同僚・知人らと作る「なら観光サロン」の第3回(10.11.26)では、兵庫県三田市にお住まいの山岸大志郎さん(「三田市まちづくり基本条例市民検討会議」委員)をお招きした。前回は「
インバウンドの促進」がテーマだったが、この日は「ポスト1300年祭への提言」の演題で、奈良の観光振興についてお話しいただいた。誠に遅ればせながら今回、その内容を紹介させていただく。
山岸さんは
有限会社エンデル代表取締役でいらっしゃる。長年大手建設会社に勤務され、主にダム建設などの土木事業を管掌。その仕事を通じ、自然や環境、景観保全、地域の伝統や観光に興味を持たれ、退職後、紀伊半島での勤務経験を活かし、紀州備長炭や南部の梅干しなどを取り扱う有限会社エンデルを設立された。
同社の公式サイトには《紀州備長炭にほれ込んだ男が立ち上げたサイトです。紀州備長炭微粒子を練り込んだ石州手すき和紙。 これを「機能性和紙」として特許も取得し、細かな透かし絵模様を入れて「透かし絵灯り」を開発しました。他にも紀州備長炭の箸置き「いちりん」やマドラー、紀州備長炭パウダー入りスイーツ等がございます》とある。ビールがクリーミーに泡立つ「
備長炭マドラー」など、スグレモノ揃いである。私は、とある異業種交流会で山岸さんと知り合い、これまで奈良の観光振興や今井町の海外向けPRなどにつき、アドバイスをいただいている。
当日までに山岸さんは、詳細なExcel資料をご準備下さった。時間の関係で全てをご紹介いただけなかったのが心残りである。キーワードは5つで、それは「いにしえへのいざない」「琴線さがしのたびの里」「唐天竺から人々が集った“まほろば都市奈良”を現在に」「拠点観光から線観光へ、線観光から面観光へ」「専業者主体の観光から県民が主体の観光へ」であった。以下、印象に残った箇所をピックアップさせていただく(掲載に際してはN先輩に、当日のメモに基づき補足をしていただいた、深謝)。
1.調和重視型企業としての観光業
ジャック・アタリ(フランスの経済学者、思想家、作家)は、「これからは、人類が自滅から逃れるために『調和重視型企業』(社会の調和を目的とする企業)群が主流になる社会が出現するだろう」と予言している。「調和重視型企業」群に該当するのが、観光業である。(注:1/10、菅直人首相は八重洲ブックセンターで、アタリ著『国家債務危機』を購入したと報道された。)
2.これまでの観光における反面教師(失敗事例)
・特定の地域内(市町村観光地レベル)で完結する観光
・一つの成功例があると、雨後の竹の子のように、全国で同様の施設が作られるという傾向
・「周りに観光資源があるするから見てもらうのだ」という消極的な「もの見せ観光」
・似たり寄ったりのイベント・展示会(戦略性の欠如)
・ベルトコンベア式観光システム(規格大量生産型観光)
・大手旅行エージェント頼み、団体中心の旅行
・各地をバスでめぐる「物見遊山」
3.今後あるべき観光の姿
・地域で完結するのではなく、地域を結び相乗効果を生み出す観光
・物まねから独自性、オンリーワン性(少子高齢化を逆手にとって活動する)、トップランナー性の模索と構築
・単に観光資源を見せるのではなく、物語を語り、過去との連続性を示す観光(時系列を意識して見せることが大切、例えば天皇陵など)
・地域と創作者等とのコラボから生み出した「ブランド」を取り込んだイベント観光(たとえば「食」など)
・戦略および戦術が明確に確立され、企画によって動く観光
・規格大量生産時代のコンベア式観光ではなく、少量多品種生産時代に即した、顧客満足重点観光(団体旅行から個人旅行へ)
・エージェント観光ではなく直販観光
・「物見遊山」ではなく「学び」および「癒し」重視の観光(知的好奇心を満足させる企画・オーダーメイドの企画を。個人旅行、直販、学び、癒しには、観光をコーディネートする「ランドオペレーター」の介在も重要な要素に。)
4.インバウンドについての提案
・これまでは外国人観光客(訪日外客)に対する対応も、日本人観光客に対して行ってきた対応と差異がない
