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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

恥の文化の寅さん・・・(6/10 縄文世界を感じる時)

2023-11-01 | 第四章「愛とゆるし」

小学校の2年の夏。私はアラスカの小学校に突然転校した。学校に父が付き添ってくれたが、学級に入れば英語の全く話せない私は黙っているだけ。そんな私に担任の女教師は色紙を見せて何色かと問う。英語は全くわからないのでもちろん黙っていた。しかし、悲しそうな眼をするので、私のできる唯一のこと。日本語で話すことを決心した。

わからない日本語に失望するかと思っていたので、自分の発した日本語はうつろに聞こえた。しかし、次の瞬間、先生は明るい顔になり、クラスの皆に日本語をはなす私をうれしそうに紹介してくれた。なんという優しい女教師を感動したが、今になって考えると文化の差といえるかもしれない。

日本には独特の文化がある。甘えの構造、侘び寂び、・・・その中に恥の文化がある。同じようにできないことを恥るというのだろうか。皆が英語で話せる中で話せないことは、その基準でかんがえると恥である。個性の美を宝のように褒めることは余りしない。しかし、これは日本の独特の文化なのかなと思う。これは、一つのあら捜しのようでネガティブなようだが、モノづくりや品質といった面では非常にプラスに働く。この文化の原型は縄文時代まで辿れるのだろうか。縄文土器の底に、葉っぱの跡やアンギンの跡がある土器がときどきある。轆轤のない時代に土器を回転させるための簡単な道具が跡を残したのである。が、そうでない綺麗にふき取った土器のが多いという。縄文時代にまでも恥の文化があったのかもしれない。

ところで、こうした恥の文化は、他人だけでなく自分のあら捜しをする眼を育ててしまう。すると何となく息がつまってくる。そんな中で私の好きな松竹の寅さん映画を思い出した。寅さんは恥の文化の反対のキャラクター。個性の美は一流かもしれないがあら捜しにはお手上げで、すぐプイとあてのない旅に出てしまう。そして、旅先で、個性の美を大切にしてくれるマドンナに出会う・・・

行き詰っているときに、個性の美を大切にし、あら捜しをしない。そういう複眼が大事だと時々思うことがある。

ところで縄文時代には寅さんのような人はいたのだろうか。恥の文化があればいたように思うのだが。縄文の寅さん!

6/10 縄文世界を感じる時

AMOR「縄文時代の愛と魂」に(⑨縄文時代人の信仰)を掲載しました。こちら

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       森裕行

 

 

 



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