イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

いろいろな問題があっても、なるべく心を自由にする!(こころの自由 1/10)

2016-09-30 | 第三章「無意識の世界」

 こころの自由という言葉は、世の中にはこころが不自由なときがあることを暗黙に教えてくれるので、その言葉を意識するだけで、何か世の中が違って見えてくる。

 日々の生活の中でも、ちょっとしたハプニングがあったり、急に心配事ができたりすると、途端にこころは何かにとらわれて不自由になるものだ。しかし、不自由とおもっても、よく考えると不自由にしているのは結構自分だったりする。

 最近の私の例では健康診断ということがある。病気を予防するという意味で価値あることなのだが、年をとってくれば老化現象もあり、隠れていた問題などが顕在化してくるものだ。そして、それに一喜一憂する。本来は私は医療関係者ではないので、できることは病院に行ったり、薬を飲んだりする程度なのであるが、診察までの時間などで変に心配したり、同じようなことを何回も考えたりしている。きっと防衛機制の合理化とか同一化とか・・・まあ、いろいろ動いているのだろう。

 しかし、人生の時間は有限であり、心が不自由でとらわれている時間を過ごすのは考えたらばかばかしい気もする。とらわれていると、いいアイデアも出なかったりでポジティブな面も削がれるが、それどころか日常の中で変なトラブルを起こしたりもする。

 こうしたときはどうしたらよいのだろう。一つには防衛規制をうまくつかうということがあると思う。例えば、現在縄文小説を書いているが、それに逃避をする。逃避といっても生き甲斐とか別の面から考えても良い選択のように思える。つまり、変な表現かもしれないが逃避をすることでリラックスでき、変に合理化をしたり感情転移をするより健全になれそうだ。

こころの自由 1/10

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