田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

映画 №339 ドライブ・マイ・カー

2022-02-18 15:54:27 | 映画観賞・感想

 本年度のアカデミー賞作品賞にノミネートされたことで話題の作品を観賞した。さすがにノミネートされた作品である。ストーリーに厚みと深みを感じさせるものだった。しかし…。

         

 昨日正午から、サツゲキにて話題(?)の「ドライブ・マイ・カー」を観た。多分にミーハー的体質を有する私は “アカデミー賞作品賞にノミネートされた” と聞いて、すぐさま「観なければ!」と思った。というのも一昨年春、コロナ禍の第一波の際に集中的に2010~2020年のアカデミー賞作品賞を観た体験があったからだ。

 本作の主な出演者は、主役の舞台演出家である家福(西島秀俊)、家福の妻で脚本家の音(霧島れいか)、音から紹介された俳優の高槻(岡田将生)、広島での舞台演出のときに家福の専用ドライバーとなるみさき(三浦透子)といった面々である。

   

※ 左から浜口竜介監督、西島秀俊、三浦透子、霧島れいかの面々です。

 ストーリーは非常に複雑で、重層的である。原作は村上春樹著の「ドライブ・マイ・カー」だそうだが、監督の濱口竜介は作品をそのまま踏襲したのではなく、彼の中で内容を膨らませた形で映画化されたそうだ。私は残念ながら原作は未読である。複雑で、重層的なストーリーのために、一度見ただけでは私には十分に理解できたとは言い難いのだが、感想めいたことを記してみたいと思う。

 家福と音は仲の良い夫婦で、特に家福は音を深く愛していた。しかし、音には家福に対してある秘密を抱いていた。その秘密に家福が気付きつつあったころに音はくも膜下出血で突然亡くなってしまう。数年後、舞台演出家の家福は広島での舞台(チェーホフ作「ワーニャ叔父さん」)を演出するために赴く。そのオーディションに高槻が現れ、家福はその主役に高槻を据えることにする。その広島で家福の車の専用ドライバーとしてみさきが絡んでくる。高槻は音の秘密に関係していることを伺わせることを家福に告白する。一方、みさきは家福との時間が長くなるにつれて家福と自分とのある共通点に気付いた。

   

※ 映画後半はスウェーデン製「サーブ」の室内での演技が重要となるが、その車内の家福とみさきです。

 ここまで書いてきてストーリーが複雑で、難解なことが伺えないだろうか?結論としても何か明確なメッセージが発せられたと私には受け止められなかった。結局、人間とは複雑で、それぞれ悩みや悔やみきれないことを抱えながらも、前を向いて生きていこう、という人間賛歌の映画だったのだと私は理解したい。 

 さて、リード文に記した「しかし…」についてだが、この浜口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が本年度のアカデミー賞作品賞を獲得できるか?ということだが、私は率直に言って「難しいのではないか?」という結論なのだが…。先に書いたように私は2010~2020年までのアカデミー賞作品賞を観賞した体験からそう結論付けた。アメリカのアカデミー賞作品賞は作品的に優れているのはもちろんのこと、それと共にエンターテイメント作品としても優れていることが求められる。その点で「ドライブ・マイ・カー」はどうなのだろうか?という疑問符が付く。2020年に非英語圏以外で初のアカデミー賞作品賞を獲得し話題となった韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」は、そのストーリーの展開が観る者の予想を覆す展開が次から次と続き、観客を驚かせ続けた。そうしたエンターテイメント性に「ドライブ・マイ・カー」はやや欠けるかなぁ、と思われるからだ。

 「ドライブ・マイ・カー」はむしろ芸術性を重視する世界三大映画祭(ベネチア、カンヌ、ベルリン各国際映画祭)に相応しい作品だと思われるのだが、どうだろう?

 私の予想が外れて、見事本年度のアカデミー賞作品賞に選出されることを心待ちにしたいのだが…。

※ 本欄の掲載写真は全てウェブ上から拝借しました。

《北京冬季五輪寸評》

 ジャイアントキリング!!!

 カーリング女子、ロコ・ソラーレが見事な見事な大仕事をやってくれた!! まさにジャイアントキリングだ! 昨日、叩きのめされたスイスに対して、見事に雪辱を果たしてくれ決勝戦に駒を進めてくれた。堅実な試合運びを続けるスイスを相手に、僅かな隙を突いて第5エンドに4点をもぎ取るビッグエンドを作ったのが大きかった。対するスイスも第7エンドに3点を返すという粘りを見せたが、日本はそれに動じず勝ち切った。昨日の投稿でスキップの藤沢選手の不調が心配と記したが、この日の対戦ではスキップらしくことごとくナイスショットを決めて日本を勝利に導いてくれた。さあ、こうなったら目指すは金メダルだ!! 行け!笑顔をで! ロコ・ソラーレ❣

 昨夜の戦いでは、複合団体での銅メダルは素晴らしい大殊勲である。渡部暁斗選手以外は世界の強豪国の選手たちの後塵を拝している中での戦いだった。しかも日本得意のジャンプで4位につけ、弱点とされるクロカンで逆襲はほぼ難しいと見られていた中、なんと!クロカンで前半を上回り、銅メダルを獲得するとは!大殊勲である。

 一方、何かと話題の多かった女子フィギアスケートだが、絶対王者と目されたワリエア選手が 騒動の渦中に巻き込まれ、そのプレッシャーにつぶされたのか考えられぬミスを連発し、第4位に沈んでしまった。そのことで坂本花織選手が銅メダルに繰り上がることができた。それは素晴らしいことだが、私には気になったことがあった。つまり彼女はある意味敵失によってところてん式に銅メダルが転がり込んだのである。その坂本選手が無邪気に(?)に喜んでいた表情が気になった。複雑なドーピング問題が絡んだ今回の女子フィギアだったが、坂本選手には失敗してしまった6歳も年下のワリエア選手への思いやりをどこかに表してほしかったなぁ、と私は思った。そうすることで坂本選手の銅メダルはもっと輝いたはずだったのだが…。 


札幌の偕楽園は日本最古の都市公園!?