・国によって求めるものは様々。求めるものを提供するのが「おもてなし」「人の温もり」の観光である
・訪日外客は、中国や韓国に代表されるアジアからの客と、西ヨーロッパや北米からの客との二つに峻別すべき(アジアからの観光客は、先進国日本にあこがれている。プライドをくすぐるのが良い)
アジアからの観光客:「短期滞在」物見遊山、買物観光
西欧・北米からの観光客:「長期滞在」異文化体験、知的好奇心満足型観光
・欧州で影響力のある国は、芸術ならフランス、機械物ならドイツ、これらの国を抑えれば欧州の他国は従う。国の特性、個性を利用して売り込むこと。日本人は外国で認められると弱い(すぐに流行る)、海外で火がつけば、国内でも一般化する。欧米に発信し、認めてもらうことが近道
・有名な旅行ジャーナリストに取り上げてもらうことなどが、効果的
5.2011年以降も観光客増を図るために必要なこと
・これまでの施策や調査(官民を問わず)の総点検と総括
・今はどのような時代であるか(海外も含めて)の十分な理解(ぬるま湯につかっているように思う。打開策は、既存組織を改革する、前例主義を排除する、異端を尊重する など)
・既知の埋もれていたお宝の発掘や、県民が新たに創りだすお宝とのコラボによるシナジー(相乗効果)の発揮
・県民の誰もが参画できる、また参画しやすい仕組み作り
・主体はあくまで県民(住民)。その地域にすむ住民の努力がまず必要
6.2011年以降における「観光のまち」奈良県のイメージ
「多くの観光客が来訪するまち」「何度でも観光客がリピートするまち」「心温たまるおもてなしに感動できるまち」「人の優しさや温もりを感じさせてくれるまち」「あらゆるところにサプライズが出現するまち」「感動にあふれるパラダイス観光地・奈良」「知的満足を与えてくれるまち」
7.上記を実現するために必要なこと(まとめ)
(1)変革と挑戦
過去を振り返り、歴史を知り、過去の賢人の技を知り、近過去及び現代の失敗を総括して、現在という時代性を知り、進行形の現在をよく見つめ、良を活かし不良を廃して、輝ける未来につながるシステムを創りあげなければならない。すなわちたゆまざる変革力とチャレンジ力が生まれる仕組みが必要。仕組みづくりの過程では「三方よし」の精神と「利他的意識(相手を思いやる心)」の味付けが必要
(2)線観光から面観光へ
・奈良県の観光資源は京都に比べて分散していて、それが弱点になっている。だから拠点観光(日帰り観光、通過観光の要因)になっている
・京都は約9キロ四方に観光施設が固まっている、奈良は南北30キロ以上の距離で4か所のスポットが点在している。これをどう結ぶかが、課題
・その弱点を克服するには、拠点間を結ぶ線観光が大切で、結びつける交通手段としては、既設交通機関の利便性向上、シャトルバルの運営、サイクリングロードの整備、ロード名や街道名のネーミング(まほろば街道、にしえ街道、いにしえロマンの道、御陵へのいざない道、政所のたどった道)。これらの街道を時系列で結ぶ
・もっと多くの看板、標識を(最低数か国語の看板を数多く設置。看板は街道ごとに色を変える)
・観光の路線に近接した「隠れた観光資源」を表舞台に出す。つまり線観光を拡幅(隠れた資源の拡大化)した「面観光」
・最終的な形としては、県下の4大拠点を包含した面観光とする
・4大拠点間で新たに観光資源化された地域から平成のブランドを生み出す
(3)県民主体の観光へ
・県民が観光の主体者にならないと、面観光を作り上げることはできない
・県民とは、有識者、学者、学生、県住外国人、県内企業、各行政執行機関等。そこに観光の専門家である観光プロデューサー、観光コーディネーター、ランドオペレーター、観光業者の協力・協働が不可欠
・行政単位で事を起こす場合、行政は「県民参加」を求め、その場合、必ず「ボランティア」をイメージする。しかしボランティアに積極的な県民よりも、消極的な(無関心な)県民の方が圧倒的に多い。この大多数の消極的な県民に関心を持って足を踏み出していただかなければならない(注:荒井知事も1人の100歩より、100人の1歩を、と提言している)
