すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

内省が深い人

2009年03月07日 | 読書
 上下関係の一番洗練された形は作法だと思う。
 若い人は作法を覚えると同時に、なぜそういう形になったかって勉強するとすごく面白いとアドバイスしたい。

 誰の言葉だと想像するだろうか。

 「作法」については今また伝統文化ということも大きく打ち出された背景があり、様々な出版物がでているようだ。教育の場でも目立ってきて、先月読んだ野口芳宏先生の本のことを書いたばかりである。

 学校に「礼法室」があったことは記憶にあるが、その場所で何か習ったことなどなかったはずだ。高度成長期に学齢であった私たちの世代はやはりどこか欠落したままに育ってきた、そういう思いは自分が年齢を重ねるごとに強くなっている。
 そして折にふれ、しきりに「祖母はあの時こうしていた」とか、親戚の年配者の毅然とした姿が頭の中に浮かんできたりするものだ。
 そういう姿が残像としてもあるうちは、まだ可能性があるのではないかとも思うが、「安心・安定」する世の中に逆らってきた若い頃の心向きも厳然として残っているようであり、何か腰が据わっていない。

 ともあれ、仕事や自分の日常に自信を持っている(哲学のようなものだろうか)人は、他者とも安定した関係を築ける気がする。
 それは自ずと言動が作法に近づくことではないか。
 たぶん内省を繰りかえしながら進んでいるからだ。そういう人に作法は見えてくる。

 冒頭の言葉は週刊誌に載った、ビートたけしが語った言葉である。
 たけしは、内省が深いと思う