百醜千拙草

何とかやっています

コリンズの辞任が象徴するもの

2008-06-20 | 研究
ヒトのゲノム配列解読は、当初、パブリックセクターはNIHのフランシスコリンズが指揮し、プライベートでは元NIHのクレイグハンターがセレラを率いて、火花飛び散る競争を繰り広げ、10年に渡るビッグプロジェクトを完成させました。ヒトゲノムの一通りの解読後は、Deep sequencingの方向へと発展し、HapMap Projectを中心にヒトゲノムの多様性と疾患との関連についての研究という方向へと進んできました。一方でゲノム情報に基づく「個の医療」を実現していこうという方向性も明らかになってきて、例えば23andMeという会社では、個人のゲノム解読サービスを売るビジネスを現在展開しており、シークエンス技術の向上につれこの手のビジネスは増加していくものと考えられます。現在、pyrophosphate法による大量シークエンス技術が454/Roche、Solexa/Illumina、ABSで商業化されていますが、更に次世代の単一分子シークエンス法がかなり実用に近づいてきているようです。この単一分子シークエンシングでは、2通りの方法が使われているようで、一つはポリメラーゼ反応を使用し、蛍光色素のついたポリメラーゼと蛍光ヌクレオチドを使って、DNA合成中におこるFRETをリアルタイムで読むという方法、そしてもう一方はもっと物理的な方法で、先端が10ナノメートルのプローブを使い、伸ばした単一鎖DNA上を文字通りなぞっていく間に、塩基の違いに由来する物理的な特性の差を検出することによって配列を決めるというものです。これらの単一分子シークエンス法が、454などのシークエンス法に対して優れている点は、一回のリードで何キロもの連続した配列を極めて短時間で読めるということです。確かに454では大量の塩基解読が可能かもしれませんが、PCRが必要なこと、一塩基を決めるための反応時間が長いことから、一回のリードで読める塩基数は現在、約100塩基程度、新型の機械でもせいぜい、数百塩基が限界です。これらの短いフラグメントをゲノムのサイズに組み立て直すことは、極めて高いコンピュータ機能が必要となります。つまり、現在のpyrophosphate法では、Deep sequencingはできても、それをゲノムに組み直すという点で大変な困難があるということです。ヒトゲノムプロジェクトを振り返ってみても、当時の最高機能のコンピューターはセレラが持っていて、それによって初めてショットガンシークエンシングによって得られた塩基配列のアッセンブリーが可能となったのでした。しかし、一リードで相当な距離を一気に読める単一分子シークエンス法が実用化されれば、コンピューターによるアッセンプリー作業の負担は相当軽減されると考えられ、国民みんなが自分のゲノム配列を知っているという時代が非常に近くなると考えられます。フランシスコリンズは10年以内には一人1000ドル以内で個人の全ゲノム配列を決めることができるようになるであろうと予測しています。そのコリンズが、今回、NIHのヒトゲノム研究所(NHGRI)の所長を辞めることを表明しました。もともと医者である彼は、ゲノム解読という最初の大きな目標を達した後、如何にこれらの情報をヒトの健康の増進、疾病の予防といった次のレベルの目標に繋げるかという視点を持っていました。そのためには多数の対象者を対象とするゲノムシークエンスデータと種々のパラメータを関連づけるための前向き研究が必要だという結論に達したわけですが、現在の技術でそれだけの大規模で高価な長期研究を遂行するとなると、年間300 - 500億円程度が必要となる計算で、とてもそんな予算を国が割く余裕がないという現実に直面することになりました。そんなフラストレーションもあり、また多分58歳という年令のこともあって、彼は新しいchallengeを求めてNHGRIを去ることを決めたそうです。辞めてからは、「個の医療」についての本を執筆し、それから次のポジションを探すとのことです。一個人のできることは限られています。彼の満足するような新しいchallengeがそうそう転がっているとは思えませんが、是非とももう一花咲かせてもらいたいものだと思っています。一連のゲノムプロジェクトフィーバーが終焉を迎えたことを象徴しているようなコリンズの辞任でした。
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