2022-02-17 19:58:37 | 講演・講義・フォーラム等

 札幌の「偕楽園」は、計画的に造成された日本最古の都市公園だということを初めて知った。また、公園内に建てられている「清華亭」は幾多の数奇な運命を辿り、現在に至っていることを知ることのできた講演だった。

 昨日16日(水)午後、かでる2・7において北海道文化財保護協会主催の「文化財講演会」が開催されたので参加し、聴講した。

 講演題は「清華亭と偕楽園 ~その一隅の今は~」と題して同協会理事の遠藤紘之助氏が務めた。遠藤氏のお話は平易な言葉づかいでとても聴きやすい講演だった。

 さて、「偕楽園」というと日本三名園の一つとして知られる水戸市の「偕楽園」が有名である。古来日本では公園というと水戸市の「偕楽園」のように大名たちが国元や江戸の屋敷に造成するものがほとんどだった。そうしたものとは違って明治の世になると、都市計画の一環としての公園づくりが進められるようになったが、その第一号が札幌の「偕楽園」ということだ。「偕楽園」という名は、札幌・薄野の命名者として知られる薄井龍之が名付けたという。その由来は、中国の思想家孟子の「古い(いにしえ)の人は、民と偕(とも)に楽しむ」から来ているという。

 札幌の「偕楽園」は当初の面積が24万坪、開拓使末期には70万坪という広大なもので、公園内には製物場、鮭孵化場、博物場、育種場などさまざまな施設が建てられていたと伝えられている。

 その「偕楽園」に、1880(明治13)年明治天皇が北海道開拓10年の様子を視察することになり、その視察の折りの貴賓接待所として同年に建てられたのが「清華亭」である。

   

    ※ 現存する「清華亭」です。来年度修復作業が予定されているとのことです。

 その「清華亭」は建設費が今の価値にして約3,000万円をかけて建てられたが、天皇が滞在したのは僅か30分程度だったという。当時の天皇の行幸というのがいかに重大なことであったかを窺い知れる話である。

 私が初めてお聴きする話として興味あることを伺った。それは「清華亭」と同じく札幌市指定有名文化財に指定されている「旧永山武四郎邸」の造りが「清華亭」そっくりだということなのだ。これは永山武四郎がことのほか明治天皇を崇拝していたことから「清華亭」を参考にして建設したと考えられるとの講師のお話だった。

   

   ※ 清華亭を模して建てられたという「旧永山武四郎邸」です。

 さてその後の「偕楽園」並びに「清華亭」の変遷は幾多の運命に翻弄されたようだ。前述した「偕楽園」に集約されていた各種施設は札幌の発展と共に分散してゆき、明治20年以降は「中島公園」が整備されるにつれ「偕楽園」の存在価値は相対的に低くなっていったという。そして明治31年になると、「偕楽園」の土地は民間に払い下げられ民有地となってしまったそうだ。またその「偕楽園」内に建てられていた「清華亭」も同様に民間に払い下げられ、個人の別荘や料亭などとして利用されたが、いずれも長くは続かず別の人の手に渡るなどしてやがては忘れられた存在となり、辺りは荒れ果てていったという。民有地となった旧偕楽園一帯は、その後の札幌の発展と共に次々と住宅地となっていき、わずかに残った空き地が子どもたちの遊び場になっていた。その後、残された空き地一帯は1979(昭和54)年に整備されて「かいらくえん公園」となり、さらに2002(平成14)年には「偕楽園緑地」と公示され、今に至っているそうだ。

 一方、「清華亭」の方も前述したように荒れ果てた状態となったことに対して、昭和5年に市民たちが立ち上がって保存運動を起こして買い取り札幌市に寄付したそうだ。しかし、間に戦争などもあり再び荒れ果てたが、1961(昭和36)年に札幌市の有形文化財に指定され、1978(昭和53)年に全面的な復元・修復工事によって現在の姿になっているという。復元工事から40年以上が経過し老朽化も進んでいるため、来年度に修復工事が予定されているとのことである。

 講演はこの「偕楽園」と「清華亭」以外にも、それにまつわるお話が聞けたのだが、字数が多くなるため割愛したい。

   

   ※ 「文化財講演会」で遠藤講師のお話を聴く受講者たちです。

 私は「偕楽園緑地」も「清華亭」も訪れたことがあるが、今回お聴きしたような歴史があることを初めて知った。札幌の歴史をより深く知る意味において、北海道文化財保護協会の「文化財講演会」はとても有益に思える。今後も機会があれば積極的に受講したいと思っている。

《北京冬季五輪寸評》  

 本日の最大の話題は、やはりスピードスケート女子1000mの高木美帆選手の金メダルだろう。高木選手はここまで銀メダル3個を獲得していた。1000mももし銀メダルだと「シルバーコレクター」などとあるいは揶揄されたかもしれないが、見事に金メダルに輝いたことを讃えたい。彼女は報道陣などへのリップサービスなどには無関心なようで、国民的な人気はイマイチかもしれないが、その実績たるや今大会最大のスターに駆け上がったといえるだろう。一方、平昌大会で銀メダルだった小平奈緒選手は健闘むなしく第10位に沈んだ。残念なことだが、小平選手はすでにピークを越えているのかな?という滑りだった。これまで世界に君臨し続けてきた小平選手に「ご苦労さま」の拍手を送りたい。

 続いて、連日その戦いを追い続けたカーリング女子は、決勝トーナメント進出をかけてスイスと対戦したが、残念ながら敗戦となり予選リーグを5勝4敗で終えた。予選リーグ敗退かと思われたが、5勝4敗に日本、カナダ、イギリスが並んだために、あらかじめ行われていたドローショットチャレンジ(DSC)の成績によりからくもイギリス、日本が決勝トーナメントに進出することができるという幸運に恵まれた。明日、決勝進出をかけて本日敗れたスイスと再び対戦する。スイスは予選リーグを7勝1敗と1位通過している強豪である。ここにきてスキップの藤沢五月選手が調子を落としていることが心配だが、今夜みんなで気分転換をして、明日はぜひともジャイアントキリングを果たしてもらいたい。

 また、今夜のフィギアスケートにおいて坂本花織選手がSPの第三位を死守できるか注目したい。


北海道低山紀行 104 ふくろう山(当別町)

2022-02-16 12:36:36 | 北海道低山紀行 & Other

 標高291.4mの超低山と侮るなかれ。齢75のお爺にとっては十分すぎる負荷を与え続けてくれたふくろう山だった。特に登山開始直後の超急登は初めての体験だった。苦労の末に待っていたのは素晴らしい眺望だった。

 苦労の末に見つけることができた登山口に立った時には12時を過ぎていた。私が立った登山口は当別ダム管理事務所の道路向かいからいきなり急斜面を登るルートで、おそらく冬だけ登坂可能なルートではないかと思われた。登り始めからスノーシューの爪がようやく効くほどの超急斜面の直登が続いた。(この部分を下山するときは、とても直降は無理で私は大きくジグを切りながらようやく降りてきた)

