あけましておめでとうございます。
相田みつをさんの話で知りましたが、正月の「正」という漢字は「止」ヘンなのだそうです。「一」に「止」と書いて「正」。「一」すなわち「原点」に止まること、自分の原点に立ち返ること。正月は原点に立ち返る月ということなのだそうです。
研究者としての自分の原点とは何だろうかと考えてみました。それは新しいものを見つけ出すことの喜びだろうと思いました。多くの実験は意味のある結果を得ることなく終わりますが、それでも失敗の実験からも学ぶところがあり、知る喜びがあります。そんな小さな喜びがあるおかげでここまで何とか来ました。そんな地道な実験を繰り返して得た失敗や小さな成功が、研究者という畑を耕すと私は思います。よく耕された畑に種が蒔かれ、地道に世話をする苦労を経て、実は実るのだろう、そんなことを思いました。
とはいうものの、人間ですから、研究者の原点以前に、社会的動物としての原点、自分や家族の生存に必要な資源を確保し喰っていかねばならぬ、というものが付きまといます。残念ながら、研究の喜びは、社会動物としての原点とは直接リンクはしていません。
というわけで、この半年ほど、二ヶ月後に締め切りのグラントのことばかりを考えていました。グラントは生存のための原点であり、研究費を獲得するということが最終ゴールです。研究のゴールは、そうして得た研究費を使って、価値ある成果を出すことですから、グラントと研究のゴールは全く別です。グラントのゴールを達成するには、レビューアの興味と興奮を惹起して、敵ではなく味方になってもらうことが必要だと思います。それをロジックとレトリックで達成するゲームといえるでしょう。映画で言えば、インパクトのある予告編とその期待を裏切らず、読み進めるほどに期待が上昇していくようにうまく構成された本編が要求されます。何れにしても、研究の原点とはほどんど無関係な活動と言えるでしょう。
グラントのことばかりを考えすぎると、視野狭窄になって研究の原点に立ち返ることを忘れてしまいがちになります。それで、迫る締め切りのことはとにかく置いておいて、研究費がもらえたつもりになって、その準備に向けて、共同研究者を探し、できる範囲で実験をやっています。そうして出たデータをグラントに使うという目的もありますが、何より、実験をやって結果を見て、何らかのデータが出て、そのデータの解釈を色々と考えるというプロセスは、グラント書きのような作文とは全く別のTangibleな喜びを与えてくれます。そのデータや実験でどれぐらい自分は興奮できるのかを確かめたいのです。私の場合、自分が心から興奮できなければ良いグラントは書けないです。
日々ウジウジとやっている間にちょっとずつアイデアと現実が連動し出したような感覚が出てきました。これがもう少しはっきりしてくれば、グラントも書けると思います。
本年もよろしくお願いします。
相田みつをさんの話で知りましたが、正月の「正」という漢字は「止」ヘンなのだそうです。「一」に「止」と書いて「正」。「一」すなわち「原点」に止まること、自分の原点に立ち返ること。正月は原点に立ち返る月ということなのだそうです。
研究者としての自分の原点とは何だろうかと考えてみました。それは新しいものを見つけ出すことの喜びだろうと思いました。多くの実験は意味のある結果を得ることなく終わりますが、それでも失敗の実験からも学ぶところがあり、知る喜びがあります。そんな小さな喜びがあるおかげでここまで何とか来ました。そんな地道な実験を繰り返して得た失敗や小さな成功が、研究者という畑を耕すと私は思います。よく耕された畑に種が蒔かれ、地道に世話をする苦労を経て、実は実るのだろう、そんなことを思いました。
とはいうものの、人間ですから、研究者の原点以前に、社会的動物としての原点、自分や家族の生存に必要な資源を確保し喰っていかねばならぬ、というものが付きまといます。残念ながら、研究の喜びは、社会動物としての原点とは直接リンクはしていません。
というわけで、この半年ほど、二ヶ月後に締め切りのグラントのことばかりを考えていました。グラントは生存のための原点であり、研究費を獲得するということが最終ゴールです。研究のゴールは、そうして得た研究費を使って、価値ある成果を出すことですから、グラントと研究のゴールは全く別です。グラントのゴールを達成するには、レビューアの興味と興奮を惹起して、敵ではなく味方になってもらうことが必要だと思います。それをロジックとレトリックで達成するゲームといえるでしょう。映画で言えば、インパクトのある予告編とその期待を裏切らず、読み進めるほどに期待が上昇していくようにうまく構成された本編が要求されます。何れにしても、研究の原点とはほどんど無関係な活動と言えるでしょう。
グラントのことばかりを考えすぎると、視野狭窄になって研究の原点に立ち返ることを忘れてしまいがちになります。それで、迫る締め切りのことはとにかく置いておいて、研究費がもらえたつもりになって、その準備に向けて、共同研究者を探し、できる範囲で実験をやっています。そうして出たデータをグラントに使うという目的もありますが、何より、実験をやって結果を見て、何らかのデータが出て、そのデータの解釈を色々と考えるというプロセスは、グラント書きのような作文とは全く別のTangibleな喜びを与えてくれます。そのデータや実験でどれぐらい自分は興奮できるのかを確かめたいのです。私の場合、自分が心から興奮できなければ良いグラントは書けないです。
日々ウジウジとやっている間にちょっとずつアイデアと現実が連動し出したような感覚が出てきました。これがもう少しはっきりしてくれば、グラントも書けると思います。
本年もよろしくお願いします。