「日本わらべ歌全集18上」(柳原書店)は「兵庫のわらべ歌」でした。
長めのわらべ歌があるのですが、ここには短かいわらべ歌を並べます。
だるまさん だるまさん ( 顔遊び )
① だるまさん だるまさん
② にらみやこ しましょ
③ 笑ったもんは 負けで
➃ 笑わんもんが 勝ちで
⑤ ウントコドッコイショ
( 美方郡温泉町塩山 )p100
注: 各行ごとに、注がありました。
① 『 恵比須さんさんと大黒さんと 』とも (伊丹市)
② 県下全域で若い人の場合『 にらめっこ 』が多い。
尼崎市・伊丹市・芦屋市では『 にらみっこ 』。
③ 姫路市・加古川市・神戸市・伊丹市・
芦屋市・尼崎市では 『 笑(わろ)たら 』。
但馬・丹波地方では『 笑(わら)ったら 』。
➃ 他地域では、この文句はほとんどない。
⑤ 『 アップップ 』『 エンプラプのプ 』などがある。
夕焼けをとりあげた歌には、こんな説明文がありました。
「 秋の夕焼けは美しく印象的。六甲山をもつ
摂津から播州にかけて、よくうたわれている。 」
山焼ける ( 夕焼け ) ( p146 )
山焼ける 猪(しし)踊る
猿が豆食って のどキッキ
( 加古川市加古川町 )
いろいろな『 ねかせ歌 』を読むことができました。
短いけれどひとつだけ選ぶとしたら、これでしょうか。
ねんねんよ ( ねかせ歌 )
ねんねんよ ねんねんよ
ねんねんよいよい よいよいよ
( 美方郡温泉町桐岡 )p192
はい。この解説が印象に残ります。
「 子守歌の中でも、もっとも素朴で一番子守歌らしいものであろう。
ただいとし子の安らかなねむりのみを願ってうたう母親にしても、
いっときも早くねむらせて遊びに出たいと願う守り子にしても、
その美しい心情がそのまま結晶した歌といってもよく、
この曲にはほかの歌詞など無用であると主張しているようだ。
時には『 よいよいよー、よいよいよ、
よいよいよいよ、よいよいよー 』
ともうたわれる。 」(p194)
巻末の、あとがきは長谷坂栄治氏。
「 ・・兵庫県は何といっても広く、地形は複雑、
文化的にも様相を異にする多くの地域をもっており、
採集・採譜に長い時間を要することになってしまった。 」(p243)
とあります。最後の長谷坂栄治氏の著者略歴を見ると、
「 昭和9年兵庫県に生まれる。」とあり。
「 兵庫県温泉町立照来中学校教諭 」
この本が出版された昭和62年の時の現住所が
「 兵庫県美方郡温泉町桐岡・・ 」となっております。
その地域の守り子歌の採集が充実しております。
その説明文にも、採集での誠実さが伝わるようです。
長谷坂氏の文を引用。
「 兵庫県北部の但馬地方は、江戸時代から、
冬季雪のある間出稼ぎに出る者が多かった。
大和の福貴(ふき)、丹波の山奥へ
凍り豆腐(高野豆腐)を作りに出たり、
灘や伏見など西日本各地へ
杜氏(とうじ)として酒造りに出かける。
若い娘や子供たちも例外でなく、娘は女中奉公、
子供も七、八歳になると男の子は近くの村へ牛飼い奉公に、
女の子は子守奉公に出て、口減らしをしたという。
小さい間は近くの村へ、少し大きくなると、
鳥取や京阪神方面まで子守奉公に出たそうである。 」(p226)
こうして、本の最後の方では「子守歌」が採集されているのですが、
それを読んでいると、積雪の心情が降り積もっているかのようです。
ここは、よくばって最後に引用したいのが、
「 輪遊び 」の歌と、その遊びの場の説明文。
ひらいたひらいた ( 輪遊び )
ひらいたひらいた 何の花がひらいた
蓮華(れんげ)の花がひらいた
ひらいたと思ったら いつのまにかすぼんだ
すぼんだすぼんだ 何の花がすぼんだ
蓮華の花がすぼんだ
すぼんだと思ったら いつのまにかひらいた
( 姫路市糸引区伊伝居 )
「 江戸末期の行智編『童謡集』にも類歌を見る古い歌である。
子供たちが輪になって手をつなぎ、
『 ひらいたひらいた ・・・ 』で輪を大きくして回り、
『 いつのまにかすぼんだ 』では真ん中に寄って花の蕾をあらわす。
二番目ではその反対になる。
蓮華の花は蓮(はす)の花であるが、地方によって
『 さくら花 』『 げんげの花 』『 牡丹の花 』
などとうたうところもある。
【類歌】
れんげ れんげ。つゥぼんだ つゥぼんだ。
やッとことッちや つぼんだ。
ひらいた ひらいた。
やッとことッちや ひらいた ひらいた (「童謡集」)
【参考歌】
れんげつもか、花つもか、
今年のれんげは よう咲くれんげ (神戸市垂水区) 」
( p134 )
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