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黄檗宗萬福寺の裏山は黄檗山という名であることを、この道標によって初めて知った。
寺には山号があって、比叡山延暦寺というように姓名のような格好だが、黄檗山萬福寺なのだな、たぶん。
念の為にネットで確認してみると、そのとおりであり『1661年に中国僧「隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師」によって開創されました』とある。
地図も見てみると萬福寺は正しく真西を向いて建てられていて、標識の立っているのはいびつな敷地の中のいちばん北だった。
北側山上の墓地の中に、広いけれど枠を囲う石組みがなくて、コンクリート塗りにした土葬の盛り上がりの前に墓石が1枚という質素な区画があった。
背後に植えられた木は大きく育っているし、手前の山梔子(くちなし)もいい感じだし、花の香る頃はさらに良いだろう。
墓地を降りてから直ぐの、ある家の庭先に白梅が咲いていて、その手前に柘榴(ざくろ)の実が真っ黒になってぶら下がっていた。
美しくなくて調和のない景色だけれど、お墓を徘徊した後だったので、悪くない風情だなと思って撮った。