シオニストのパレスティナ略奪は1948年、100人以上の村人が殺害されたヤシン村の大虐殺で本格化しました。以後、シオニストは500の村々を破壊し、パレスティナ住民を殺害し、彼らの土地を奪い、結果、75万人に至るパレスティナ難民を生み出すことになりました。ヤシン村虐殺から一月後の5月14日、シオニストは念願のイスラエル建国を宣言しました。パレスティナ人にとっては以来、76年の抑圧の苦難の日々、Nakba(大厄災)の始まりであり、イスラエル建国の翌日、5月15日はNakbaの日として覚えらることになりました。今年のNakbaの日は、世界各地でパレスティナ支援の巨大なデモが行われました。そして、昨日、国際犯罪裁判所(ICC)はようやく、イスラエルのネタニヤフとギャラント、そしてハマスのリーダー三人の双方に彼らの犯した戦争犯罪に基づいて逮捕状を要請しました。認められるとネタニヤフは国外での活動が困難になります。国際社会は徐々に動いています。
さて、5月は欧米では卒業シーズンで、北米各地で卒業式では、イスラエルのジェノサイドに反対して卒業生がパレスティナ国旗を掲げたり、反対の声をあげる映像がSNSに流れてきます。ジェノサイド反対の学生運動の火種となったコロンビア大では卒業式は中止されましたが、Nakbaの日の翌日、教官と学生有志は大学のそばにある聖ヨハネ大聖堂で卒業式を行いました。ここはベトナム戦争反対の学生運動の年、1968年のコロンビア大の卒業式が行われた場所で、学生数百人が戦争に抗議して退席した因縁の場所であり、卒業式ではパレスティナへの連帯が改めて示されました。
仮にも「言論の自由」をアメリカ憲法修正第一項に掲げ、「民主主義」の看板で商売してきた国であるにもかかわらず、先月半ばから全米各地で起きたイスラエルのジェノサイドに反対する大学での学生運動に対して、シオニストに因果を含められた当局ははやばやと警察権力を介入させ、見せしめに学生や教官を逮捕し、運動の鎮圧を図りました。看板と本音の乖離はどこの国にもありますけど、そもそもアメリカというのはそういう国だということです。
そして、今回の学生運動に関して、日本のTV番組で、とあるタレントが、学生運動の効果や動機に疑問を呈するようなコメントをしたことで、ネットで炎上しているという話を聞きました。折角ですので、これを機に、アメリカでの「学生運動の意味」について、秀逸な解説動画を見つけましたので、紹介したいと思います。
アメリカでの今回の学生運動というのは、実は歴史的背景があります。それは、アメリカの学生運動での大学生の「Disclose, Divest(開示せよ、投資を引き上げよ)」というシュプレヒコールに表れています。この言葉は、南アフリカのアパルトヘイト政策を終わらせた時の運動から来ています。因みに南アフリカは、国際司法裁判所(ICJ)に、最初にイスラエルのジェノサイドを糾弾して訴え、判決を勝ち取っていますが、今回、二度目の提訴を行い、先週、口頭弁論が行われています。そのイスラエルの戦争犯罪の醜悪さと悪質さを糾弾する弁論には人種隔離政策を直接経験してきた国の怒りが滲み出ております。アパルトヘイトが終わり、南アフリカの最初の黒人大統領となったネルソン マンデーラは、パレスティナ問題が終わらない限り、本当の自由はないという言葉を残しています。南アフリカの問題はパレスティナ問題と相似であり、それを可能にしてきたメカニズムも共通しています。
さて、それでは、Sara El-Yafiさんによる解説動画に移りましょう。要点だけ、箇条書きにすることにしますが、是非、試聴ください。
In this video, I explain why student protests work. It’s fascinating.
