モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



東陽町、最後に訪ねるのは新開橋 【熊本の石橋313】にniemonさんの マップコードをメモしてきたけど ここは割愛したので石匠館のマップで探します。

田圃の石積みが美しい地域を行ったり来たりするけど分からない・・ 川がない・・ 人もいない・・ 

 

 

やっと見つけた町人1号さん?は 知っていそうな人を教えてくれました。 小高いところにある畑に行って・・・道を教えるために道路まで降りてきてくれました。

戻って あそこを右に曲がって・・・」 戻ったけど曲がる道がない・・大分戻って・・・ もう違うって わかった   諦めよう・・・ と思ったら  軽トラックが 追ってきてる  ????? さっきの方がきて 行き過ぎ と手で合図してくださる・・・

 

 


少し広いところで・・・車を置くように言われ・・・・ そこから歩いて案内して下さいました。 車ばかりじゃ分かるはずないよ・・ 

初めて 新開橋の案内が見えるのは 大通りじゃなく石橋のホンの入り口近くです。

 

お世話になった地元の方です。 八代は地震が激しかったんですが ご無事でしょうか? お見舞い申し上げます。

訪ねたのは熊本地震の9日前 4月5日の事です。 

 

鹿が来るからと 柵がしてあるのを外して下さって 入ることができました。

 

新開橋 です。 橋の下には石畳があり、橋の土台部分が水流で掘られないような工夫がみられる。【熊本の石橋313】

 

このような小型の石橋は、かける場所の寸法を縄に取り、その縄をもとに原寸大の平面図を地面に描き、それに合わせて石橋を造ったと伝えられている。石工の里ならではの素朴な橋である。【熊本の石橋313】

 

ここ数十年前の地元の方たちの、この場所での暮らしぶりなど 訥々と話されながら 角度を変えて案内してくださいました。

 

還暦から10年 古希記念の同じ町 最後の石橋の最後の写真です。 新開橋です。

 

右側のあの橋も石橋だったそうです。 ダイナマイトで 壊したんですって・・ 昔々の事でしょうね。

 

案内してくれた方は車に戻っていきます。

私もこの道を石橋公園まで戻ったら石工の里、東陽町ともお別れ。 そう思うと長閑な景色が愛おしいです。

 

 

名残惜しいけど 名残惜しいから・・・・ もう一度石匠館に寄りました。 朝は男性お一人だったけど 女性の職員さんがおられました。

そして・・・ その方こそ・・・ 10年前 私が 熊本の石橋313 が どうしても手に入らない と言って粘ったときに 上塚館長さんに取り次いでくださって譲ってもらった その彼女だったんです。。  覚えていてくださいました。  石橋風の橋の向こうが石匠館です。

 

長々とお付き合いいただきありがとうございます。 そして熊本が 普通通りの熊本に戻りますように心から祈っています。



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