tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

石園座多久虫玉神社は、高田市駅前の式内社

2012年06月20日 | 奈良にこだわる
石園座多久虫玉神社(いそのにますたくむしたまじんじゃ)は、近鉄南大阪線・高田市駅前(大和高田市片塩町)の神社である。駅のまん前だし、すぐ横を国道166号線が通るので、見かけた方は多いことだろう。大和高田市唯一の延喜式内社である。『奈良まほろばソムリエ検定 公式テキストブック』(山と渓谷社刊)によると、


 
《祭神=建玉依比古命(たけたまよりひこのみこと)、建玉依比売命(たけたまよりひめのみこと)、豊玉比古命(とよたまひこのみこと)、豊玉比売命(とよたまひめのみこと) 当社は、第三代安寧(あんねい)天皇片塩浮穴宮跡といわれる浄地に祭祀され、第十代崇神天皇の勅祭に預り、延喜の制には大社に列し、月次・新嘗の案上官幣に預った式内社である。祭神に関して『姓氏録』には「神魂命の子多久都玉命」とある。古来より竜王宮と呼び、干ばつの年には雨乞い祈願(一社相伝)が行われ、祈雨神、農耕神としても崇敬された》。戦後に改修工事が行われるまでは、高田川が神社のすぐ西側を流れていたので、水神的な要素が強いようだ。


境内には、保育園があった


社殿は平成2年、放火によって全焼し、その後再建された

『古事記』安寧天皇の条に「片塩(かたしお)の浮穴(うきあな)の宮に坐して、天の下治めたまひき」、『日本書紀』には「都を片塩に遷す。是を浮孔宮と謂ふ」とある。境内の案内板(大和高田市教育委員会)には「石園坐多久蟲玉神社は、大和高田市唯一の延喜式内社。祭神は建玉依彦命、建玉依姫命の二坐を祀る。本社が安寧天皇片塩浮孔宮跡と伝承されるのは、近くの三倉堂池から発掘された土器・木棺・埴輪・七鈴鏡(ひちれいきょう)などにより、弥生時代に続く古代農耕の開拓神として、宮跡と神社の結びつきが考えられる。 この神社は、古くから龍王宮と称えられ近郷の信仰が厚い」とある。





また別の境内案内板には《静御前ゆかりの地~石園坐多久蟲玉神社(龍王宮) 石園坐多久蟲玉神社 (龍王宮) は、延喜式神名帳に式内社「石園坐多久豆玉神社」と記されています。かつてこのあたり一帯が礒野領でした。これより600mほど西に行くと、静御前の母礒野禅尼の故郷である礒野村(現在大和高田市礒野町)です。白拍子となった静御前は、源義経に見初められ、やがて源頼朝に追われる身となります。捕らわれ鎌倉に送られた静御前は、頼朝の妻政子の情けにより京に帰ることができますが、心疲れて病気になり、母の故郷である大和高田市礒野に帰ってきます。静御前自ら病気平癒を祈った「笠神の杜」の明神さんは、現在この境内に移され祀られています。 短い生涯を終えた静御前の墓は、塚跡として礒野に残っています》。


清楚なガクアジサイが咲いていた

この神社で行われる御田植祭(おたうえさい)のことが、ブログ「奈良の風景と無形民俗文化財」に載っていた(本年4月8日)。《御田植祭というと山村の集落や田園地区というイメージがありますが、商業の町で知られる大和高田市でも行われます。その神社名は石園座多久虫玉神社で、地元では龍王宮として崇拝される神社です》《御田植の祭典は午前11時から拝殿の中で執り行われ、祝詞奏上や献撰などほぼ他の神社と同様に行われます》《あまり有名でないのか、カメラマンは私ともう一人だけ。それと地元の方と思しきビデオを撮影されていた方だけでした。また、祭典の終わりに良くある、御供まきがないからか、地元の参拝者もありませんでした。撮影の方は、そんなことでゆっくり好きな場所から撮影出来ます》。

駅前なので、近辺に出かけた折の途中下車して、気軽にお参りできる神社である。ぜひいちど、ご参拝いただきたい。
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南都銀行女子ホッケー選手 ロンドン五輪出場記者会見(2012Topic)

