズを愛用される方ならば多少はある、と、わたしだけオッチョコチョイではないと思うのですが、F-35を撮影していてF-35に気づかない、というのは、これも三沢基地周辺ならば、事例は、あるのかな。

 24号機と25号機か。ライトニングの時代、いや三井山で落雷に追われたというわけではなく、F-35ライトニングⅡをそろそろしっかりと撮影できるようになったのですが、C-130と、そしてKC-767をゆったり撮れればいいや、という風潮で歩み進めましたのでF-35登場にはまさに驚きだ。

 三沢基地の第3航空団に配備が進むF-35戦闘機、いや国内では在日米軍が岩国の第1海兵航空団に配備をすすめていますので、青森の三沢まで行かずとも山口の岩国という選択肢もあるのですが、これも遠いことにはかわりがありません、しかし三菱FACOならば。

 三菱FACO,アメリカで製造された機体の最終組立を行う施設で、組立とともに重整備を行う施設です、するとパタクセントリバーあたりまで定期整備で回送する必要もなく、ある程度の高い稼働率を維持できます、無論ライセンス生産ほどの運用基盤ではないのですが。

 自衛隊のF-35は小牧の三菱FACOで組み立てられるわけですので、相応にF-35が撮影できる基地です。今後はF-35も小松基地と新田原基地へ配備が開始されます、そのF-35もここから飛び立ってゆく、もっともファントム最後の定期整備もここ小牧南工場でしたね。

 にっぽん縦断こころ旅。火野正平さんが自転車で全国から寄せられたお便りの思い出の地を巡るNHKの人気番組ですが、青森県の旅では三沢市を旅していまして、F-35がふつうに飛んでいる様子が描かれていました。沖縄の旅ではE-2Cが飛んでいましたけれども。

 岩国基地も三沢基地も、行けば毎日飛んでいる、岩国の場合は母艦が佐世保に居ればという前提はあれど、こうした前提があるのですが、小牧はC-130とKC-767,それに救難教育隊のUH-60にU-125、ならば撮影できるのですね、ここに嬉しい幸運が加わる構図という。

 G-3X,しかし失敗したなあと感じたのは、こんな大物がでてくるとはおもわなかったので望遠の利くコンパクト機種G-3Xと一眼レフのEOS-7D,両方とも持っていたのですが、この二つを併結する連結ロッドを持ってきていない、離陸は一眼レフに任せることとしました。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【榛名備防録】戦艦とはなにか?主力艦とは?ワシントン海軍軍縮条約に見る主力艦の定義

2021-10-30 14:41:24 | 防衛・安全保障
■ワシントン海軍軍縮条約
 戦艦、何しろ現役の戦艦が地球上に一隻も残っていませんので普段に使う単語でも定義が分らないものがあります。

 世界史において、特に高校世界史においてワシントン海軍軍縮条約を説明する際、規制対象を戦艦と巡洋艦と説明しているものがありますが、これは戦艦と巡洋戦艦を主力艦と位置づけていますので、正しくはありません、そしてこのワシントン海軍軍縮条約の大きな意味は、戦艦とは何か、という一種哲学的な定義を明確としたことにあるのでしょう。

 戦艦とは、これはワシントン海軍軍縮条約が主力艦の定義を行う際、この定義に含まれない補助艦というものを明示しまして、この補助艦が巡洋艦や駆逐艦を含む、条約の対象外というものでした。要するに補助艦の中でも巡洋艦が最大のものですので、条約を越える大きさの巡洋艦は戦艦となり、補助艦定義内の戦艦は巡洋艦となって枠外になることに。

 戦艦は当時機動力と火力に防御力を兼ね備えた最強の兵器であり、核兵器の存在しない時代には沿岸地域にもっとも大きな脅威を及ぼすものでした、このために第一次世界大戦終戦後の平和機運を次の軍拡に展開させぬよう、建造中の主力艦を全廃し既存戦艦と巡洋戦艦や消えつつあるが維持される装甲巡洋艦をどうするか考えてゆこう、というものでした。

 主力艦の定義は艦砲が8インチ砲以上、そして排水量1万t以上、となります。するとドイツが1930年代に建造したグラーフシュペーなど装甲艦は28cm砲を搭載し1万3000tありますので、戦艦と定義されてしまうのですが、ドイツは第一次世界大戦に敗戦したため、そもそもワシントン軍縮会議に出席しておらず、規制を受けるものではありません。

 ワシントン海軍軍縮条約においてもう一つ主力艦に加えて航空母艦が規制対象となりました、戦艦と巡洋戦艦と空母が規制対象、世界史は細かくなることを学校教育においてふさわしくないためと考えたのか、主力艦意外を詳しく説明しません。そして発効は1923年8月17日ですので、空母は3万3000tまで、といわれても当時世界に殆ど空母などない。

 空母が規制された背景には、会議において日本はすでに空母鳳翔の建造を開始していましたが、これが将来大きく進化した場合、島国である日本は太平洋上から空母による奇襲を受けることを警戒し、空母の全面禁止を提案し、受け入れられなかった一方、空母の保有を、無制限としない規制を含むこととなったためです。先進的でも旧態依然でもあった。

 空母は3万3000tを2隻まで、日本の場合は巡洋戦艦赤城と戦艦加賀がこれにあたるのですが、ワシントン海軍軍縮条約は建造中の戦艦と巡洋戦艦の全廃を盛り込みましたので救済措置として建造が進んだものは空母に転用してもかまわない、という考えです、1920年代、空母はともかく艦載機はまだ初歩という段階故、あまり注視されなかったともいえる。

 空母規制、しかし旧態依然と説明したのは、空母の定義を明確化しておかなければ、飛行甲板を持つ戦艦というものの誕生が懸念されたためです。要するに1920年代の艦載機はまだまだ性能が限られていますが、16インチ砲や18インチ砲を持つ航空母艦が戦艦を補完しないように、搭載艦砲は8インチ以下8門まで、と艦砲の方が規制されることとなります。

 併せてワシントン海軍軍縮条約では要塞建設に規制がつきました、これは数ではなく、新規建設禁止地域を明示し離島を要塞化しないようしたものです。ただ、補助艦は建造自由という誤解を招き、条約型巡洋艦の建造や大型駆逐艦の量産へ口火を切ることとなったため、世界は続いて補助艦の建造を制限するロンドン軍縮会議を開く流れに乗ってゆきます。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする