モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



鹿児島2日目は、ブログ友達の☆chiroさんのご紹介を見て日置市を選びました。

私の予定は、“niemon教科書”の順番で、諏訪橋→永山橋→水車橋→平石橋→荻前田橋
→井出之段橋→飯牟礼橋→樋之口橋 の順です。またその通りに行けないだろうけど。。 

やっぱり...予定通りには行かないよ。上流(大きい写真)下流(枠内写真)。

最初に“着いた”「永山橋」をご紹介します。





水車橋は探すのに苦労しました。運転手さんと二手に分かれて探しています。こんな時、
運転手さんが見つけた場合、更に私を探さなくちゃなりません。そんな場面でした。

私少し反省しています。ここは上部は普通の道。。写真を撮る為 川沿いの身長より高い
盛土部分の法面の下、幅70cm位の所を横歩きしました。もう戻れないほど怖かった。。

そして車に戻る時このおじさん。私よりお若い方ですが、この橋の持ち主に会いました。

ひいじいちゃんのじいちゃんが精米所を手広くされて その水車に行く為の橋だそうです。





次は平石橋を探します。ぐるぐる回りながらこんな風景が目に飛び込んできました。
車は大通りで 見えているのは左に降りる道です。最初は探せなかった「諏訪橋」です。





順番がずれると後は大変。。運転手さんは頑固な方で川がないと橋はないって川沿いを。。
でも川は支流があるんです。橋の長さもコピーしてるからこの川じゃないと分かってるのに。。
この日のドライバーは昭和13年生まれ...いかにも鹿児島の男性。頑固!(失礼)

次に見つけたのは「樋之口橋」ご紹介します。ここですごーく待つんですがまず写真を。





...で何故待ったかというと 親柱か記念碑を捜してたんです。気を利かせて
橋の名前を聞きに歩いて行かれたらしいんです。近くに家はないですよ。。

資料の写真と見比べれば分かるのに。。資料は助手席にむなしく置いてあります。。

さぁ同じ大里川です。。昭和6年架設 市の文化財....[荻前田橋」をご紹介します。





次は容易に見つけられました。ウンと若い昭和35年架設「井出之段橋」をご紹介します。





この日のタクシードライバー 私は前日に学習してますから最初からきちっと決めています。。
ほんとなら出来高制で“一橋いくら”で決めたいけど、そうもいかないでしょう?。。。

一つ見つけたら次の予習して下さるんです。でもですよ。我が強く私を当てにしないんです。
でも私 地理は知らなくても お互い知らない同士なら石橋の嗅覚なら負けません。


...ってライバル意識むき出しの“どっちもどっち”の客とドライバーのやりとりです。


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