2012年06月19日 | お知らせ
※中央は植野康夫頭取、向かって左が眞鍋敬子選手、右が大塚志穂選手

6/14、日本ホッケー協会は、女子のロンドン五輪代表選手16人を発表した。奈良県からは、南都銀行所属の眞鍋敬子選手(25歳 東海学院大学卒)と大塚志穂選手(22歳 天理大学卒)が選ばれた。これに伴い昨日(6/18)、同行は「ロンドン五輪出場記者会見」を開催した(5/8には「ロンドン五輪出場権獲得報告記者会見」を開いている)。産経新聞奈良版(6/18付)《女子ホッケー代表選手 五輪へ意気込み 眞鍋選手「限界に挑戦の気持ち」 大塚選手「100%以上の力を発揮」》によると、


これら2枚は、5/26(土)天理市・親里ホッケー場で開かれた日本リーグ戦。右端が眞鍋選手

ロンドン五輪のホッケー女子日本代表「さくらジャパン」に代表入りした南都銀行所属の眞鍋敬子、大塚志穂の両選手が18日、奈良市の同行本店で会見し、五輪出場への意気込みを語った。さくらジャパンの五輪出場は3大会連続。日本ホッケー協会は14日、眞鍋、大塚の両選手を含む代表選手を発表している。

この日の会見で、眞鍋選手は「五輪が近づくにつれて、その偉大さを実感している。多くの人から応援や期待の言葉をかけてもらい、光栄に感じる」と笑顔。「出場するからにはメダルを狙いたいが、自分たちの限界に挑戦する気持ちで精いっぱい戦えば、結果はおのずとついてくると信じている」と話した。



右端が大塚選手

一方、大塚選手は「アテネ、北京を見て、絶対に五輪代表になるぞと練習してきた。やっと目標がかなった」と満足そうな様子。「選出されたことに満足せず、自分の持つ100%以上の力を発揮して戦いたい」と大舞台での活躍を誓った。同行の植野康夫頭取は「奈良の代表として、南都銀行の代表として活躍してほしい」と眞鍋、大塚の両選手を激励した。



植野頭取は「両選手は岐阜での強化合宿を終え、帰ってまいりましたので本日、代表決定の報告をするため、会見を開かせていただきました。当行としては8年前のアテネオリンピックで宮崎奈美選手が選出されて以来のことで、誠に嬉しい出来事であると思っています」「南都銀行そして日本の代表として、練習で培った力を存分に発揮してほしい」と激励した。

同行では両選手を激励するため、本店の三条通沿い駐車場の壁面に「垂れ幕」を、また東向商店街のアーケード2箇所に「横断幕」を掲げた。このほか、西大寺、生駒、天理、桜井、高田本町、橿原の6ヵ店にも垂れ幕や横断幕を掲げる。



両選手とも小柄ながら、強化合宿の筋トレの効果か、日に日にたくましくなってきた。会見の応対ぶりも元気で明るく、五輪出場のプレッシャーをフォローの風と、前向きにとらえているようで、これは期待が持てそうである。

6/20(水)午後2時半には奈良県庁を訪ね、知事と県会議長に挨拶する予定である。6/21からはまた合宿に入り、7/20までは練習と調整、7/22にはロンドンに向け出発する。ぜひ100%の力を出し切って、世界の強豪に挑んでほしいと思う。ガンバレ、眞鍋敬子選手!大塚志穂選手!
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観光は感動の創造:観光地奈良の勝ち残り戦略(60)

2012年06月18日 | 観光地奈良の勝ち残り戦略
※旅先で楽しみたい料理ベスト(夏のボーナスと外食・旅行に関する意識調査)

「NPO法人スマート観光推進機構」理事長の星乃勝さんから、メーリングリスト経由でこんな情報をいただいた。株式会社ぐるなびが実施したインターネット調査の結果発表である(太字は私がつけた)。

ぐるなびが「夏のボーナスと外食・旅行に関する意識調査」をされているのでご紹介したい。まず、夏のボーナスを全額自由に使える人の割合は、男性18.0%に対し、女性39.3%と高い。既婚者の場合、奥さんに任せているなどの影響もあるようだが、女性のほうが自由に振る舞える傾向が表れている。

夏のボーナスでの外食に関する意識では、家族へのご褒美・感謝は、男性39.2%に対し、女性29.9%。自分へのご褒美は、男性29.0%に対し、女性51.3%となっている。既婚者によって回答は異なるのだろうが、女性のほうが「自分へのご褒美」と意識する方が多いことが読み取れる。また、夏のボーナスで外食したくないと答えた方は、男性30.4%に対し、女性15.4%おられる。それでも、外食に対する予算は、普段の予算より2,206円アップして6,561円とほぼ5割アップになっている。