— Sara El-Yafi (@SaraYafi) May 15, 2024
I start by explaining how Apartheid South Africa was dismantled—a truly riveting chapter of world history. The financial pressure, combined with the global outcry against Apartheid, proved to be a significant… pic.twitter.com/FUTiDYSS59
南アフリカのアパルトヘイト政策を支えたのは南アの白人政権に対する西側諸国の共謀である。
少数派の白人移民が、多数派であった原住民の黒人を劣悪な環境に隔離し、黒人の権利を制限してきたアパルトヘイトに反対して、最初に立ち上がったのは学生であった。黒人学生は彼ら自身の「学ぶ権利」を主張し、デモを行った。
これに対し、南アの白人政府は暴力を導入し、100人を超える学生を殺害したため、学生運動は逆に勢いを増し、やがて世界中に広がった。
結果として、世界各国は南アフリカへの経済制裁や文化的制裁を発動し、アメリカでさえアパルトヘイト政策への共謀を続けることができなくなり、南アでのアパルトヘイト政策は撤廃された。
南アのアパルトヘイト政策を廃止に追い込んだ原動力は南アと世界の学生運動であった。
今回も、イスラエルのジェノサイドに共謀しているアメリカをはじめとする西側諸国で学生運動が勃発し広がっている。
大学はendowmentsと呼ばれる寄附や支援者からの資金を投資し、その運用益によって活動を維持している。
アメリカのトップ15の大学は、合計$327 billionという巨額の資金を持っている。(ゆえに、大学は「教室を持つ銀行」と呼ばれることもある)
これらの資金はイスラエルのジェノサイドを支援する数々の企業(ロッキー マーチン、ヒューレット パッカード、モトローラ、アルビッド、G4S、トリップアドバイザー、などなど)に投資されている。
学生は、大学資金の投資先を開示(disclose)し、イスラエル支援企業への投資をやめる(divest)ように要求している。
南アのアパルトヘイトを支援してきた最大の共謀国はアメリカとイスラエルであった。特にイスラエルは軍備、兵器、軍事訓練の供与など、南アフリカのアパルトヘイト政府に最大の協力をしてきた。
1980年台、南アのアパルトヘイトに反対する学生運動がアメリカに広まった。カリフォルニア大学バークレー校で始まったこの運動で、学生たちは南ア関連の企業への投資をやめるように要求、運動は急速に全米に広がり、南ア政府への投資引き上げが始まったことで、国際的プレッシャーが高まり、アパルトヘイト政策が崩壊した。つまり、大学生がプロテストを通じて、大学の資金運用に口を挟むことによって、間接的にアメリカやイスラエルの南ア差別政権の支援をやめさせたのである。
南アのアパルトヘイトもイスラエルのジェノサイドも戦いの中心は西側諸国内にある。(アパルトヘイトやジェノサイドは、西側諸国の共謀なしには成り立たない。これらを支援する西側諸国の政治や企業と、反対する学生や人々との戦いである)
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「学生運動にどんな意味があるのか」という問いは、質問者の単なるnaiviteゆえの疑問であったとしても、こうした歴史的背景を鑑みれば、批判されても仕方がありません。むしろ「学生運動こそが社会を変えてきた原動力である」と言って良いでしょう。そして、アメリカの学生運動は、単なる衝動に基づくものではなく、イスラエルの横暴を可能にしているメカニズムの理解と歴史的経験を踏まえた上で、戦略的に行われているということをわれわれは理解すべきでしょう。しかし、何より、われわれが忘れてはならないのは、アイビーリーグを出てエリート街道を進むはずの彼らが、自らの順調な将来を失うリスクを承知の上で、身を張って抗議運動を展開していることです。彼らの行動への熱意と真意と戦略を知らずに、公けの場で無知な疑問を呈することは侮辱と取られかねません。
力を持たない大衆は力を持つ支配階級とどう戦うのか、われわれはアメリカの大学生に学ばねばなりません。なぜなら、これは中東や欧米の話だけではないからです。日本の沖縄米軍基地問題も同じ構図です。そして、沖縄県外に住む日本人も搾取する一部とされる大多数に二分され、社会経済格差によって隔離政策を受け始めています。人ごとではないということを強調したいと思います。
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