林道拡張工事が進行し、環境が激変しつつある富士北麓の森。その森の存在は信頼できる仲間たちにしか知らせていなかったが、この林道工事によって森が消滅してしまう可能性も出てきたため、昨年秋に山梨県山岳連盟の自然保護グループにこの森のことを知らせ、保護に乗り出していただくようにお願いした。今回はその森の現状調査と食害調査のため、山梨県山岳連盟会長様、自然保護グループの方たち、さらに山岳レインジャー隊の方たちとともにこの森を訪れてみることとなった。総勢10数名という大人数で森に入るのはかなり気が引けたし、この森の存在を教えていただいた方にもたいへん申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、状況が状況だけに止むを得ないだろう。今回は講師ということで引率させていただいた。
現在の林道工事最終地点。今回はここまでのようだが、その先の森の中にも調査用の道が延び、さらに上の森は伐採が進んでいる。おそらく何年か後にはさらに延長される可能性が高い。
森に入るとスズムシソウが咲いていた。林道工事で犠牲になったものもある。
スズムシソウ
さらに奥に入るとアオフタバランの葉がいっぱい。
森の小人も今のところは元気に花を咲かせている。
別尾根に登って今度はススキ野原の中をガサガサと探す。見たかったのは紫色の花。ここは別の花を探しに行って偶然迷い込んだ場所で、鹿の踏み跡が多数あり存在を危ぶんでいたのだが、どうやら生き残って咲いていてくれたようだ。数は少し減っているように感じる。
サンショウバラが斜面を彩る。
探していたのはこれ。甲斐・ジン・ドウ。
初めて見た時は「変わったヒイラギソウだな?」と思った。
カイ・ジン・ドウ。
ススキ野原の中にはアヤメもちらほら。
さらに場所を変えてサカネランを探しに行く。雑木林が伐採されていて森が明るくなり、乾燥化が始まっている。果たしてこの状況で咲いていてくれるのかどうか?切り倒された木の枝の下になんとか咲いてくれたようだ。しかし、来年からは危ない環境にあると思う。
切り倒された雑木林。すっかり明るくなって日が射し込むようになってしまった。これでは森が乾燥してしまう。
もう終盤だが、サカネラン。
サカネラン
帰る途中で見つけたクモキリソウ。踏んだのは人では無くて鹿。しかたない??
登山家が多い山岳連盟主催の観察会であったが、今回は完全に私のペースで歩いていただいた。しかし、参加者にはそれなりに喜んでいただけたようだし、自然保護の大切さについても十分に理解していただけたと思う。参加者皆が思ったことは、この林道拡張工事は本当に必要なものなのかどうかということだった。聞くところによると林道最終地点あたりが公園になって、大規模災害時の避難施設も建築されるらしい。さらにこの先も新たな工事が進むことは間違いなく、なんとか森を守って行くか、共存して行く方法を考えなければならないだろう。
現在の林道工事最終地点。今回はここまでのようだが、その先の森の中にも調査用の道が延び、さらに上の森は伐採が進んでいる。おそらく何年か後にはさらに延長される可能性が高い。
森に入るとスズムシソウが咲いていた。林道工事で犠牲になったものもある。
スズムシソウ
さらに奥に入るとアオフタバランの葉がいっぱい。
森の小人も今のところは元気に花を咲かせている。
別尾根に登って今度はススキ野原の中をガサガサと探す。見たかったのは紫色の花。ここは別の花を探しに行って偶然迷い込んだ場所で、鹿の踏み跡が多数あり存在を危ぶんでいたのだが、どうやら生き残って咲いていてくれたようだ。数は少し減っているように感じる。
サンショウバラが斜面を彩る。
探していたのはこれ。甲斐・ジン・ドウ。
初めて見た時は「変わったヒイラギソウだな?」と思った。
カイ・ジン・ドウ。
ススキ野原の中にはアヤメもちらほら。
さらに場所を変えてサカネランを探しに行く。雑木林が伐採されていて森が明るくなり、乾燥化が始まっている。果たしてこの状況で咲いていてくれるのかどうか?切り倒された木の枝の下になんとか咲いてくれたようだ。しかし、来年からは危ない環境にあると思う。
切り倒された雑木林。すっかり明るくなって日が射し込むようになってしまった。これでは森が乾燥してしまう。
もう終盤だが、サカネラン。
サカネラン
帰る途中で見つけたクモキリソウ。踏んだのは人では無くて鹿。しかたない??
登山家が多い山岳連盟主催の観察会であったが、今回は完全に私のペースで歩いていただいた。しかし、参加者にはそれなりに喜んでいただけたようだし、自然保護の大切さについても十分に理解していただけたと思う。参加者皆が思ったことは、この林道拡張工事は本当に必要なものなのかどうかということだった。聞くところによると林道最終地点あたりが公園になって、大規模災害時の避難施設も建築されるらしい。さらにこの先も新たな工事が進むことは間違いなく、なんとか森を守って行くか、共存して行く方法を考えなければならないだろう。