平成19年11月10日 天候曇り時々雨
9月1日に社会保険山梨病院のメンバーを中心に総勢18人で建てた茅ヶ岳の山梨百名山の標柱は10月中旬、何者かによって引き抜かれてしまった。私のところに連絡が入ったのは10月21日、山ショップエルクの口伝え情報やメール、電話など、複数の方から連絡をいただいた。その後、山梨県の山岳愛好家の方たち複数が山頂周辺の標柱探しをしてくれて、金ヶ岳方面に行く斜面の途中に捨てられているのを発見し、連絡してくれた。さっそく10月28日、別の山に行く予定を変更して男性3人、女性3人で茅ヶ岳に登り、ザイルを巻きつけて急斜面から標柱を引きずり上げ、山頂裏側の斜面に隠してきた。
前回はセメント20kgで簡単に抜かれてしまったため、今度は50kgで固めることにした。エルクを拠点として事前に荷揚げを開始、エルク店員らがセメント30kgと水7リットルあまり、私がセメント15kgと水3リットルほど、さらに私のホームページを愛読くださっているこばとしさん(この時点ではまだお会いしたことがなかった)がセメント5kgと水7リットルを荷揚げしてくれ、計セメント50kg、水17リットルの荷揚げが完了した。あとは穴を掘りなおして石とセメントで固めるだけだ。この話を聞きつけた新聞社数社が新聞に記事を載せてくれたため、私も少し有名人になってしまった。
さて、標柱再建決行は11月10日(土)に設定し、ホームページやメールで有志に告知し、メンバーを集う。病院メンバーはその日の午後から創立記念会の行事が入っているため私を含めて5人となったが、その他に前回にも増して強力な助っ人がたくさん集まってくれた。先日茅ヶ岳100回登頂を達成した斉藤さん、私のホームページで知り合った山口さん、私と同じ町内会の山男神宮寺さん、そして今回山頂で初対面となるこばとしさんなど、体力・技術とも私の遥か上を行く人たちがたくさん集まってくれた。足の遅い私たち病院グループは病院前4時半集合で5時半から登り始めた。他の人たちは足が速いので山頂8時集合とした。案の定、山頂まであと15分ほどのところでYm先生が追いついてきた。さらに山頂に到着した7時45分ごろからは続々とメンバーが到着、8時前には全員がそろって作業が始まる。こばとしさんが持ってきてくれた穴掘りの道具はものすごい威力を発揮し、前回ツルハシとスコップで苦労して掘った穴を簡単に掘ってしまった。さらにセメントの詰め方が甘かったという反省を踏まえて、今回はあらかじめ小石をセメントに混ぜて標柱周辺に流し込み、ピックでつついて隙間なく詰め込み、しっかりと固定した。大石・小石とセメントを合わせると70kgの重量で固定されているため、鋸で切り取られない限りは引き抜かれることはないだろう。手際良い作業のおかげで1時間かからずに作業は終了した。私が山頂でやったことといえば…小石を拾い集めたこととカップラーメン用のお湯を沸かしたくらいだ。
標柱再建作業 手際良く作業が進む
再建された茅ヶ岳標柱 セメントと石で計約70kgで固める
標柱再建し、記念撮影
非力な私に皆さんご協力下さり、本当にありがとうございました。標柱は年に数回腐らないようにニスを塗りに行くようにします。何かありましたらご連絡お願いします。ご協力いただいた皆様、ご苦労さまでした。
9月1日に社会保険山梨病院のメンバーを中心に総勢18人で建てた茅ヶ岳の山梨百名山の標柱は10月中旬、何者かによって引き抜かれてしまった。私のところに連絡が入ったのは10月21日、山ショップエルクの口伝え情報やメール、電話など、複数の方から連絡をいただいた。その後、山梨県の山岳愛好家の方たち複数が山頂周辺の標柱探しをしてくれて、金ヶ岳方面に行く斜面の途中に捨てられているのを発見し、連絡してくれた。さっそく10月28日、別の山に行く予定を変更して男性3人、女性3人で茅ヶ岳に登り、ザイルを巻きつけて急斜面から標柱を引きずり上げ、山頂裏側の斜面に隠してきた。