   

※ 昨日の投稿にも掲載したが、登山口は写真の手前のほうからスノーシューの跡を見つけ、そこに取り付いた。

   

※ この写真がその取り付き口です。

 極端な急斜面との格闘が15分も続いたろうか?やや斜度が緩くはなったものの、尾根に向かって急斜面は続いた。眼下には当別ダムに堰き止められてできたふくろう湖が横たわっているのが見えた。途中、3人組の婦人たちのグループが下山するのに出会った。彼女たちも登山口の急斜面には驚いていた。

   

※ 超急斜面の一枚ですが、その様子が伝わる一枚にはなっていません。

   

※ 林の中に入り、斜度がやや緩やかになったところです。

   

   ※ とは言っても、横の立木を見るとその斜度の様子がよく分かります。

 やがて尾根に取り付くことができた。眺望が一気に広がり、山頂での眺めに期待を抱かせてくれた。最初のピーク南峰に近づくと、生えている木が疎らとなり最後の急登を巻くように上るとそこが南峰だった。時計を見るとちょうど1時間が経過していた。ここに「ふくろう山」の標識があると認識していたが、周りを見渡してもそれらしきものを発見することはできなかった。目の先には北峰(ふくろう山々頂)が招いていた。

   

    ※ 尾根に取り付いたところのスノーシューの跡です。

   

    ※ 途中から望めた氷結したふくろう湖の様子です。

   

   ※ 南峰から北峰を見たところです。

 南峰ではほとんど止まらず、直ぐに北峰に向かった。一度下って、上り返すのは気分的には滅入るものがあるが、15分かかって13時40分「ふくろう山」山頂に立つことができた。南峰にあると思っていた山頂標識が北峰に掲げられていた。

   

   ※ 北峰山頂の立木に打ち付けられていた「ふくろう山」の山頂標識です。ふくろうの絵が描かれています。

   

   ※ 北峰から見た南峰です。

 山頂からの眺望は素晴らしかった。遠くまで見渡すことができた。ただ、やや霞がかかっていたかな?というコンディションだったが、私には十分だった。私は周囲360度の写真を撮り、妻の手作りのサンドイッチを温かな紅茶で流し込み、山頂滞在10分で下山を開始した。   

   

   ※ 山頂から最も近くに見えた「阿蘇岩山」です。頂上にレーダーが設置されています。

   

   ※ この秀麗な山容は何でしょうか?他のブログを拝見しても特定できませんでした。

   

   ※ ふくろう湖の後方に樺戸連山が遠望できます。

   

   ※ その樺戸連山にズームインです。

   

   ※ こちらも私には分かりません。

 私の足で、登山に1時間10分だったのに対して、下山には40分しかかかっていない。つまり登山に2倍近い時間がかかっている。いかに私が急登に苦しめられたをお察しいただけると思う。超低山といえども侮るなかれ、である。

 結局、当初予定していた「石狩平原スキー場」でのスキーは登山口を探すために時間を使ったことで時間がなくなり、断念した。何時の日か訪れることができれば…。

【ふくろう山 登山データ】
標 高  291.4m

行 程  ※ グランドシニアの足とお考えください。
     登山口→(60分)→南峰→(15分)→ふくろう山々頂(北峰)→(10分)→南峰→(30分)→登山口

上り(1時間10分)  下り(40分)

天 候  晴れ、微風

登山日  ‘22/02/15

《北京冬季五輪寸評》

 昨夜の複合ラージヒルの渡部暁斗選手の銅メダルは非常に価値ある銅メダルだと思う。渡部選手は日本の他の複合選手とは違い、ジャンプとクロカンのバランスが取れた選手である。そのことが過去数年にわたってヨーロッパの強豪と互角に競り合ってきた要因だった。しかし、近年は渡部選手も30歳を超えたこともあり(本年33歳)なかなか好成績を残せず苦戦していた。渡部選手は今大会限りで第一線を退く覚悟をしていたようだ。そうした中でわずか〇コンマ差で金メダルを逃す大接戦を演じたことは特筆すべき大健闘だった。渡部選手には今後第一線を退いたとしても、自身のようにジャンプとクロカンのバランスが取れて世界に伍していく選手をぜひ育てていただきたいと思う。

 さて、前半戦好調だったのだが、ここにきて二連敗を喫して俄かに暗雲が漂ってきたロコ・ソラーレは今晩アメリカと第8戦を行った。睡魔と戦いながら勝負がつくまで見守ったが、なんとか勝利を掴み、対戦成績を5勝3敗とした。敵失にも助けられなんとか希望を繋いだが、明日の最終戦対スイスとの一戦に決勝トーナメント進出を賭けることとなった。ところがスイスは現在予選リーグでトップを走っているチームである。難しい試合となりそうだが、彼女らのチームワークを最大限に発揮して決勝トーナメント進出を果たしてほしいと願っているのだが…。明日の試合も固唾を飲んで見守りたいと思う。


当別町・ふくろう山登山口探索編

2022-02-15 19:59:50 | 北海道低山紀行 & Other

 微かな土地勘とリサーチ不足で現地に赴いた報いを思いっきり受けてしまった。現地で私は登山口を探して右往左往。1度ならず、何度も諦めかけたがなんとか所期の目的は達することができた。しかし登山そのものより、探索編の方が記録として残すことが多そうなので二日にわたって投稿することにした。

   

※ 今日は天気が良く眺望も良かった。ふくろう山々頂から当別町の市街地方面を望んだところです。

 ブログを通して交流のある「ピンネの風に揺られて」のブログ子のつうぅさんが当別町にある「ふくろう山」に登ったというブログを投稿されたのを目にして、「私もいつか」と思っていた。

 天気予報を睨み「今日はチャンス!」と思い起床してみると期待どおりの晴天だったので、当別町に車を走らせた。同時に、これもブログを通じて交流のある「暑寒の戯言」のブログ子のsyokannさんのホームゲレンデである「石狩平原スキー場」でちょこっとスキーも楽しめたらとも思っていた。

 現地は 国道275号線を走り、当別の市街地からは道々26号線に乗り換えて当別の山中深く分け入って進む。その道々26号線を走っていると道路脇に「ふくろう街道」と書いた看板が目に入った。考えてみると当別ダムで堰き止められた人造湖が「当別ふくろう湖」、そして私が目指しているのが「ふくろう山」とずいぶん「ふくろう」という名を冠した名前が多い。試みに当別町の鳥(町鳥)を調べてみると、やはり「ふくろう」だった。なぜ当別町が町鳥を「ふくろう」にしたのか、までは調べることができなかったが、「ふくろうの湯」という温泉もあるようだ。

