■鞍馬は大河の源流
京都市内の猛暑と比べれば確かに暑いのだけれども熱いというほどではないという京都の奥座敷を巡りました。
貴船神社、京都市左京区鞍馬貴船町という鴨川の源流をたどりますと最初の一滴が湧き出てくる立地でして、湧き出てくるというよりも神域の洞窟の奥で岩からしみ出て滴り零れるものが、とくとくと流れを生み、数多湧き水と下流で合流し、川となる。
貴布禰と神話の時代から崇敬を集める社殿、当地には出町柳から叡山電車に乗り、鞍馬線を終点のすぐ手前の貴船口駅で降り、そこから鞍馬山山麓を貴船山に向かい、そう30分ほど歩く。歩くのは大変という方は貴船口駅から小さな路線バスも運行します。
本宮参道のこの石階段は、京都を代表する風景の一つとなっていまして、いまはこう人の通りが途切れることも時折あるのですが、それまでゆったりと石段下にて過ごすものの、これも秋の紅葉となれば、そうも簡単にはいかなくなるのだろう、ともおもう。
雪が降るとどうなるか。東京では山手線が遅れ京浜東北線が停まり常磐線が視界不良となり群馬県だけが平常運転、と聞くのですが、京都では雪が降るとどうなるか、その答えは、金閣寺と貴船神社が混む、といわれる。それほどにこの石階段の風情は独特です。
きふねじんじゃ、と読みますので鞍馬貴船町という地名の方も実は長いこと、きふねちょう、と読んでいまして、いや叡電の駅名は濁点がつくのだけれども伝統地名なのかと思っていたら、貴船神社は神域であり濁らないが地名は濁点が入る、ということで。
反正天皇の時代、創建は遥か昔の時代までさかのぼります。そして祀られていますのは水神である高龗神、こうした信仰の関係もありまして、例えば洪水が続く大雨の時節には、はたまた田畑が干上がる干ばつの時節には、祈願祭を開くという歴史が続きます。
二十二社は下八社の一社、天変地異の際に祈りが集まるという事で二十二社の一翼を担う社殿でもあり、参拝には、確かに散策という気分転換の一環であり生死にかかわる祈りをささげるようなものではないのだけれども、社に向かう際には気持ちは切替わる。
短冊が、境内には溢れています。いや実はこの短冊はまだ始まりでして、八月十五日の終戦記念日までは夜のライトアップなども行われます。もっとも、少々交通が不便な神域ですのでライトアップの境内を参拝するには散策ではなく心意気も必要なのですが。
七夕の季節、ちょうどこの参拝の日は七夕の季節という事もありまして、その境内には短冊があふれていました。それで混雑している訳だ、とは考えすぎかもしれませんが、市内では祇園祭が始まった季節、こんな時代ですから短冊も人も願いとともに集う。
絵馬発祥の神社である。短冊が数多集う様子は七夕神事こと貴船の水祭がちょうど七月七日に執り行われる故なのですが、そもそもこの貴船神社はわが国のおける絵馬、願掛けなどに用いられます絵馬の発祥の地であったりもするのです。これには水が関わる。
黒馬を、かつて干ばつの際の雨ごい神事に際して朝廷は黒馬を貴船に献上していました。そして長雨の鎮定祈願の神事には白馬を献上していたという。隣が鞍馬山なので馬という訳ではありませんが、これがいつしか木札に描いた馬で代用されるようになった。
白馬か黒馬か、これも日本が江戸時代に入り安定しますと、雨ごいや長雨鎮定という切迫よりも、個人の願いを絵馬に描いて奉納するよう文化は移ろいまして、しかし人々の願いというものの寄る辺に絵馬は今も残る、貴船神社とはそうした社殿が迎えるのです。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
京都市内の猛暑と比べれば確かに暑いのだけれども熱いというほどではないという京都の奥座敷を巡りました。
貴船神社、京都市左京区鞍馬貴船町という鴨川の源流をたどりますと最初の一滴が湧き出てくる立地でして、湧き出てくるというよりも神域の洞窟の奥で岩からしみ出て滴り零れるものが、とくとくと流れを生み、数多湧き水と下流で合流し、川となる。
貴布禰と神話の時代から崇敬を集める社殿、当地には出町柳から叡山電車に乗り、鞍馬線を終点のすぐ手前の貴船口駅で降り、そこから鞍馬山山麓を貴船山に向かい、そう30分ほど歩く。歩くのは大変という方は貴船口駅から小さな路線バスも運行します。
本宮参道のこの石階段は、京都を代表する風景の一つとなっていまして、いまはこう人の通りが途切れることも時折あるのですが、それまでゆったりと石段下にて過ごすものの、これも秋の紅葉となれば、そうも簡単にはいかなくなるのだろう、ともおもう。
雪が降るとどうなるか。東京では山手線が遅れ京浜東北線が停まり常磐線が視界不良となり群馬県だけが平常運転、と聞くのですが、京都では雪が降るとどうなるか、その答えは、金閣寺と貴船神社が混む、といわれる。それほどにこの石階段の風情は独特です。
きふねじんじゃ、と読みますので鞍馬貴船町という地名の方も実は長いこと、きふねちょう、と読んでいまして、いや叡電の駅名は濁点がつくのだけれども伝統地名なのかと思っていたら、貴船神社は神域であり濁らないが地名は濁点が入る、ということで。
反正天皇の時代、創建は遥か昔の時代までさかのぼります。そして祀られていますのは水神である高龗神、こうした信仰の関係もありまして、例えば洪水が続く大雨の時節には、はたまた田畑が干上がる干ばつの時節には、祈願祭を開くという歴史が続きます。
二十二社は下八社の一社、天変地異の際に祈りが集まるという事で二十二社の一翼を担う社殿でもあり、参拝には、確かに散策という気分転換の一環であり生死にかかわる祈りをささげるようなものではないのだけれども、社に向かう際には気持ちは切替わる。
短冊が、境内には溢れています。いや実はこの短冊はまだ始まりでして、八月十五日の終戦記念日までは夜のライトアップなども行われます。もっとも、少々交通が不便な神域ですのでライトアップの境内を参拝するには散策ではなく心意気も必要なのですが。
七夕の季節、ちょうどこの参拝の日は七夕の季節という事もありまして、その境内には短冊があふれていました。それで混雑している訳だ、とは考えすぎかもしれませんが、市内では祇園祭が始まった季節、こんな時代ですから短冊も人も願いとともに集う。
絵馬発祥の神社である。短冊が数多集う様子は七夕神事こと貴船の水祭がちょうど七月七日に執り行われる故なのですが、そもそもこの貴船神社はわが国のおける絵馬、願掛けなどに用いられます絵馬の発祥の地であったりもするのです。これには水が関わる。
黒馬を、かつて干ばつの際の雨ごい神事に際して朝廷は黒馬を貴船に献上していました。そして長雨の鎮定祈願の神事には白馬を献上していたという。隣が鞍馬山なので馬という訳ではありませんが、これがいつしか木札に描いた馬で代用されるようになった。
白馬か黒馬か、これも日本が江戸時代に入り安定しますと、雨ごいや長雨鎮定という切迫よりも、個人の願いを絵馬に描いて奉納するよう文化は移ろいまして、しかし人々の願いというものの寄る辺に絵馬は今も残る、貴船神社とはそうした社殿が迎えるのです。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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