ボーナスが出ると旅行したい方が多い。旅行先でどのような料理を楽しみたいかの設問では、郷土料理・名物料理が69.7%、その土地の食材や名産物を使った料理が62.1%をしめている。

この結果は当たり前のように思われるかもしれないが、観光客の希望であって、料理を提供する側に、十分、伝わっていないのではないかと思う。郷土料理に使っている食材や調理法など、観光客は知らないことが多い。説明がなければ口にすることさえできない場合もある。宿の女将さんのちょっとした一言で、美味しくもなるものである。

別の調査によると、レストランでシェフが挨拶したり、料理に関する説明などのコミュニケーションがあると94.4%の人が、お店の印象が良くなると答えている。「食」は、食材が良くて、調理法が優れていればおいしい料理が提供されることに間違いはない。しかし、ここに「人とのコミュニケーション」が加えられて、感動が生まれ、よき想い出が生まれるのではないだろうか。「観光」は、この「感動」を求める行為であると言える。


うーん、なるほど。「観光」も「食」も感動を求める(期待する)行為であり、そこに「コミュニケーション」が加えられて完成する、とはまさに至言である。旅先で、郷土料理・名物料理や地場食材を使った料理が食べたいというのは、単に美味しいものを食べたいというのではなく、その土地の生活文化や歴史を味わいたいということであり、土地の人とコミュニケーションしたいということなのである。「奈良にうまいものなし」という誤解が広まったのは、もしかすると「大仏商法」という流言とペアになっているのかもしれない。

リーズナブルで美味しいものを食べたいのなら、大阪に行けばよい。雅(みやび)な雰囲気のなかで料理を味わいたいのであれば、京都に行けばよい。世界各国の料理を堪能したいのであれば、東京に行けばよいのである。「旅先で料理を楽しみたい」というのは、その土地の歴史文化と人情を味わいたいのである。その根幹を誤解していては、いくら「奈良のうまいもの」を掘り起こしても創造しても、意味がない。まさに「仏作って魂入れず」、私の言葉でいえば、そこには「愛」がないのである。



一昨年、バスで四国巡礼をした際、徳島県の山中でお昼になった。食堂に向かうバスのなかで、添乗員さんがしきりに「ここは何も美味しいものがありませんので、地粉(じごな)で打ったうどんを食べていただきます。申し訳ありません」とおっしゃる。

「地粉のうどんがいただけるのなら、十分ではないか」と思ってノレンをくぐると、果たして、しっかりと小麦の香りがする美味しいうどんとちらし寿司が出てきた。しかもうどんは「おかわり自由」であった。お店の方のお話もたっぷり聞けて、6日間のツアーのなかで最も印象に残った食事であった。添乗員さんは、旅行者にとって何が「ごちそう」なのかということを完全に誤解していたのである。



このツアーでは別の日にも、とある徳島県内の旅館で仲居さんが「ウチには名物料理がございませんので、せめて阿波踊りを踊られていただきます」とおっしゃり、お2人で見事な阿波踊りを披露してくださった。これも素晴らしい「ごちそう」であった。奈良県下で、こんな「おもてなし」ができているのだろうか。できていないから、「大仏商法」という陰口をたたかれるのではないか。

いろんなことを考えさせられるアンケート結果であった。星乃さん、有難うございました!
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奈良国立博物館の特別陳列・古事記の歩んできた道 7月16日(月)まで!(2012Topic)

2012年06月17日 | 記紀・万葉
奈良国立博物館では昨日(6/16)から、特別陳列「古事記の歩んできた道~古事記撰録1300年~」が開催されている。会期は7月16日(月・祝)までである。同館のHPによると、

平成24年(2012)は、和銅5年(712)に『古事記』が撰上されてから、ちょうど1300年の記念の年に当たります。『古事記』は、この国の建国の由来と、7世紀前半の推古天皇(554~628)までの歴代天皇のことを記した書物で、まとまった分量をもつ文献としては日本最古のものです。

その編纂は天武天皇(631?~686)の時代に始まり、一時の中断を経て、元明天皇の時代に完成しました。序文によれば、天皇の命を受けた太安萬侶(?~723)が、稗田阿礼(生没年不詳)の暗誦する文を筆録したといいます。この展覧会では、『古事記』の現存最古の本(真福本)をはじめとする諸写本、『古事記』編纂と同時代に書かれた文字資料、本居宣長をはじめ後世に『古事記』を研究した人々の著作、江戸時代末から明治期に出版された絵入り本などを展示し、『古事記』という書物が1300年にわたって歩んできた、その軌跡を描きます。