 さて、私はつうぅさんが掲載してくれたマップから当別ダムを目ざせば登山口に至ると理解した。私はこれまで3~4回、当別の山中深くにある青山地区の道民の森に行ったことがあり、その際当別川を横断するように走る橋を渡ったことが記憶にあり、それが当別ダムであると信じていたので、そこに向かって車を走らせた。自宅から1時間強かかってその橋を渡った。私はそこにダム管理事務所があることを信じていた。ところが!周りには何もなかった。その橋(望郷橋と命名されていた)が当別ダムだと信じている私は不思議に思い何度も行き来し、管理事務所を探したが見つからない。あせってしまった私はさらに上流まで車を走らせた。道路周囲には何も目に入らなかった。とうとう厚田方面との分岐点にまで至った。私は十分に下調べをしてこなかったことを悔やんだが後の祭りである。私は諦めて「スキーをして帰ろう」と思い、車を引き返し当別方面に走らせた。

 すると引き返してかなり経った頃だった。道路の左側に「当別ダム管理事務所」という建物が目に入った。疑心暗鬼ながら車を停め、建物の壁に描かれていた周辺の地図を見て、ここが登山口に至る駐車地点だと悟った。

   

※ 道路沿いにあった当別ダム管理事務所と当別ダムです。

 予定の時間からはかなり時間が経過していたが、まだ登山をする時間はあると判断して登ることを決心した。つうぅさんのブログでは、登山口は駐車地点から少し歩いて戻る(確か100mくらい)とあったので、スノーシュー抱えて道路上をあるいて登山口を探した。ところがこれが見つからなかった。駐車地点から300mも歩いたろうか?まったく誰かが歩いた形跡がなかった。あるいは大雪が降ってからは誰もふくろう山に登っていないため、スノーシューの跡もないのだろうと…。私は再び断念した。

 とぼとぼと車を駐車した地点まで戻ったところ、なんと!管理事務所の真ん前から急斜面に向かってスノーシューの跡があるではないか!つうぅさんが入山した地点とは違うけれど、ふくろう山に向かうスノーシューの跡だ!と確信し、私は再び気持ちを奮い立たせてふくろう山を目ざすことにした。(登山編は明日投稿することにします)

      

 ※ つうぅさんから提供いただいたマップです。せっかくのマップを生かすことができずスミマセン。

《北京冬季五輪寸評》

 スピードスケート女子パシュートは惜しかった…。決勝戦、日本の3人組はカナダをリードして終盤を迎えていたが、最終周になって高木菜那選手がバランスを崩して転倒し、残念ながら銀メダルとなった。原因は今のところはっきりしないが疲れからのようだ。選手たちは文字どおり体力の限りを尽くして競技に臨んでいることを伺わせてくれたシーンだった。

 好成績を収めたのはスノーボードビッグエアの村瀬心椛選手が銅メダルを獲得した。素晴らしいことだが、スキーのフリースタイルやスノーボードは種目が多くてちょっと分からないところがあるなぁ、という感じである。

 暗雲が漂い始めたのが女子カーリングである。昨夜の対韓国戦、そして本日の対イギリス戦に連敗してしまった。ここまでの成績は4勝3敗となった。決勝トーナメント進出には残り2試合に勝たねばならない状況となってしまった。う~ん。せっぱつまって底力を発揮してほしいと願いたい。

 今夜はスケートフィギア女子SPがある。ドーピング問題で揺れているが、日本選手ははたしてどこまで戦えるか?


吉村昭著「羆嵐」を読む

2022-02-14 14:33:17 | 本・感想

 羆が何人もの人間を食い殺すという戦慄のストーリー。それは大正4年、北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢の開拓部落に巨大な羆(ヒグマ)が現れ、部落民を喰い殺したという実在の「三毛別羆事件」を吉村昭の圧倒的な筆力で私を恐怖に陥れた。

 小説「羆嵐」は1971(昭和46)年の発刊だから、吉村昭が作家として活動を本格化させたのが1960年前後だから、吉村としては作家として脂が乗ってきたころの作品である。

          

 時は大正4年冬、北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢(現在の苫前町三渓)の開拓部落に冬眠し損ねたと思われる巨大な羆が現れ、二日間にわたって部落民5人を喰い殺し、4人に重傷を負わせるという悲惨な事件が発生した。

 この史実を吉村昭は徹底的に取材し、語り伝えられている中で欠けている部分を補い、読者を恐怖の世界に誘った。この小説は前回の投稿で吉村作品のことを、吉村が〈「戦史小説」より「歴史小説」の方がはるかに自由で創作的な満足感が得られる〉と述べたことを紹介したが、「羆嵐」は明らかに「歴史小説」の部類に属する小説だろう。さらに、このことも先に記したが、この「羆嵐」においても吉村はまるで開拓部落の一住民であったかのような目線でこの小説を綴っている。それが圧倒的な恐怖感を読者に与え、読者の支持を得たのだと思う。

 小説「羆嵐」は、事件の後に羆を退治しようとする人々の姿を追うが、想像を絶する巨大羆(一説には体長3.5m、対自由380kgと伝えられている)に地元の猟師たちも、地元警察も及び腰となる中、一人のヒーロー(ヒール?)が登場する。酒癖が悪く素行も決して良くないが、熊打ちにかけては名人と呼ばれる山岡銀四郎(史実では山本兵吉)の登場である。孤高の彼はだれにも頼らず一人山に入り、やがては巨大羆を倒すのだが、山岡の存在もこの小説をより深くより、盛り上げてくれている。

 前回の投稿で「吉村昭に嵌まったかも?」と題したが、今の私は完全に吉村昭に嵌まっている。この間も「羆嵐」だけではなく、「脱出」、「羆」という短編集も読破し、この後も「高熱隧道」、「赤い人」などを傍において読み進める準備をしている。

          

 「脱出」については、「脱出」、「焰髪」、「鯛の島」、「他人の城」、「珊瑚礁」といった短編が収められている。いずれもが第二次世界大戦で苦境におかれた庶民の姿を描いたものであるが、戦地沖縄から九州に脱出した主人公を描いた「他人の城」が最も心に残った。

          