前回はセメント20kgで簡単に抜かれてしまったため、今度は50kgで固めることにした。エルクを拠点として事前に荷揚げを開始、エルク店員らがセメント30kgと水7リットルあまり、私がセメント15kgと水3リットルほど、さらに私のホームページを愛読くださっているこばとしさん(この時点ではまだお会いしたことがなかった)がセメント5kgと水7リットルを荷揚げしてくれ、計セメント50kg、水17リットルの荷揚げが完了した。あとは穴を掘りなおして石とセメントで固めるだけだ。この話を聞きつけた新聞社数社が新聞に記事を載せてくれたため、私も少し有名人になってしまった。
さて、標柱再建決行は11月10日(土)に設定し、ホームページやメールで有志に告知し、メンバーを集う。病院メンバーはその日の午後から創立記念会の行事が入っているため私を含めて5人となったが、その他に前回にも増して強力な助っ人がたくさん集まってくれた。先日茅ヶ岳100回登頂を達成した斉藤さん、私のホームページで知り合った山口さん、私と同じ町内会の山男神宮寺さん、そして今回山頂で初対面となるこばとしさんなど、体力・技術とも私の遥か上を行く人たちがたくさん集まってくれた。足の遅い私たち病院グループは病院前4時半集合で5時半から登り始めた。他の人たちは足が速いので山頂8時集合とした。案の定、山頂まであと15分ほどのところでYm先生が追いついてきた。さらに山頂に到着した7時45分ごろからは続々とメンバーが到着、8時前には全員がそろって作業が始まる。こばとしさんが持ってきてくれた穴掘りの道具はものすごい威力を発揮し、前回ツルハシとスコップで苦労して掘った穴を簡単に掘ってしまった。さらにセメントの詰め方が甘かったという反省を踏まえて、今回はあらかじめ小石をセメントに混ぜて標柱周辺に流し込み、ピックでつついて隙間なく詰め込み、しっかりと固定した。大石・小石とセメントを合わせると70kgの重量で固定されているため、鋸で切り取られない限りは引き抜かれることはないだろう。手際良い作業のおかげで1時間かからずに作業は終了した。私が山頂でやったことといえば…小石を拾い集めたこととカップラーメン用のお湯を沸かしたくらいだ。
標柱再建作業 手際良く作業が進む
再建された茅ヶ岳標柱 セメントと石で計約70kgで固める
標柱再建し、記念撮影
非力な私に皆さんご協力下さり、本当にありがとうございました。標柱は年に数回腐らないようにニスを塗りに行くようにします。何かありましたらご連絡お願いします。ご協力いただいた皆様、ご苦労さまでした。
レポが出来ましたのでご覧下さい。
http://nozomunew.web.fc2.com/nozomunew.htm
にもこのページを紹介させて下さい。
私が得意げに記念撮影をしている百名山の標柱にもこのようにご苦労をされている方がいらっしゃるのですね。
まだ、1月2日の茅ヶ岳レポはできあがっておりませんので、許可をいただけたらアップしようと思います。私のHPの掲示板かメールにご連絡下さい。
もう、倒すようなことをされる方は現れないと信じています。また、いつか茅ケ岳に登ることがあると思いますが、そのときに寒い中での再建作業や完成したとき皆で喜んだ光景を、標柱を眺めながら懐かしく思い出すでしょう。
上諏訪からスーパーあずさの車窓から茅ヶ岳の方を眺めながら当日甲府に戻りました。
兎に角、免許を御上に預けてある事が行動を制限されています。12月 5日が解禁です。
勢い余って、土曜日、茅が岳行ってきました。
しっかりとコンクリートで固定されていましたよ!
今度は大丈夫ですね。
ヨッシーさんたちや、メ-プルクラブさんたちのお陰で、標柱記念写真が撮れると思うと、頭が下がります。
ありがとうございました。
準備やら回収やら何度も足を運ばれて大変でしたね。
翌週は観音峠から曲岳~升形山~黒富士~鬼頬山を歩いてきました。この時は黒富士の山頂標識を取り替えたというグループと会いました。吉野さんたちかと思ったら別の方々でした。皆さん本当にご苦労様です。黒富士は一番最初にニュー標識拝見してきましたよ。
茅ヶ岳も寄りたかったのですが、今回は行けませんでした。またいつか行ってみたいと思っています。