12月11日産経新聞に正論大賞が載っておりました。
受賞者が平川祐弘氏。受賞の言葉がp14にあります。
昭和6年生まれの平川祐弘氏の受賞の言葉を引用したいのですが、
うん。全文引用しなきゃならない(笑)。
まあ、こちらは読もうとするなら、どなたでも今日読める。
ということで、引用したいのはやまやまながらカット。
ここでは、『精励恪勤(せいれいかっきん)』という
言葉がでてくる連載中の自伝から引用してみることに。
「当時の私は人事について家内に一言も話さなかった。
助手になってフランス語教室の態度がおよそ私に
好意的でないことがわかった。一年経った時、
他大学の助教授の口を勧める人もいたが、
私は、いや、それなら定年まで大学院比較文学
比較研究室の助手でもよろしい、
よそへは移らないと腹を決めた。
自分の力と他人を比べ、そう決めたら気が楽になった。
そして精励恪勤した。
30代当時の私が大学院生に及ぼした感化は、後年
50代の主任として及ぼした影響と大差はなかったかもしれない。
その助手を5年3ヵ月つとめた後、
助教授に昇格し東大に残ることに決まった。
予期せぬ事で耳を疑ったが、
その時も依子になにも言わなかった。
それだから、芳賀知子夫人からお祝いを言われて、
依子はなにがめでたいかわからず返事に窮した。
なにしろ本人がいたって明るく自信満々なので、
キャリヤーに蹉跌(さてつ)がある、などとは
身近な人も感じなかったのである。
『でも、それくらいは教えて下さっても
よかったのではありませんか』
と依子がすこし涙ぐんだ。」
( p358~359「月刊Hanada2020年5月号」 )