 また「羆」には、「羆」、「蘭鋳」、「軍鶏」、「鳩」、「ハタハタ」という短編が収められているが、扉に「動物小説集」と記されているように動物を対象とした作品である。私はこれらの小説から、趣味というより生きがいとして鯉の養殖、闘鶏、鳩レースなどに賭ける人々の異様さを小説から感じてしまった。

 どの短編も一気読みができるほど楽しめたが、吉村の良さはやはり長編にあるような気がしている。綿密な事前の調査、取材。それを基にして打ち立てる構想力、そして文章に起こす際の表現力、全てがいかんなく発揮され、読者を魅了するのは吉村作品の長編であると思っている。これからも折に触れ吉村作品をレポしたい。

《北京冬季五輪寸評》

 昨日夜遅く、スピードスケート女子500mが行われたが、高木美帆選手が見事銀メダルを獲得した。彼女は中距離の選手と目されていたがね 今シーズンはWCで500mにも参戦していたが、ここまでの好成績を残すとは思わなかった。素晴らしいの一語に尽きる。一方、オリンピック二連覇を目ざした小平奈緒選手は精彩なく予想外の17位に沈んでしまった。スタート直後にアクシデントがあったようだが、爆発力を必要とする短距離で35歳という年齢はかなり難しいのかもしれない。もう一戦、1000mを残しているが、なんとか意地を見せてほしいものである。

 快進撃が続くカーリングのロコ・ソラーレは本日午前の対中国戦も危なげなく制して4勝1敗とした。本日の夜の対韓国戦もぜひ勝利して決勝トーナメント進出を濃厚にしてほしいものである。

 本日夜には期待のスキージャンプ男子団体戦も期待される。エース小林陵侑選手が好調なだけに、他の3選手がどこまで奮起できるかが鍵である。なんとかメダル圏内に!と願いたいところだが果たし??

 


講談師・神田山陽を聴いた!

2022-02-13 19:23:41 | ステージ & エンターテイメント

 昨日午後、講談師・神田山陽さんの新作「非現実の報告で」を聴いた。しかし…。残念ながら私はその良さを感得することができなかった…。

          

 昨日午後、かでるホールにおいて講談師・三代目神田山陽さんが8年ぶりの新作となる「非現実の報告で」と題する講談のネタ下ろし(初演)の独演会が行われ、講談など聴いたことがなくその良さもそれほど知ってはいなかったが、神田山陽さんに興味があり参加した。

 というのも今から20年も前のことだが、私は神田山陽さんの講談のさわりを聴いたことがあったのだ。彼は網走市の南ヶ丘高校の出身だったのだが、その南ヶ丘高校が創立80周年を迎えた時に式典のゲストとして招待されていた。当時の山陽さんは講談界の第一人者として全国的人気を誇っていた方だった。私は網走市の教育関係者の一人として式典に招待されていて、式典の中で山陽さんが活舌の良い講談を披露してくれたことを記憶に残していた。そうしたこともあり、もう一度山陽さんの講談を聴いてみたいと思ったのだ。

            

 その後山陽さんは2007年に突然のように講談界の第一線から身を引き、故郷の大空町に移り住んだことを聞いていた。第一線から身を引いたものの、道内のテレビやラジオには出演し活動を続けていたようだが、私は彼の活動についてはほとんど承知してはいなかった。

 さて、昨日のかでるホールであるが、キャパ521名というホールがほぼ満杯状態という客の入りで、多くの方が関心を持っていることが伺えた。

 聴衆の中には山陽さんと関わりのある講談師の方もいたようである。その一人旭堂南湖さんが舞台の様子をレポしているのでそれを借用させていただく。

「緞帳が上がると、板付きの山陽先生。丸坊主。鳴りやまない拍手。語り出したのは、身辺雑記からの物語。入れ子状になっている。講談的表現や古い洒落言葉、情景描写で物語を進めていく。2時間(15分休憩)のネタおろし。素晴らしかったです。『レモン』『鼠小僧とサンタクロース』のような笑いをふんだんに入ったものではなく、語り続け、物語を転がし続ける。聴き終えて全てが分かるものではなく、付録の冊子を読み、さらに索引を見て、三段返しでやっと山陽先生が伝えたかったことが分かるんじゃないかと、思います。勉強させていただきました」

とあった。講談の専門家が「聴き終えて全て分かるものではなく」と語っている内容を、何の素養もない私が理解できるわけがない。

 舞台の後方にはスクリーンが用意され、噺の接ぎ穂のように映像と音楽の演出があり、既成の講談とは一線を画しているようにも思えた。また、入場時には旭堂さんも “付録の冊子” と言っているように50頁ほどの立派な冊子が配布された。それは神田さんの今回の新作の構想ノートのようなものだった。しかし、鈍感な私はそれに目を通しても今回の「非現実の報告で」の良さを感得することはできなかった。

   

※ 入場時に渡された50頁におよぶ冊子です。

 舞台後、緞帳が上がり神田山陽さんが現れて、「久しぶりの舞台なのだから代表作を披露するところだが、私はそうしたことをヨシとしないところがある。ご理解いただきたい」という趣旨のことを述べられた。

 このことは彼が一線を退き、田舎へ移り住んだこととどこかで結びついているような気がしてならない。神田さんは “天才” とも称された講談師であった。彼は大衆におもねるようなことをヨシとせず、我が道を往く講談師なのかもしれない…。

《北京冬季五輪寸評》

 昨日のチームジャパンにとって最大の話題はやはりスキージャブ男子のラージヒルの小林陵侑選手の活躍だろう。1回目に首位につけてノーマルヒルとのダブル金メダルが期待されたが、2回目に惜しくも逆転を許したが見事銀メダルを獲得した。天晴れである。

 続いてスピードスケート男子500mの森重航選手の銅メダル獲得である。500mでは第三の男と目されていたが、見事に本番の強さを発揮し、三大会ぶりのメダル獲得となった。

 私だけでなく、カーリングファンを歓喜の渦に巻きこんだロコ・ソラーレの2試合連続しての逆転勝利は今後の試合展開にも期待を抱かせてくれる内容だった。これで予選リーグ3勝1敗と決勝トーナメントへの進出がかなり濃厚となったのではないか。今後の戦いぶりにも注視したい。

 今夜は深夜となるがスビートスケート女子500mに小平奈緒選手と高木美帆選手、郷亜里砂選手が登場する。小平選手のオリンピック2連覇は実現するだろうか?期待を込めて見守りたい。


チコちゃんに叱られた!?

