どの作物畝も雑草が伸びています。このまま雑草が伸びると秋の種まき準備などに困ります。そこで、最初草刈機で軽く表面を除草しました。この猛暑では草の根を抜いたりするのは大変です。いつもの私のやり方ですが、耕運機のロータリー使って耕運除草しました。根を掘り起こすように除草するです。タオルで汗をぬぐいながらの除草耕運でした。
耕運機を使って、雑草の根を掘り起こすように耕運除草
そろそろ秋野菜の準備が必要です。実際、園芸店でワケギやネギなどの苗を見かけるようになりました。今回の除草耕運作業が終われば、秋野菜の畝を作ろうと思います。毎年の事ですが、白菜、キャベツ、小松菜などの畝を作ります。暑いからと言ってさぼってはいられません。
インド藍畝の除草1 紅花近くの除草 インド藍畝の除草2
わら細工民具ほぼろの製作講習会の1部は平日でしたが、今回の第2部は休日でした。病欠の方や午後帰えられる方もいましたが、多くの方に参加していただき感謝です。なお見学に来られた方もいました。
ただ今回だけで完成に至る方は少なかったため、次回11月上旬に予定している講習会で完成していただこうと思っています。また暇なときに子供達が作ったほぼろの手直しをしておこうと思います。
わら細工民具ほぼろの製作講習会(第2部)に参加された方々
もともと麻郷公民館で開催する予定でしたが、前日盆踊りがありその後片付け予備日として公民館は使えませんでした。そのため、急遽公民館の代わりに高塔公会堂で実施しました。なお、以前公会堂脇の畑で講習会を開催したことがありました。
公会堂のエアコンが一台壊れていたのですが、運よく数日前に新規エアコンが入りました。そのため、新規エアコン初めての利用者となりました。
ほぼろの底を編んでいる子 15:00頃講習会後片付け
クルミの皮を採取して不慣れながら細工しています。もっと細工できるように、クルミの樹を増やすことにしました。そのため、去年の秋にクルミの種をいくつか埋めてみました。すると、三本だけ芽生えました。
今冬伐採したクルミは再生して枝をたくさん伸ばしています。そして、藍の畑傍に昨年四個のクルミを植えたので、合計10本のクルミになります。数年後にはクルミの皮をたくさん採取することができそうです。
去冬伐採したクルミ、再生して枝がたくさん生える
クルミとの最初の出会いは多摩市にある東京都埋蔵文化財センターです。その博物館併設の林に縄文時代の竪穴式住居が復元されています。その住居内で焚火をして煙を出して定期的にいぶします。その住居傍にクルミが栽培されているのです。
その埋蔵文化財センターにたまたま見学に行った時、管理人さんにクルミの実の食べ方を教えてもらったのです。それまではくるみ割り器で割って食べるものとばかり思っていました。しかし、縄文時代は火の中に入れて軽く焼くのです。すると、クルミの合わせ目が割れてきます。その割れ目を開くと、簡単に実を取り出すことができるのです。縄文時代の知恵には感心しました。
一昨年芽生えたクルミ 今年芽生えたクルミ1 今年芽生えたクルミ2
去年のチャレンジ創造コンテストは1チームだけでしたが、今年2チームがチャレンジします。それぞれ作品作りに入りましたが、1チームの子供3人は完成前の完成図を描いていました。ただ絵だけでは動かないので、どうやって動かすのかが一番の問題です。往復運動や回転運動などの実現方法を一緒に考えたりしました。
もう1チームはまだ具体的なデザインが描かれておらず、どう動かすのかまだ決めていないようでした。8/末の田布施大会まであと3週間しか製作時間がありません。毎年のことですが指導も熱を帯びます。
2チームに分かれてチャレンジ創造コンテスト作品を製作
ところで、チャレンジ創造コンテスト作品も作るクラブ員はアイデア作品も作るので大変です。特にチャレンジ創造コンテストは8/末までに作品を完成させて、さらに大会に出場するためのPRや動きなどの練習をしなければなりません。
