縄文小説を書いてから、貴重な感想や時には感想文をいただいたりしている。いろいろな職業の方からの新鮮な声をいただき、それだけで縄文小説を書いてよかったと実感できる。
ところで、縄文小説というジャンルは今までも殆ど未開発のエリアである。なぜかというと、小説を書くための基本的な生活情報が極めて得にくいことがある。従って、私が眼にしている縄文小説といわれるものも、弥生時代に近い縄文晩期の話が多く、縄文時代と胸をはっていえる5000年前くらいの長編小説はまだ眼にしていない。
言葉の表現は実に微妙である。生き甲斐の心理学をU先生から学んでいるが、心理カウンセリングは地方の微妙な方言を操れなければうまくできないと言われる。最近、標準語だけでなく方言が世界的に見直されているのも、同じようなことで、心の問題にアプローチするには人工的な標準語では限界があり、方言が重要だとのことだ。
そもそも、先祖がどんな言語を使っていたかということすら良くわからない時代。それに接近するためには。言語学的論文、アイヌ語や日本の方言など今使われている言語も視野にいれなくてはならない。もちろん、様々な習俗も大事だ。リアリティのある小説を書くためには、今後も不断の努力が必要だと思う。
そんな無理をしても・・・ということがあるが、私は意外に楽天的で逆に弱みを強みにしたいところがある。これは、私の異文化体験というものと関係している。7歳の時のアラスカ生活、若いころに関西で営業をした体験、外資系企業で働いた経験、カトリックという世界宗教との関わりも大きいかもしれない。そして、何よりもU先生から学んだ心理学が大きい。これは、ヨーロッパの植民地政策化で発展した比較宗教学や比較文化学を基に構築した心理学だ(U先生によると、オックスフォード、ケンブリッジ、ソルボンヌといった大学など)。この心理学のベースの人間観は、人を単に身体と成育史からなる唯物論的存在とするのではなく、魂(死後に身体を離れる生命体)も同時に持つものとする点が特長だ。それ故に、健常者かどうか、若いかどうか、言語がどうか・・・そんな人間の属性を越えてアプローチできる。当然、5000年でも10,000年前の祖先でも対象にできる。脳科学的にも5,000年や10,000年程度では人間の物理的な違いは無視できるというのもこころ強い。
とはいえ、小説を書く上でリアルな言語理解は必要だ。また、それに伴うリアルな生活の在り方も実感できればうれしい。普遍性と個別性を追求する旅は始まったばかりだ。
蛇足だが、アイヌ語で人はピト、魂をもつ存在だそうだ。
新しい体験 3/10
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森 裕行 | |
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