研究ネタに苦しんでいます。
かつては、自然と興味の湧く研究テーマが浮かんできて、それをやっているうちに何かが見つかり、グラントや論文につながってきたものですが、現在、研究資金獲得の激しい競争の中で、やりたいことよりも研究費が取れる可能性の強い研究を優先せざるを得ないような状況となってきました。今や、いかに、カネ(研究費)を獲得するかという問題を抜きに、研究のアイデアを純粋に考えるということが難しくなりました。かつては良い研究をやっていればカネは後からついてきたものですが。つまり、研究を楽しむという余裕がなくなってきているのですね。そうなると、判断も間違えがちになります。
カネを出す方も、メリットベースで評価すると言うよりも、どちらかと言うと減点法で評価しているような感じです。結局、分野は細分化されてきており、各分野に詳しい人は利益相反のために、もっとも専門に近いグラントを評価することはできません。となると、各グラントは、それなりの知識はあっても十分に内容を審査できるような人にはレビューされないということになります。そうすると真にその研究の価値や実現性を評価する代わりに、むしろ、欠点に注目して欠点の大きいものから落としていくというような評価法をとるのではないでしょうか。大多数のグラントを切り捨てないといけない現状では、効率的にグラントレビューを捌くのに減点法は都合が良いでしょう。
論文をリジェクトする時に、よく使う決まり文句に、(メカニズムが弱く)「記述的」であるという表現があります。最近は、グラントのリジェクションによく使われるのが、「漸進的 (incremental)」で「イノベーティブでない」というような表現です。科学研究というものは、そもそも漸進的なものす。過去の知識を元に仮説を立てて実験をし、一つ一つ積み重ねていく間に、なんらかのブレークスルーが生まれるワケで、最初からそのブレークスルーを狙って研究計画を組んで、それが実現できるような簡単なものなら、誰も苦労はしないです。しかるに、やはり研究資金の相対的な欠乏のために、こうした科学の王道である「下から地道に一歩一歩と積み上げる」ような研究はグラントにおいてはそれだけでマイナス評価を受けるということになっているようです。この傾向は、何十年と同じデーマを深く掘り下げているような専門家にマイナス評価を与え、流行を追った浮き足立ったような研究を奨励することにつながると思います。
とは言っても、われわれも現実を無視して理想を追いかけるわけにはいきません。お客様の要望を満たさないような製品は、いくら品質がよくても買ってもらえません。そんなこんなで、自分の研究上の興味と、何が売れるのか(それがわかれば苦労しないのですが)というマーケットの動向をいかにすり合わせていくか、ということで毎日ストレスを感じています。一つはっきりしているのは、私が従来やってきたようなタイプの仕事は、お客様には飽きられてきているという事実です。それは私の分野の専門雑誌のインパクトファクターの低下傾向を見ていればわかります。新しい商品を開発する必要があり、そのために許される時間は二年です。
焦っても良いアイデアが生まれるワケではないし、過去の経験から必ず何かを思いつくことには自信はあるのですが、こなさないといけない日々の仕事の中で、五里霧中で灯台の光も見えない中で、どちらに足を踏み出せば良いのか決めかねて、モヤモヤとしているというのは、精神にきますね。
若い時は、恐れも知らずに挑戦して、ダメだったらすぐに次に行けたものです。下手に長い間、それなりにやってきたので、失敗が怖くなっているのでしょうか、一歩を踏み出すことに多少の恐怖を感じます。
関係ないですが、好きな娘に告白する一歩をためらう男の歌。Can't get started with you (Frank Sinatra)
かつては、自然と興味の湧く研究テーマが浮かんできて、それをやっているうちに何かが見つかり、グラントや論文につながってきたものですが、現在、研究資金獲得の激しい競争の中で、やりたいことよりも研究費が取れる可能性の強い研究を優先せざるを得ないような状況となってきました。今や、いかに、カネ(研究費)を獲得するかという問題を抜きに、研究のアイデアを純粋に考えるということが難しくなりました。かつては良い研究をやっていればカネは後からついてきたものですが。つまり、研究を楽しむという余裕がなくなってきているのですね。そうなると、判断も間違えがちになります。
カネを出す方も、メリットベースで評価すると言うよりも、どちらかと言うと減点法で評価しているような感じです。結局、分野は細分化されてきており、各分野に詳しい人は利益相反のために、もっとも専門に近いグラントを評価することはできません。となると、各グラントは、それなりの知識はあっても十分に内容を審査できるような人にはレビューされないということになります。そうすると真にその研究の価値や実現性を評価する代わりに、むしろ、欠点に注目して欠点の大きいものから落としていくというような評価法をとるのではないでしょうか。大多数のグラントを切り捨てないといけない現状では、効率的にグラントレビューを捌くのに減点法は都合が良いでしょう。
論文をリジェクトする時に、よく使う決まり文句に、(メカニズムが弱く)「記述的」であるという表現があります。最近は、グラントのリジェクションによく使われるのが、「漸進的 (incremental)」で「イノベーティブでない」というような表現です。科学研究というものは、そもそも漸進的なものす。過去の知識を元に仮説を立てて実験をし、一つ一つ積み重ねていく間に、なんらかのブレークスルーが生まれるワケで、最初からそのブレークスルーを狙って研究計画を組んで、それが実現できるような簡単なものなら、誰も苦労はしないです。しかるに、やはり研究資金の相対的な欠乏のために、こうした科学の王道である「下から地道に一歩一歩と積み上げる」ような研究はグラントにおいてはそれだけでマイナス評価を受けるということになっているようです。この傾向は、何十年と同じデーマを深く掘り下げているような専門家にマイナス評価を与え、流行を追った浮き足立ったような研究を奨励することにつながると思います。
とは言っても、われわれも現実を無視して理想を追いかけるわけにはいきません。お客様の要望を満たさないような製品は、いくら品質がよくても買ってもらえません。そんなこんなで、自分の研究上の興味と、何が売れるのか(それがわかれば苦労しないのですが)というマーケットの動向をいかにすり合わせていくか、ということで毎日ストレスを感じています。一つはっきりしているのは、私が従来やってきたようなタイプの仕事は、お客様には飽きられてきているという事実です。それは私の分野の専門雑誌のインパクトファクターの低下傾向を見ていればわかります。新しい商品を開発する必要があり、そのために許される時間は二年です。
焦っても良いアイデアが生まれるワケではないし、過去の経験から必ず何かを思いつくことには自信はあるのですが、こなさないといけない日々の仕事の中で、五里霧中で灯台の光も見えない中で、どちらに足を踏み出せば良いのか決めかねて、モヤモヤとしているというのは、精神にきますね。
若い時は、恐れも知らずに挑戦して、ダメだったらすぐに次に行けたものです。下手に長い間、それなりにやってきたので、失敗が怖くなっているのでしょうか、一歩を踏み出すことに多少の恐怖を感じます。
関係ないですが、好きな娘に告白する一歩をためらう男の歌。Can't get started with you (Frank Sinatra)
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