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徒手空拳の強さ

2008年05月11日 | 読書
 徒手空拳の強さ
 『懐郷』(熊谷達也著 新潮文庫)

 昭和30年代を生きた男女が主人公になっている短編集である。
 奇抜なストーリーや大袈裟な事件などを扱っているわけではないが、妙に心に沁みる物語ばかりである。
 東北が舞台になっているものが多いせいもあるだろう。ノスタルジーというのではないが、その時代の背景についてはほんのわずかな体験めいたものもある。
 描かれる人物の心にすっと入っていけるような感覚で、その世界に浸ることができた。

 きっとその時代から、この国に住む人々はたくさんのものを抱えるようになった。
 そしてそれらの価値もあまり考えないまま、手離せない状態になっており、持つことだけに力を使って、自分自身の力を弱めていったのではないか。

 何も持たない強さ…言うには容易いが、手遅れであることは意識せねばならない。
 今あるものをただ捨てていったとしても、その手に力がどれだけ残っていることか。