今日は、何を隠そう、そうなのです、私の誕生日です。19XX年、昭和2X年の今日、記憶に間違いがなければ午前8時45分、仙台市立病院で生まれました。
今はどこにあるか分からないのですが、かなり、かなり前母が持っていた「母子手帳」(今は母子健康手帳というのですか)を見る機会があって、ぱらぱらめくっていたら確か11月23日の午前8時45分に生まれたと記載されていたと記憶しています。
そのときの気持ちは、何というか秘密を、自分の出生の秘密を覗き見るような、ある種のハラハラドキドキという心臓の高鳴りを覚えると同時に、何というか何かしら生々しいような気持ちに襲われたような気分になりました。正確には表現し切れませんが、何となく想像できますか? そんな風に感じる方がおかしいのでしょうか。
一週間前の16日は、前にも書きましたが、我々夫婦の結婚記念日です。そういう意味では11月は忘れられない月となります。16日が結婚記念日、22日はいい夫婦の日、23日は誕生日と続くわけですから。
今日は勤労感謝の日、いわゆる祝日、旗日ですが、玄関に国旗を掲揚する家は少なくなりましたね。自分のところもしていませんが。
こういう世の中になったから、時の権力者は、「国旗国歌法」を制定したり、「教育基本法」を改正(改悪)して国を愛するように、強制的にしようとしているということになりますか。
改正(改悪)教育基本法が施行されたら、当然学習指導要領が改正されて、子どもたちの『愛国度』を計ることになるのでしょうが、一体どうやって計ると言うのでしょうか。
子どもを通して、その家庭にまで介入してくるのは目に見えています。両親の愛国度も計られ、記録されることになるのではないでしょうか。恐ろしいことです。
考えすぎでしょうか、そうであればいいのですが・・・。