「大村はま国語教室」の資料篇4の、函の中には冊子が4冊。
中学校時代に、学校からのプリントを配布されているままに、
そのプリントを読んでいる気分になってきます。
はい。配布されたプリントを、おざなりに見ていた中学生でしたから、
今回もそんな感じでパラリ。『読書生活通信』という冊子を開きます。
『読書生活通信』No.1には日付があり「42.10.15」とあります。
一面の左上『指針』とあり、本居宣長の『うい山ぶみ』の言葉がある。
その引用は、佐々木治綱訳となっています。
うん。岩波文庫の本居宣長「うひ山ふみ・鈴屋答問録」は
短くって「うひ山ふみ」だけでも58ページほどですから、
短いので読んだことがありました。古典に触れた箇所など分からない。
それでも、短いし、易しそうな箇所を摘まみ読みしたことがあります。
そういうことで、ここはひとつ引用箇所を、原文にあたってみる。
だいたいの脈絡から、ここじゃないかなという箇所。
当時の本居宣長の謦咳に接しているような感じになります。
では引用。
「 初心のほどは、かたはしより文義を云々、 」
はい。この箇所は新書でいえば小見出しにあたるようです。
そのあとにこうつづきます。
「 文義の心得がたきところを、はじめより、
一々に解せんとしては、とどこほりて、すまぬこともあれば、
聞こえぬところは、まづそのままにて過すぞよき。
殊に世に難き事にしたるふしぶしを、まずしらんとするは、
いといとわろし、ただよく聞えたる所に、心をつけて、深く味ふべき也。
こはよく聞えたる事也と思ひて、なほざりに見過せば、
すべてこまかなる意味もしられず、
又おほく心得たがひの有て、いつまでも其誤りをえさとらざる事有也。」
( p39~40 岩波文庫 )
はい。大村はま先生は『読書生活通信』をはじめるにあたって、
本居宣長の『うい山ぶみ』を指針とし、掲げてあったのでした。
実際の通信は、佐々木治綱訳です。そちらも引用しておきます。
「どの書物を読むといっても、学び初めのころは、
片っぱしから文章の意味を理解しようとしないほうがよい。
まずだいたいにざっと見て、他の書物を見、あれやこれやと読んでは、
また以前読んだ書物に返りながら、何べんも読むうちには、
始めにわからなかったことが、少しずつわかるようになってゆくものである。
これらの書物を何べんも読むうちには、その他の読むべき書物のことも、
研究法についても、だんだん自分の考えができてくるものであるから、
それからあとのことは、いちいちさとし教えるに及ばない。 」
はい。私は中学生となって、大村はま先生の国語教室に、
今は、はじめからやり直し通おうと思っているのでした。
ということで、思う浮ぶ詩を引用しておわることに。
いま 杉山平一
もうおそい ということは
人生にはないのだ
おくれて
行列のうしろに立ったのに
ふと 気がつくと
うしろにもう行列が続いている
終りはいつも はじまりである
人生にあるのは
いつも 今である
今だ
そういえば、『うひ山ふみ』のはじめの方には
こんな箇所もありましたね。
「・・又晩学の人も、つとめはげめば、思ひの外功をなすことあり。
又暇(いとま)のなき人も、思ひの外、
いとま多き人よりも、功をなすもの也。
されば才のともしきや、学ぶ事の晩(おそ)きや、
暇(いとま)のなきやによりて、
思ひくづをれて、止(やむ)ることなかれ。・・・ 」
( p15 岩波文庫 )