津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■御刑法方定式(3)

2019-03-16 06:40:58 | 史料

一諸役人段以上之者被召捕候節は、御家老中え相達候上及
 沙汰候、難被差延者ハ跡達ても相達候事
  但、御目附衆付御横目も被指向候、尤御侍浪人なと被
  召籠候節は、板乗物も被指越候事

[付箋]寶暦九年六月十一日
  一御勘定所物書歩御小姓列蒲原久大夫、今日口問場よ
   り直ニ役割所明間ニ被留置候、此節御家老中え相達
   可申哉と申談候處、久大夫儀被召籠候と申ニてハ無
   之、明間ニ被留置候事ニ付達ニ及申間敷候、追て問
   方有之、明間ニ難被差置、本牢なとニ被召籠と申ニ
   成候ハヽ、其節御達可申と申談候事
 [付箋ノ朱書]翌日
    『同十三年五月御作事所御横目歩段、苅山儀兵衛
     ニても此例之通ニ不及候事』
[付箋]「此付札ノ趣ニ候處、左之通
                御天守方根取獨禮
                   坂田丈右衛門
                   田久保 吉平
    寶暦九年七月三日
   右両人明間ニ被留置候ニ付、御家老中達之儀猶又申
   談候處、右両人は御天守方根取ニて、殊ニ両人共ニ
   被留置、彼方明申候儀ニも有之、獨禮ニても有之付、
   御家老中え達置可然と書付を以、今日御用番被相達
   候事
[付箋]「明和六年三月九日
   江戸古方御銀支配役池邉九蔵・大塚五平、口問場よ
   り直ニ役割所圍ニ被召籠候、此儀平太左衛門殿え早      平太左衛門→大奉行・堀平太左衛門勝名
   速相達申筈之處、早ク退出ニ付翌日相達候、尤以來
   右躰之節ハ、即日之御用番え相達可申哉と相達候處、
   親類之士席以上相伺も可有之哉ニ付、旁右之通相心
   得可申由被申聞候事」
私欲筋を以被召籠候節は、其者諸道具ニ右御横目より致      
 封印置候様ニ可及沙汰事
一御侍中家來被召置候節は、搦被指出候様ニ其頭々え及沙
 汰候、急成節は廻役へ押せ、追て其段頭え及沙汰候、長
 屋借或支配之下々共被召籠候節は、廻役より押、其段追
 て屋敷主或支配人え直ニ可及沙汰候
  但、御穿鑿ニ付て呼出者も右ニ准
一本牢新牢番人、堅相濟候上、所柄之儀ニ付、別て入念相
 勤候様ニとの趣、御刑法方根取より申渡せ候事
一牢内之者、或役割所圍幷明間ニ被入置候もの相煩候節は、
 療治之儀御醫師之内え被仰付候事
一本牢新牢ニ被召籠置候者牢死之節ハ、御刑法方御物書見
 届候事
一役割所圍明間ニ被入置候もの牢死之節は、役割支配役見
 届候事
一御刑法被仰付候上、親類え被引渡候者ハ、支配方/\え
 其段前以及沙汰候、若可請取親類無之ものハ生所え請取、
 其者向後慎方之儀、御惣庄屋・村役人或町別當より心を
 付可申候、尤幾日朝五時分高麗門新牢え罷越、何かし請
 取人との儀御飛脚番小頭へ申達、連歸候上ハ、いつれ支
 配人を相極候様ニとの趣、夫々可及沙汰候事
一亂心ニて被召籠置候ものハ、縦人を殺候ものニても、牢
 内ニて致病気死、死骸親類請取度旨候ヘハ相渡候事
一御侍中、亂心又ハ不行跡或狼藉之仕形等ニて、上より被
 召籠置候仁致牢死候節ハ、死骸旦那寺え遣、鳥目一貫文
 相添、幷所持いたし居候品ハ不殘寺え遣取置せ候、尤其
 談為存知御家老中え相達候事
  但、四ツ手駕一挺、舁人荒仕子も四人被差出候、尤旦
  那寺遠在ニて指支候節は、同宗之寺え取置せ候事               四ツ手駕
                                     「四ツ手駕」の画像検索結果

一新牢本牢ニ被召籠候者、又は出牢之節も、牢番人え御刑
 法方御奉行印形之差紙を遣、番人取置之牢屋出入仕せ候
 事
一本牢ニ被召籠候者又は出牢者、御奉行所口ニて御奉行中
 之内見届候、御中小姓御知行取なと被召籠候節は、見届
 人之儀御家老中え相伺日仰付候事
一役割所圍出入共ニ、御刑法方御奉行印形之差紙遣之、明
 間之儀は、覺書を以出入仕せ候事

コメント
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