指導員はアイデア工作とチャレンジ創造コンテストの両方の面倒を見なければならず大変です。さて夏休みが終わるまで完成するでしょうか。
昆虫観察BOXの製作 もう少しで完成? チャレンジ工作製作
那須岳に登山してきました。しかし、山頂に着くも雷雨のためすぐに下山しました。霧もかかり時々道が見えなくなりました。ところで、那須岳は福島県と栃木県の県境に位置する比較的低い山(1915m)です。しかし、山裾には木が生えておらず森林限界が低いようです。それだけ気候が厳しいのでしょう。
この山は去年の秋に2回も遭難がありニュースになりました。歩いてみて霧がかかると数m先が見えなくなるのです。がれ場が多く一度滑ると10m位滑落しそうです。急斜面は石が滑りやすくぐらぐらするので落石も多そうです。尾根道は強風が吹きますし、風がないと硫黄の匂いに悩ませられます。イノシシの群れが硫化水素で死んでいたことがニュースになりました。なかなかやっかいな山です。
天候不順のため、山頂の祠にお祈りをするとすぐに下山
登り始めは笹原に木がポツポツ生える緩やかな登りです。しかし、山頂付近は草木も生えない急登が続きます。去年遭難が続いたためか左右にロープが張ってありました。このロープの内側を歩けば道を間違える心配はありません。天気が良ければ那須高原を広く見渡すことができるのですが、霧のため下界はまったく見えませんでした。
霧がかかる山腹 急な岩場をひたすら登る やっと山頂に到着
ところで那須岳は山全体の総称で、今回登ったのは茶臼岳です。その火口を回る予定でした。いわゆるお鉢巡りです。しかし、雷鳴が聞こえてきたり霧が深くなってきたため、頂上の祠に行った後に近くの三角点に触ってすぐに下山しました。そのうち雨が降り出したのですぐに下山したのは正解でした。
私が若い頃、神奈川県の山岳会に所属していました。ある年の秋、谷川岳に登ったことがありました。その日の午後に気候が急変して雪が降り始めました。そして、吹き溜まりの場所にいたためかあっという間に雪が積もりました。やむなく雪洞を掘ってビバークしました。天候を予想し、スコップ,ランプ,余分な食料,テントなどをあらかじめ用意していたので慌てずに済みました。
那須岳の三角点を撫でる 那須岳頂上のお鉢(火口)
笠間市を散策しました。花崗岩採掘場,お蕎麦屋さん,道の駅かさま,焼き物展示場,そして筑波海軍航空隊記念館などです。笠間市内を散策していると面白いJR駅を見つけました。宍戸駅です。長州藩毛利家の家老を務めた宍戸氏の出身地です。笠間市で宍戸家の始祖地に出会うとは思いませんでした。
さて最初に日本最大級の花崗岩の採掘場である石切山脈に行きました。最近観光化された場所で、採掘場跡に溜まった広大な池が有名になりました。池は青く恐ろしいほどの深さでした。池を見下ろす場所に彫刻家の作品が数多く野外展示されていました。
花崗岩の採掘場跡に溜まった広大な池
笠間市は笠間焼が有名で、たくさんの販売所や陶芸体験所がありました。また笠間市は栗の生産地でモンブランが有名とのことでした。そのため、道の駅かさまでモンブランアイスを食べてみました。アイスクリームの上にモンブランがのっていました。猛暑でしたのでとても美味しかったです。なお、座った椅子が栗の形にデザインされていました。
石の彫刻展示場 道の駅かさま 栗の形の椅子
最後に訪れた海軍航空隊記念館、これまで知らなかった記念館です。ロケット特攻兵器である桜花を開発したり隊員の訓練をしていた海軍航空隊司令部があった場所です。昔の建物がそのまま残されています。昭和の香りがする懐かしい造りです。また、永遠のゼロなどが撮影された場所でもあります。
この記念館内を見学していると、グアムの博物館(Pacific War Museum)を思い出しました。また、亡き父親の戦争体験を思い出してしまいました。
笠間焼の販売所の一つ 海軍航空隊記念館内(エンジンや模擬魚雷)