◆『古事記』のココに注目!「ヤマトはクニのまほろば」あの有名なフレーズや歌を、最古の写本でご覧いただけます。詳しくは(PDF.655KB)》 。

◆主な出陳品
重文 太安萬侶墓誌[おおのやすまろぼし] 奈良市此瀬町出土 文化庁
奈良時代 養老7年(723)
日本書紀 巻第十(残巻)

国宝 日本書紀 [にほんしょき] 巻第十(残巻) 当館
平安時代(9世紀)
古事記(梵舜本)

古事記(梵舜本) [こじき(ぼんしゅんぼん)] 國學院大學図書館
室町時代(16世紀)
古事記伝〈再稿本〉二十八之巻

重文 古事記伝[こじきでん]〈再稿本〉二十八之巻 本居宣長記念館
江戸時代(18世紀)

THE HARE OF INABA 個人蔵
近代 明治19年(1886)



こちらの2枚は藤岡家住宅の「国宝真福寺古事記展」。5/4撮影



仏像や仏教美術の印象が強い奈良国立博物館までが、こんな「古事記完成1300年」記念イベントを開催してくれるとは、心強いことである。私も先日、五條市近内町の藤岡家住宅(NPO法人うちのの館)の「国宝真福寺古事記展」で、古事記真福寺本のレプリカを拝見してきた(6/30まで)。五條ゆかりの部分のページを広げ、分かりやすい解説とともに展示されていた。

こんな展示が見られるのも、古事記イヤーのおかげである。ぜひ、お出ましいただきたい。


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奈良県産業の構造改革を! through ナント経済月報2012年6月号

2012年06月16日 | 奈良にこだわる
一般財団法人南都経済センターの「ナント経済月報」2012年6月号を拝読した。本号は、ずっしりと重い70ページ建ての豪華版であった。ベテランの山城満氏(主席研究員)、島田清彦氏(主席研究員)らが健筆を揮うとともに、若手の岡本忠氏(主任研究員)、吉村謙一氏(研究員)らの進展著しく、今後とも、ますますの充実が期待できそうである(月報の内容は、同センターのHPにも載っている)。

今回の特集は3本立てで、いずれも経済や産業に関わるものであった。まず目を引いたのは「2009年度県民経済計算から見た奈良県の産業構造」(島田清彦氏)である。以前、当ブログで島田さんの「統計データから見た奈良県の産業構造」という論文を引用し、「奈良県は、かんてき(七輪)経済」という記事にまとめたことがある。県民経済計算や産業連関表などの統計データから、県の産業構造を紹介した論文のなかで「奈良県は名目県内総生産など、経済関連の全国シェアは0.7%にすぎない」という記述があったことに着目し、私は「奈良県は1%経済ではなく、七厘(0.7%)経済だ」と紹介したのである。今回の島田論文冒頭の「ポイント」を引用する(青字)。黒字部分は私の補足である。

1.2009年度の人口1人当たり県民所得は241万円、90年度比で20.9%減少(減少幅は全国2位)。
1人当たり県民所得の「水準」は全国で30位、近畿で5位(最下位=6位は和歌山県)。減少幅の全国1位は富山県である。

2.県外からの所得(純)は、奈良県は9,056億円で全国5位、県民所得に占める県外からの所得(純)の割合は21%と埼玉県に次いで2位。
「県民所得」は、県民が県外で稼いだ所得も含まれる。県外からの純所得(県外との所得の受払により生じる差額)9,056億円は、和歌山県の4.1倍、滋賀県の20.8倍に達する。

3.県際収支比率は▲23.7%(赤字額8,138億円)と高知県に次いで赤字幅が大きい。
県際収支とは経済活動の自立性をみる指標で、国際収支に似ている。県際収支(国際収支)が赤字である県(国)は、他県(他国)からの移入額(輸入額)が多いことを示している。

4.企業所得6,456億円(1996年度比44.9%減)、製造業の総生産額4,447億円(同51.7%減)は、ともに減少幅(落ち込み度合い)が全国最大。
「県民所得に占める企業所得の割合」も、全国で46番目(ワースト2位)である。