・そのためには、行政が意識を変えないといけない(自分たちは給料をもらっている仕事なのに、なぜ県民は無報酬のボランティアなのか)
・無償のボランティアは長続きしない、せめて食事や交通費の提供を。60歳以上の元気な団塊世代を取り込もう
・平城遷都1300年祭は、県民の意識を変えることに貢献できた。多くの方が奈良に訪れ、奈良県全体が活気に満ち、多くの県民は奈良県民であることを誇りに思ったことだろう
・多くの県民の熱い気持ちがみなぎっている今こそ、県民に語りかせ、賛同を得る絶好のチャンス、最も難しいと考えられてきた「県民参加」に県民が答えてくれる、絶好の機会
・今後とも、奈良県が日本人の心のふるさとであるとの誇りを持てるような仕組みが必要
以上、大所高所に立ち、さまざまな視点から貴重なご提言をいただいた。お話のあと、山岸さんに対し、質問や意見が寄せられた。後日の感想も含め、以下に紹介させていただく。
まず、観光に携わっておられる自治体職員のKさん(女性)。《山岸大志郎氏のお話は、観光の(ある意味)プロではない、地元が奈良ではない、という視点のもので、とても新鮮に思えました。なかでも、次のことが心に残りました。○民泊について 前回のサロンの講師、観光のプロの安村英明氏も、今回の(ある意味)観光の素人の山岸氏も共におっしゃったことなので、その必要性、可能性を実感しました。トイレとお風呂を改修すればそのまま使える、というのも、なるほど、と思いました》。山岸さんは「外国人に奈良のどんなものが売り物になりますか」との質問に、「なにもいらない、宿泊は民泊を推進しよう」と答えておられた。
《○ボランティアについて 「行政は給料をもらっているのに、県民はなぜ無報酬のボランティアなのか」 これは私たちにとって耳の痛い話ですが、その通りだ、と思います。ボランティアを募集する対象にもよりますが、ボランティアが集まりにくい分野にも人が集まるようになる、金銭のやり取りによってボランティア側にもより一層のやる気や責任感が出る、などの可能性があるでしょう。行政としては、財政難の折、さまざま分野でボランティアの助けを必要としています。時代とともに「ボランティア」の概念も変化してきています。今一度、ボランティアの在り方を考える時期にきているのかもしれない、と思いました》。
この「行政が募集するボランティア」については、実際のところ様々な異論がある。例えば「公立図書館ボランティア」。これは行政の本業だろうし、人手が足りないならパート職員を募集して対応すべきものだ。それを堂々と「図書館ボランティア募集」と広告しているのは疑問がある。しかし、それでも手を挙げる人がいるので、一概に「ボランティア募集は止めるべきだ」とも言えないのである。募集する「分野」「対象」による、というところか。なお山岸さんも指摘されていたが、ボランティアは「タダ働き」ではない。労働力は無償でご提供いただけるのだから、実費程度は必ずお払いすべきである(交通費実費、昼食費補助、ボランティア保険掛け金など)。
ボランティアについては、実際に県下でボランティア活動に参加しておられる吉田遊福さんからも、ご意見をいただいた。《自分の担当する仕事へのボランティアに対してどれだけの役人が、敬意を持って接する事をしているのでしょうか?税金からのお給料をいただいてする仕事と志しからのボランティアは、
どちらが偉いのでしょうか?そこに上下の関係があるのでしょうか?たまに場違いな世間知らずの無神経な態度、言動をよく目にし、耳にした事も有り、パブリック・サーバントのあり方の誤解が有る様です》。
《その反面、奈良を元気にするイベントの多くの裏方であるボランティアの人達の活動を目のあたりにし、共に行動すると自然に頭の下がる思いも多くあり、また、ボランティアに常時参加する人達は、多くの負担を家族にかけている問題は意外に知られていませんが、自分の事よりも家族よりも地元奈良を思い、熱意や地元愛がなければ、そして何より仲間出会い、共有する、創造する喜び無くして到底継続して出来るものではありません》。