土浦市内を散策してきました。最初土浦駅から歩いて30分位の場所にある亀城公園に行きました。そして、公園内にある土浦城と博物館を訪れました。その後土浦市内の夏祭りを楽しみました。
土浦は霞ヶ浦に接しているため少しは涼しいのかと思いきや猛暑でした。江戸時代は亀城公園傍まで霞ヶ浦が来ていたそうです。しかし、今は4km以上離れています。歩きながら、噴き出る汗をタオルで拭きました。あまりに暑いためか亀城公園内には誰もいませんでした。城内を散策するとすぐに公園内にある博物館に入り涼みました。
あまりの暑さで誰もいなかった亀城公園と土浦城
博物館内で機織り体験や見学ができるとの事でしたが、それは7月末まででした。残念!館内展示を見学しましたが、田布施町郷土館のように縄文・弥生・古墳時代の遺物はあまり展示されていませんでした。
二階に、その昔霞ヶ浦で使っていた船の模型が展示されていました。江戸時代は船による輸送や漁業が盛んだったようです。ワカサギ漁に使っていた帆船が今は観光船となっています。
博物館を見学後、市内の夏祭りを楽しみました。飾られた沿道には、山車,焼きそば,タコ焼き,金魚すくいなどたくさんのお店が並んでいました。土浦駅前にある市役所には高校生向けの演台がありました。夕方に高校生が出演するようです。あまりに暑いので、市内の喫茶店に寄って涼んで帰りました。
お休みだった機織り体験 霞ヶ浦の船の1/2模型 土浦市内の夏祭り
茨城県にある保育園に行ってきました。この保育園は郊外にあり、園児が田植えをする田んぼがあったり、芋掘りをする農園もあります。また、泥んこ遊びをする場所などもあります。自然に囲まれた保育園です。
その保育園で夏祭りがあるとのことで行ってきました。保母さんによる太鼓演技があったり、園児が作った山車が披露されました。また、園児が作った提灯行列もあるようです。外にはおにぎりや焼きそばなどのお店があり、園児OBや保護者などが多数来ていました。田布施の保育園とは一味違った保育園でした。
太鼓演技が終わると、保母さん達と一緒に盆踊り
この保育園に孫が通っているのですが、今年園舎が新しくなりました。以前の園舎は古くてやや狭い感じでした。建て替わる間はプレハブ園舎でしたが、今年の春に新しい二階建て園舎が完成しました。新しい板の匂いがするとても広い園舎でした。
園児が製作した山車 太鼓演技する保母さん達 太鼓演技を見守る園児達
園舎は園児の体格に合わせた階段やスペース、そして隠れ家的な角部屋もあります。また、吹き抜けになっており自然の風が吹き抜けていきます。猛暑でしたがそれほど暑くは感じませんでした。
なお、お遊戯などを披露する建物は園舎の傍にあります。駅からやや遠い保育園ですがとても人気の保育園だそうです。
吹き抜け下の夏祭り臨時喫茶店 園庭や廊下ではいろいろな出し物
イヌビワが結実し始めました。通称ちちんぼと言ってその実を食べることができます。野生のイチジクなのですが、その実は小さく食べてもそれほど美味しくはありません。黒くなった実を食べるのですが、野鳥も狙っているようでしょうか、なかなか黒い実を見ることがありません。黒くなる前の赤い実はとても食べられません。その赤い実を潰すと白い汁が出てきます。指にその汁を取ると、接着剤のようにねちゃねちゃします。もちろんその汁の味は最悪です。
イヌビワは皮を収穫して皮細工に使うことができます。初夏に手で剥ぐようにして皮を収穫できます。その後、天日乾燥しておけば通年細工に使えます。
色づき始めたイヌビワの実、黒くなれば食用可
イヌビワは野生なので枯れたり病気になることはありません。いわば雑草のような樹でとても丈夫です。しかし、園芸種のイチジクは実が大きく甘くて美味しいですがとてもひ弱です。幹内に毎年カミキリムシに入られて枝がバタバタと枯れてしまいます。そのため、イチジク農家は農薬を使ったり網で囲ったりして栽培しています。
