すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

秋乱れて、読書の無用

2022年09月12日 | 読書
 知人のブログで紹介されていた『「賢い子」に育てる究極のコツ』(瀧靖之 交響社)という本を、孫育て(笑)のために勉強しようと思って読んだら、図鑑と音楽の効用について書かれてあった。環境作りは爺の仕事と思っているので、三か月ぶりぐらいに隣市の中古書店へ出かける。しかし、お目当ての図鑑類は少ない。


 それでも動物や工作系を4冊ほど買い求めた。それから、これは自分で読みたいと思い手を出したのが、『雲の大研究』(岩槻秀明 PHP研究所)。小学生用だろうが、よく雲を撮影する者として名前ぐらいは言えるようになりたい。「類」「種」「変種」「副変種」という4つの分類があることは、習った記憶がなく新鮮だ。


 いったい何種類の雲があるのかと見上げた土曜の空

 さて、残った時間で風呂場読書のための新書・文庫を漁りにいって、3冊購入する。岩波ジュニア新書のコーナーで『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』(豊島ミホ)を見つける。小説家をやめライターになった近隣出身のこの著者は今、どんな文章を書いているのか、少し興味がわいて手に取った。


 「イタイ」一冊だった。暗黒の高校生活そして大学からの作家生活、帰郷、再上京と自らの体験を赤裸々に語るが、独特の感受性はある意味ツッコミどころ満載だ。しかし文学は過剰と欠落から生まれる。書名に惹かれ開いた中高生はどう受け止める。客観視できる俯瞰性をどのレベルで捉えられるかが問われそうだ。


 『無用のかがやき』(実業之日本社文庫)は、「谷郁雄・リリーフランキー」という名がある。「言葉」が谷で、「写真」がリリーと記されていた。写真はほとんどがくすんだ色彩の風景。目を凝らしても見通せない社会の描写か。しかし粗いドットの活字を使った「詩」は単なる厭世観とは違うしたたかさも感じさせる。

 駐車場で「踏みつぶされたまま」の飲料アルミ缶を、こう視ている。

 無用の物のみが持つ
 気楽さで
 有用を批判し
 その輝きで
 他のすべてを圧倒し続ける