2022-02-12 17:20:49 | イベント

 野次馬精神旺盛に札幌の街を徘徊する田舎おじさん(お爺)は、NHK札幌放送局に現れた人気番組「チコちゃんに叱られる!」の主人公「チコちゃん」に会いにゆき、チコちゃんに叱られてしまった!?

   

 昨日午前、「チコちゃん」が札幌に来ると知って、たまあには孫娘孝行をしなくてはと思い、観覧を希望したところ運良く招待券が舞いこんだ。ところが孫娘たちはピアノコンクールに参加するとかで都合が悪くなり、お爺一人での参加となった。

   

 イベントは公開録画ではなく、チコちゃん一人が来札し、札幌局の佐藤千佳アナウンサーとやりとりを交わす「チコちゃんに叱られる! 笑顔を届けるステージ in 札幌」と題して行われた。

 会場は大画面が楽しめる「8K公開スタジオ」の奥にあるT-1スタジオ」で行われた。チコちゃんと佐藤アナのやり取りは脚本があったようで軽快に進行した。チコちゃんはその声からしておそらく番組に出演されている方が来札していたのではと思われる。

   

 イベントの進行は番組と同じ形で進められた。チコちゃんが問題を提出して、会場に問いかけ、お決まりの「ボーっと生きんじゃねぇーよ!」の決めセリフの後に、チコちゃんが解答・解説するというスタイルだった。それではここで、昨日出された問題を提示しますので、諸兄もちょっと考えてください。

 Q1.「殺菌・滅菌・抗菌・除菌の違いは?」

 Q2.「なぜ子どもは “うんち” が好きなのか?」

 Q3.「どうして北海道だけ “道” というのか?」

 さあて、皆さんはこれらの問いに全て答えられるだろうか?時折り番組の「チコちゃんに叱られる!」を視聴しても、その問題のレベルの高さを実感していたが、今回の問題も簡単ではなかった。特に Q2は考えたこともなかった問題だった。

   

 それでは解答編です。

 Q1.「殺菌」は菌を殺すこと。「滅菌」は菌を滅ぼす(完全に)殺すこと。「抗菌」は菌の増殖を抑えること。「除菌」は菌を除くこと。と辞典をひくことで解答を導くことができる。

 Q2.について、「子どもはうんちを自分の子どもと思っているから」との解答だった。この解答には専門家が登場して概ね次のように解説してくれた。「フロイトの『精神分析理論』によると、1歳半~4歳くらいの子どもたちは『肛門期』という発達段階にいるとされている。その時期の子どもたちは、便を出すと快感を感ずることを覚える。また、大人たちはうんちを汚いものとして捉えるが、子どもたちは自分の身体から生まれたものとして愛着を抱くとも言われている」との解説だった。

 Q3.については、もともと日本には東海道、北陸道、山陽道などのように広い地域を表す言葉があり、それに倣って松浦武四郎が「北加伊道」と名付けたのだが、それを後に「北海道」と改めた。なお、明治当初北海道は函館県、札幌県、根室県と分かれていた時期もあったが、人口の少なさや行政上の不都合からわずか4年で北海道一つに統合されたという。

 となんだか大人のお勉強の時間となってしまったが、参加した子どもたちにとっては楽しい時間だったのだろうか??大人たちは、番組でいつもチコちゃんから「ボーっと生きんじゃねぇーよ!」と罵られる岡村隆史さんのみじめな気分を味わったのであった…。

《北京冬季五輪寸評》

 本日、正午過ぎに結果が決まったカーリング女子のロコ・ソラーレの大・大・大逆転劇には非常に興奮した。カーリング予選の第3戦は強豪のデンマーク戦だった。ロコ・ソラーレは、時には好ショットもあったが珍しくミスショットも目立ち、デンマークにリードを許す展開で最終の第10エンドを5対7と2点リードされて迎えた。その第10エンドも終始デンマークが良い形で進め、私は「これはもう無理」と思いテレビの前を離れリビングにはいなかった。するとしばらくすると中継を担当するアナウンサーが興奮した様子で叫んでいる。すると、なんとロコ・ソラーレが逆転勝利をしたというではないか!

 信じられない思いでVTRを見て見ると、最終投擲者の藤沢五月選手はデンマークのサークル内にあったストーン2個をはじき出すダブルテイクアウトのスーパーショットで、ロコのストーン3個をサークル内に残して見事大・大・大逆転劇を演出した。

  ここでデンマークに敗れると準決勝進出がかなり難しくなる状況だったが、まずはホッと一息である。今夜には世界選手権第2位のROCとの対戦が待っている。ここを突破すれば準決勝進出が見えてくるのだが、大いに期待したい。

 その他の有望種目として今夜スピードスケートの男子500mとスキージャンプラージヒルが行われる。2種目ともハマれば金メダルも見えてくる。カーリングとともに注目して観戦したい。

 


北海道立埋蔵文化財センターを訪れた!

2022-02-11 16:40:30 | 札幌(圏)探訪

 ちょっとした理由から江別市にある「北海道立埋蔵文化財センター」を訪れてみて、自分の食わず嫌いを思い知らされた。なかなか興味深い展示がされていて認識を新たにした。

    

※ 北海道立埋蔵文化財センターの大きな建物ですが、展示室はこの建物の影の部分にありました。  

 埋蔵文化財などというのは私から最も縁遠い世界と思っていた。在札15年にもなるのに、隣に立つ「北海道博物館」には何度も足を運んでいるのに、昨日野幌森林公園の雪上ハイクの後、公園の近くにあるセンターに初めて訪れてみた。

   

※ センターのエントランスにセンター名が掲示されていました。

 センターの建物はかなり大きなものだったが、その主たる部分は埋蔵文化財の研究施設が占めているようで、その一角に展示施設が併設されているという感じだった。展示施設では常設展示とともに企画展「森と人」が行われていた。さらにはエントランスホールでは昨年世界遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の紹介展示も催されていた。実は私が今回訪れた理由は、今年の夏にできれば世界遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の現地を巡ってみたいと思っている。そのためには北海道の遺跡発掘に関するセンター的機能を有している(?)北海道立埋蔵文化財センター」を訪れないわけにはいかないだろう、というのが訪れた主たる理由だった。

        

※ 遠軽町・白滝から産した黒曜石の30倍の大きさの模型が展示されていました。

 展示室はそれほど広くはなかったが、常設展示では「木の道具」、「土の道具」、「石の道具」、「装いとこころ」、「動物とひと」などテーマごとにコンパクトにまとめられて展示されていた。展示の中でも目立ったのがやはり「土器」だった。縄文時代の前期(草創期)、後期、擦文時代、と分けられていて、時代を経るごとに土器の制作の技術の進歩を見て取ることができ、興味深かった。