我家は農薬を使っていない上にタヌキなどの害獣が多くいます。そのため、それほど多くのイチジクの実を収穫できません。
まだ未成熟の赤い実 実を割ると白い汁
全国的な猛暑がニュースになっています。私が子供の頃は猛暑とは言っても32℃位でした。そして、周りの自然もその温度で推移していました。お盆頃になるとセミの声が変わり、海ではクラゲが多く発生して泳げなくなりました。そして、心持ち涼しくなったように記憶しています。
今は7~9月の三ヶ月が夏です。そして、足早に秋が来て冬が来ます。四季の移り変わりが変わったように思います。今の日本の季節は、昔の台湾の季節なのではないでしょうか。その証拠にこの田布施でサトウキビが越冬するようになりました。また、熱帯の栽培植物であるインド藍やヘナが十分育つのです。10年後の猛暑を考えると憂鬱になります。
このところ、毎昼休んで毎夕方五時頃に野良仕事を始める
夏の雑草の伸びはすごいものがあります。少し草刈りを止めていると、いつの間にか膝下位に伸びています。雑草だけを刈るならばたやすい御用なのです。
しかし、栽培している作物を刈らないようにして雑草だけを草刈りするのはなかなか大変です。ぼーっとしていると作物も一緒に刈ってしまいます。作物傍に生える雑草は鎌を使って丁寧に刈るしかありません。
高く伸びた雑草を刈り取り ヘナの周りの雑草を鎌で刈る
去年芭蕉を植え替えました。植え替える前、日陰で枯れそうな痩せた芭蕉でした。植え替えた先は、日当たりが良くしかも土地が水けを多く含んでいました。場所が良かったのか背の高さが2~3mに育ちました。根元を見ると新しい芽が数本出ていました。よほど今の場所が快適なのでしょう。植え替えて良かったです。秋に葉を収穫して籠を持つための取っ手にしようと思います。
高さ2~3mに伸びた芭蕉の葉
沖縄では芭蕉の繊維を使った布(芭蕉布)を作っているとか。私はそこまでの技術はありませんし、覚える時間はありません。利用するのは、せいぜい籠の持つための取っ手にするくらいです。
思い出しましたが、子供の頃にこの芭蕉を雨笠代わりに使ったり日除けに使っていました。また、腕に沿わせるとひんやりするので、夏は体の熱を冷ますのに使っていました。また枯れた葉はよく燃えるため、風呂焚きの火付けに使っていました。また、台風が去った後に芭蕉の葉が櫛の歯のようにバラバラにちぎれていたのを思い出します。
根元には芽生えた芭蕉 日除けにもなる特大の葉
夏草がどんどん伸びています。毎年の事ですが、この時期の草刈りをさぼっていると秋の草刈りが猛烈に大変です。さぼっていると、秋に雑草を2~3段刈りしなければなりません。つまり同じ草を2~3回かけて刈るのです。伸びた草の、上段、中段、そして根元の順に刈ります。横着をして一度で刈ろうと根元を刈ると、刈った草が刈刃に巻き付きます。仮に刈れたとしても寄せるのに力がいります。真夏に一度でもざっと刈っておくと、秋の草刈りがぐっと楽になるのです。
伸びた草を刈りながら片方に寄せる
10年位前の私は元気いっぱいでしたが、今はそのような元気がありません。短い時間に小分けして少しずつ草刈りをしています。山の下草刈りは今はとてもできません。東側の裏山斜面だけは今でも刈り取っていますが、三回に小分けして刈っています。
真夏の草刈りはいつまでできるでしょうか。あと10年位が限界でしょうか。草刈りする場所を減らしつつ、大変な箇所はシルバーにお願いするしかなさそうです。
渋柿下の草を刈り取り中 草刈りした藍の畝間
本格的な夏が続いています。人間も暑いですがミツバチ達も暑いようです。ミツバチの巣箱には人間のようにエアコンはありません。巣箱内を少しでも風通しが良くなるように、巣門の前に出て羽を振わせて風を巣箱内に送っています。蜜や花粉を探しに行く数よりも風を送っているミツバチの方が多い時があります。巣箱に近づくとその羽音がよく聞こえます。この夏を乗り切って欲しいものです。
蜜を探しに行く,蜜を持って帰る,送風するミツバチ達で大混雑!