5.1996年度比で産業全体が19.6%減少するなか、建設業が60.3%、農林水産業が45.4%減少、製造業が51.7%減少となっている。
製造業の大幅な落ち込みとは、残念なことである。個別にみると、機械(電気、一般輸送用とも)の落ち込み幅が大きく、金属製品、繊維、窯業・土石製品も、大幅に減少している。



うーん、最新の県民経済計算においても、こんな厳しい結果が出ていたのだ。一方、山城さんは「TPPを巡る日本・奈良県の産業構造問題」という論文を書かれた。TPPの問題点については、当ブログに「TPP賛成に大義なし」などの記事を書いたので、繰り返さない。山城論文末尾の「まとめ」を引用する。

TPP締結は、輸出産業の壊滅か、農業の壊滅かという議論になりがちであるが、様々な視野からの議論が必要である。それは当然として、もっと根本的な問題は、TPPとは別の次元で、日本の産業構造の変化が遅れている点であろう。

確かな技術力と開発力を持つ奈良県内の中小企業は、「リーマンショック」からもいち早く立ち直り、関税もものともしない(もちろん低い方が良いが)。そこには、何らかのイノベーションがあった。画期的な新製品開発といったものから、今まで取り組まなかった「セールス」に力を入れたといったことまで、常にチャレンジングである。

農業分野においてもそれは言えよう。近年、「安全な食材」「地産池消」に対する消費者ニーズが高まっているが、人々の生活の成熟化が進む中、それは一過性のブームではない。しかし、これに応えるべき体制整備がスローなテンポでしか進まない。奈良県の農業は、高齢化の進展に影響は受けるが、TPPという個別要因による影響は小さいのではないかとも思われる。林業にいても、農業においても、集約化が進まない、ブランドづくりや販売ルートの開拓のテンポが進まないといったことが、衰退の最大の要因と考えられる。

工業、農業に関わらず、このまま、事業の高度化、産業構造の高度化が滞れば、TPPという過激な要因が有っても無くっても衰退は進む。




6/9(土)、大和文華館で「奈良・再発見セミナー」があり、薬師寺の松久保執事は「奈良時代あれこれ」、私は「いまドキッ!の奈良」という講話をさせていただいた。そこで私は、ある団体が2010年に行った「奈良県経済に関する県民意識調査」 の結果のいくつかを引用した(奈良県在住者800人を対象としたネット調査)。そのなかで

1.「奈良県の経済・産業は」 衰退している 51%、発展・成長している 5%
2.「奈良県に活気は」  ない 72%、ある 10%
3.「奈良県の影は薄い(大阪や京都の存在が大きいから)」そう思う 86%、そう思わない 8%


というマイナス側面の結果を紹介したあとで、

4.「奈良県に誇りや愛情を感じる 」 そう思う 60%、そう思わない 20%
5.「奈良県を良くすることに貢献したい」 そう思う 67%、そう思わない 6%
6.「奈良県の変化を」 期待している 81%、期待したいがムリ 14%

というプラス側面の結果を発表して、「奈良県民はまだまだ捨てたものではない」と締めくくった。しかし、どうも前半のインパクトが強すぎたようで、講話に関する会場アンケートに「奈良の悲観的なアンケート結果はいかがなものでしょう、不快感を与えます」と書かれてしまった。

今回の島田論文・山城論文とも、奈良県経済・産業の問題点をズバリ抉り出している。とりわけ山城論文末尾の「工業、農業に関わらず、このまま、事業の高度化、産業構造の高度化が滞れば、TPPという過激な要因が有っても無くっても衰退は進む」という指摘は鋭いし、アンケートの「奈良県の経済・産業は衰退している 51%」「奈良県に活気はない 72%」も手厳しい。

しかし、「奈良県に誇りや愛情を感じる 60%」「奈良県の変化を期待している 81%」という回答には、大いに励まされる。奈良県にはチャレンジングな中小企業があるし、勤勉な農林事業者がいる。農林業の集約化、ブランドづくり、販売ルートの開拓といった問題点は、事業者も気づいているし、自治体の取り組みも進められている。

決して予断は許さないが、落胆している場合ではない。この手詰まり状況をブレイクスルー(突破)できるカギは観光業にある、と私は見ている。世界遺産が3件、国宝の仏像が70件、国宝建造物が64件・71棟、特別史跡が11件と、すべて全国トップの観光資源を持つ奈良県で、最大の地場産業になりうるのは観光業である。観光業は、関連する産業が多岐にわたり、波及効果も大きい。これを軸に、奈良県の産業構造を再構築すべきではないか。
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