   

※ 縄文時代前期の土器です。

   

※ 縄文時代後期には注ぎ口が付いたような複雑な土器も作られていたようです。

   

※ 擦文時代の遺跡から発掘された土器です。大型化が目立ちます。

 「企画展」の方は「森と人」というテーマだったが、木の種類によって特質の違う性質を巧みに活用していることが分かる展示だった。例えば、舟を作る木としてはハリギリが適していることを縄文人はすでに知っていたようだ。また、現在バットの素材として有名なアオダモの木もすでに当時に打撃の道具として利用していたようだ。

   

※ 遺跡から発掘された木製の舟の一部です。

 今回は私自身が「縄文遺跡群を訪ねるために」という漠然とした目的で訪れたために、成果も漠然としたものにしかならなかった。次回はもっと訪れる縄文遺跡群のことを学んでから、より目的を明確にして訪れたいと思う。

《北京冬季五輪寸評》

 今日のハイライトは何と言ってもスノボーの男子ハーフパイプの平野歩夢選手の念願の初優勝だろう。門外漢の私にとってはクルクルと空中を舞う歩夢選手はまるで異次元の人のように思えた。前回、前々回と銀メダルに終わっていた歩夢選手にとってはようやく王者ホワイトを抑えての金メダルは本望だっただろう。他の日本人選手は残念な結果となったが、歩夢選手の弟の海祝選手が一本目に見せた6mを超える高さのジャンプを見せてくれたことは将来に可能性を感じさせてくれた大ジャンプだった。

 その他では、昨日夜のスピードスケート女子5000mに日本から押切、佐藤の両選手が出場した。二人ともよく健闘して自己新を出すことはできたが、レベルの違いはいかんともし難く押切選手の8位入賞が精いっぱいだった。

 次に期待される女子カーリングのロコ・ソラーレがいよいよ登場した。昨日の第1戦はスウェーデンに惜敗したが、今後の健闘に期待したい。


雪上ハイク in 野幌森林公園

2022-02-10 19:36:32 | スノーシュートレック & スノーハイク

 本日の「野幌森林公園」行きは、どうやらミステイク、ミスチョイスだったと反省せねばならないだろう。長い時間をかけて辿り着いたが、これという成果もなく雪に足を取られながら悪戦苦闘の雪上ハイクになってしまった…。

   

 今日は特に予定もなく天気も良かったために、今シーズンまだ一度も訪れていなかった「野幌森林公園」へ出かけることにした。ところが道路が先日の大雪の後の除排雪がまだ十分ではなかった。安全を考え、いつも向かう道路とは違う国道12号線を走ったのだが、通常2車線のところが1車線しか除雪されていないところが多く、ノロノロ運転に終始しなければならなかった。結局、我が家から18km走るのに1時間15分もかかってしまった。今日のタイミングで「野幌森林公園」に向かったのは私のミステイクだろう。

   

   ※ 雪にすっぽりと埋もれたように見える「自然ふれあい交流館」の建物です。

 野幌森林公園に着いて、私は公園のガイダンス施設である「自然ふれあい交流館」を訪れスタッフに「ふくろうを見ることができる可能性のあるコースを教えてほしい」と尋ねた。私には小さな野鳥などを発見できる才もないことから、ブログなどで観察報告があった大型のふくろうならあるいは見ることができるかもしれない、と考えたからだ。しかし、スタッフは「今年に入ってからフクロウを観察したという報告は受けていない」という。「可能性があるとすれば大沢コースですね」というアドバイスに従い、大沢コースを行くことにした。そして野幌森林公園の場合は、多くの人たちが散策したり、野鳥観察や撮影をしたりしているので長靴で大丈夫だろうと、スノーシューを選択しなかった。これがミスチョイスだった…。

   

   ※ 写真のような細い道を辿って森の奥に進みました。

 天気は願っても叶わぬほどの風もない晴天に恵まれた。大沢コースは予想どおりけっこうな人たちが訪れていて、通路は固く締まっていた。(といっても、人一人が通れるくらいの幅だったが…)途中で望遠付きのカメラを手にした人とすれ違った。「何か見ることができましたか?」と問うたところ「今日はぜんぜんダメですね」とのことだった。

 大沢コースをどんどん奥の方へ踏み入っていくと、足元がだんだんと怪しくなってきた。奥の方まで踏み入る人はあまり多くないようだった。通路が細くなり、時には足がズボッとぬかるむ箇所が出てきた。通路が細いためバランスを取るのが大変で、その上時折り足がぬかるむことから体力的にもしんどくなってきた。私はここで「スノーシューを選択すべきだった」と思ったが、後の祭りだった。

        

        ※ 公園内にはこのような立ち枯れた木も目にしました。原因は何でしょうね?

 鳥などまったく見えず、柔らかい雪上を歩むだけだったが、その時私は昨年のことを思い出していた。「こうなったら、雪と木が創り出す造形を楽しもう」と…。それからは意図的に面白い造形を見つけ出すことに終始した。その成果を羅列してみたい。

 結局、今日は大沢コースの一部と、エゾノユズリハコースの計4.5km強を2時間かけて歩いて終了とした。 

 それでは、私の拙い想像力を駆使して見つけた雪と木が創り出した造形を羅列します。私が勝手に命名しながら紹介していきます。

◇リーゼントのお兄さん  横顔がリーゼントに見えませんか?髪型が決まっています。

   

◇考える人  ロダンの考える人とはイメージが違いますが、雪が被っていない木が顎を支えています。

   

◇木から下りられなくなった子熊  これは大ヒット(?)しっかり前足、後ろ足が見えます。

   

◇木登り上手な子熊さん  こちらは木登り上手な子熊に見えます。眼らしきものが付いているのが秀逸です。

   

◇親子、兄弟での木登り  親子、兄弟が揃っての木登りです。はたして動物の名は?

   

   

◇綿雪のクリスマスツリー  店頭に飾ってある綿の雪に見立てたクリスマスツリーを連想しました。本当はこちらが本家なのですが…。

   

◇縄文人のお墓跡(?)  昨年、上ノ国町で見た勝山館跡の近くにあった古人の墓跡を思い出しました。

   

◇特に名は無し  細い木々が大きな雪の塊を支えている珍しい光景

   

                     

《北京冬季五輪寸評》

 本日の第一の話題はやはり男子フィギアだろう。羽生は往年の王者らしい滑りで挽回を図ったが第4位が精いっぱいだったようだ。それより鍵山の銀メダル、宇野の銅メダル獲得は見事だった。

 また、スノーボード女子ハーフパイプの冨田せなの銅メダルも素晴らしい。明日の男子の大躍進が期待される中、あるいは日本ハーフパイプ王国になるのではないだろうか?