吉田さんからは《交通手段としては、レンタカーなどが大切。競争すれば、適正価格に落ち着いていくだろう》と、「訪日外客向けレンタカー」に関するご提案をいただいた。かいつまんで紹介すると《欧米からの旅行者は、日本人に比べ、FIT(Free Independent Tour)のスタイルが圧倒的に多く、個人旅行を好む傾向に有り、基本的な大まかな行程を決め、インターネットを介して事前に予約、後は限られた現地での情報を頼りにその後の行く先を決め、宿を決め、やる事を決めたりするようです》。《不慣れで混雑している列車や運行便の少ないローカル線のバスよりも自由にまた家族や複数になると安価で観光地を回れる魅力もあります》。
《奈良市内から吉野を旅し、人気の高野山とを結ぶ様な発想も有り得ますし、工房街道を何日も探訪し、山間の民宿で日本の生活体験をするかも知れません。何よりも対応する必要に生じて、各地の観光地がそれに対応する言語化やサービス化にアップデイトの変化が起こせる様に思えます。もしくは、アレックス・カーさんの様にその地を心に感じ入り、住着く外国人の方もいるかもしれません》。
《奈良県の魅力創造課の「巡る奈良・歩く奈良」等との連携も相乗効果になります。そこを歩く為にはそこまでの足=交通機関が必要であり、奈良県の恵まれない交通環境(割高、運行便が稀)では、こういった機動力を考慮して初めて参加可能になります。また、今回の講演での御提案のように「点から線、線から面へ」と展開して行く為にも小さいながらも機能する仕組みが必要に感じます》《外国人が、レンタカーで、洞川辺りの山奥の温泉街を旅して、囲炉裏で地酒を飲みながら日本の感性に浸る国際交流観光するのも絵になる様に思います。大きなインフラを必要としない世界を視野に入れた情報戦略は不可欠です》。
報道機関で文化財担当記者をされているKさんのご意見。《以前から、奈良県内の観光地間の交通が不便だと感じてきた。観光地相互間のパイプを太くするというのは大賛成。定時で出るシャトルバスなどを奈良交通などが運営してくれるのが理想。空き農家の民宿転用は、インバウンド客誘致に効果があると思う。これだけ就職難の時代だから、人材は集められる。問題は採算をあわせることができるか。1300年祭を契機に、主体となる事業者が登場してくれることを期待する》。
前回講師の安村英明さんは「奈良でもゾーン的な観光が増えてきたので、その点は改善していると思う。サイクリングのモデルコースも設定されている」と発言された。確かにこの点は、
奈良新聞(1/11付)でも報じられていた。《環境に優しく、健康志向もあって人気を集めるサイクリング。県は広域的な周遊観光の手段として自転車の機能に着目し、大和平野を南北に縦断する既設の3本の大規模自転車道と連結する形で、総延長600キロメートルの広域周遊ネットワークを設定。新年度から3カ年かけて、案内誘導サインを取り付ける》。
私の発言は「奈良は、ミシュランの観光ガイドで3つ星をいただいてから、訪日外客が増えた。フランスで奈良の仏像展を開き、目利きのフランス人に評価していただきたいと思う。高い評価を得れば、全世界から奈良に向かう外客は著増することだろう」「1300年祭の最大の成果は、県民が『自分自身も観光振興のステークホルダー(利害関係者)だったのだ』と気づいたこと。それが県民の意識改革につながった」「あるシンポジウムでも声が上がっていたが、奈良のポスト1300年は、“一発当てたい”を合い言葉に、次の目玉を作ろう」。
幅広い観点から、様々なご提案をいただき、いろんな質問や意見が飛び出した。後半の懇親会(兼忘年会)でも、議論は続いていた。今回講師を務めていただいた山岸さんには、次回以降も、メンバーとしてご参加いただけると聞いている。回を重ねるごとにこの会も充実してきた。今度は2月頃、異色の講師をお招きしての開催を予定している。皆さん、お楽しみに。
山岸さん、遠方よりお運びいただき、貴重なお話を有難うございました! 今後とも、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。