以前、8月になるとスズメバチがミツバチを襲うとの話を聞きました。その通りで、スズメバチが巣箱の周りを舞っていました。そのスズメバチはそれほど大きくないので黄色スズメバチだと思います。
そのスズメバチが来たためでしょうか、たくさんのミツバチが外に出て群れていました。そして羽を振わせていました。スズメバチを確認したらすぐに捕虫すると良いと聞いていたため、すぐに捕虫網でそのスズメバチを取って脚で踏んでおきました。そして、スズメバチ対策として金網を巣門を取り付けました。取り付けた直後、ミツバチ達はは出方や入り方が分からず右往左往していました。スズメバチ対策などミツバチを飼うのも大変です。
スズメバチ対策として取り付けた巣門用の網
夏場の野良仕事の多くは草刈りです。暑い昼を避けて、朝方や夕方に草刈機の音が遠くから聞こえてきます。私も時々それに参加します。車や人通りが多い道は草が生えていると見苦しいものです。別に人に催促されるわけではありませんが草刈りが欠かせません。
今回は赤いカンナが咲いている道端の草刈りをしました。花が咲いている道端はとても草が刈りにくいです。勢いよく刈ると花まで刈り取ってしまいます。草でよく見えないのですが、花の根元の位置を予測して刈ります。時々その読みが外れて花を刈り取ってしまうことがあります。
カンナの赤い花が咲く道端の草を刈る
道端の草刈りで注意することは、鉄刃を使用して草を刈ることです。紐刃を使うと小石が飛んで車を傷つけることがあるのです。そんな事になった事はまだありませんが、常に気をつけています。
道端の草は広いため二段に分けて刈りました。最初はに畑側、次に道側です。この草刈り今年はあと最低二度しなければなりません。10月に刈り終われば、4月まで草刈りはお休みです。
最初、畑側の草を刈り取る 次に道側を刈って草刈り完了
我家の裏山に生える栗の実がだいぶ大きくなっていました。早生栗なので早いのですが、このイガ栗を見るともう秋の気配です。虫の声もこの一週間ほどで変わったように思います。
夜などカブトムシの雄や雌がたくさん飛び込むようになりました。カップルになって卵を産むのでしょう。卵から孵った幼虫は晩秋までに落葉をたくさん食べて冬越しします。来年大きな成虫になるためには今の時期が大切です。
来月の今頃には収穫できる我家の早生栗
栗以外の木の実も成長していました。渋柿はまだ緑色ですが大きくなっています。干柿にするのが楽しみです。なお、甘柿はみんな実が落ちていました。去年たくさん収穫したため、今年は実がならない年なのです。
イチジクの実も大きくなっています。8月内に美味しい実を食べることができそうです。ちなみに、果物屋さんではもうイチジクが売られています。
大きく育った渋柿、11月に干柿に 来月には食べられそうなイチジク