 さて、その男子ハーフパイプの昨日の予選の後の平野歩夢の弟である海祝選手のインタビューでの言葉について昨日私は感激したとレポしたが、ネット上でも話題になったようだ。そこで海祝選手のコメント内容を入手できたので、紹介したい。かなり長く、話言葉のために読みにくいところがあるが、興味がある方は一読願いたい。

 自分、結構、いつも通り、やっぱ選手村にいるときも、いつもの大会みたいにリラックスした気持ちで本番に臨めたんですけど、やっぱりスタート前になったら結構、みんなもオリンピックって気合いとか、すごく感じるものが多くて。それこそ兄ちゃんとかも、いつもより本気出してるなと感じて。それが自分のやる気にもなったし、やっぱり夢の舞台で。ここにいるんだなという実感もわいて。もし決勝に行けたら、もっと自分を出していきたいなと思います。

(8年前にパブリックビューイングで見ていたオリンピックに初めて立ったことについて ※ 8年前のソチオリンピックでは兄・歩夢が15歳で銅メダルを獲得としている)

 小さい頃から夢みたいな。オリンピックを 見るまで夢はなくて。兄ちゃんが厳しい状況で、ストイックに父ちゃんと一番上の兄ちゃんもなんですけど、山に行って、その後スノボーして怒られて、というのを間近で見てきて、やりたくないなぁ、学校に行く方がいいなぁと思っていた。でも、ソチオリンピックを見て感動して、やっとここまで、兄弟で来れたことが自分にとってはすごく嬉しいこと。決勝は、またルーティンを少し変えて、       Xゲームで見せたエアにチャレンジして、やっぱり見ている人に、一目で見てすごい感動したと思われるような滑りをしたいです。

 この海祝選手の言葉に対してのあるコメントがまた素晴らしいので紹介したい。

「愛と尊敬と自慢のこもった平野海祝くんの『兄ちゃん』の響きがいいなぁ」

 海祝選手をはじめとした日本ハーフパイプ陣の明日の大躍進を期待したい!


さっぽろ雪まつり懐古写真展

2022-02-09 14:58:30 | 作品展・展覧会等

 本来であれば今ごろ札幌の街は「さっぽろ雪まつり」に訪れた観光客で大賑わいのはずである。ところが昨年に続きコロナ禍に見舞われ開催は中止なってしまった。代わりではなく、協賛事業だった札幌資料館で開催されている懐古写真展を覗いてみた。

        

 それにしても今年の札幌の降雪は異常である。大通公園の西端に建っている「札幌市資料館」に向かう歩道はまるで雪の回廊のような様相を呈していた。もし「さっぽろ雪まつり」が開催されていたら、大量に降った雪の除排雪に大わらわであったことだろう。

   

   

 懐古写真展は札幌市資料館2階の研修室で開催されていた。「さっぽろ雪まつり」は1950(昭和25)年に高校生たちが大通公園に大雪像を作成したのが始まりとされている。写真展はその第1回から一昨年の第71回までの代表的な大雪像の写真を並べたものだった。

   

 掲示されていた写真のアトランダムに何点かを写してきたので、それらを並べて雪像の変遷を見てみたい。但し、ラミネート(?)で覆われた写真を写すのは条件が良くない。そのあたりはご容赦いただきながら見ていただければと思います。

◇第1回~第3回

   

   

   

 最初の頃は雪像制作の主体は高校生たちだったようだ。さすがに大きな雪像を作ることはできず、素朴な感じがして「雪まつり」の原点を見る思いがする。

◇第7回、第10回、第14回、第18回

   

   

   

   

 第5回からは高校生に代わり、陸上自衛隊が雪像づくりに参加することによって雪像の大型化が実現し始めたようだ。

◇第36回、第37回

    

     

 まつりもすっかり札幌市の冬のメインイベントとして定着し、雪像も単なる大型化だけではなく、その繊細な表現が毎回観覧者たちを喜ばせたようだ。

◇第58回、第59回

   

   

 地方在住だった私にとって「さっぽろ雪まつり」はテレビで見たり、新聞・雑誌などで観るに過ぎなかったが、2006年に札幌に居を移したことによって第58回のまつりが初めてリアルに雪像に接した回だった。

◇第71回、第72回

   

   

 第71回は実際に雪まつりが開催された今のところ最後の回である。昨年は当初から開催を断念したため回数呼称から外したようだが、今年は当初開催予定だったこともあり第72回と呼称したようである。

 懐古写真展の横では、雪像制作過程を映像で開設するDVDが流されていた。雪像制作を担う陸上自衛隊から提供されたものであったが、およそ10分程度にまとめられたものだった。一般人にとって制作過程を知ることは難しいが、DVDを見てそのあたりを良く理解することができた。   

   

   

   

 私が訪れた時、会場には誰一人として観覧者はいなかった。寂しいかぎりだった。もし、雪まつりが開催されていたら多くの人々が駆け付けていたことだろう。来年こそ、コロナ禍が収まって、あの賑わいが還ってきてほしいと願うばかりだった…。

《北京冬季五輪寸評》

 昨日のチームジャパンにとってグッドニュースは女子アイスホッケーが予選Bグループを1位通過を決めたことだろう。Bグループは世界のベスト6位以外の国々の戦いだったが、スマイルジャパンにとっては初のベスト8進出である。これからの戦いはいずれも格上であるが、臆せず強豪に挑んでほしい。

 さらなるグッドニュースは本日行われた男子ハーフパイプ予選で、出場したエースの平野歩夢選手をはじめ4人全員が予選を通過したことだ。4人の予選通過後のコメントに私は感動した。4人全てがインタビュアーの問いに真摯に答えていたこと、そして誰もが決勝戦での金メダルを狙っていることを口にしたこと(正確には平野海祝選手は直接口にはしなかったが)、とても意欲的で好感がもてた。特に歩夢選手の弟の海祝選手の兄をリスペクトする言葉に彼の素直な人間性を見た思いがして、「若いっていいなぁ」とお爺は感激したのだった。 明後日に行われる決勝戦で4選手の大躍進を期待したい!