後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

田舎暮らしの困難さ

2008年07月28日 | うんちく・小ネタ

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(左は鬼家山荘で右は筆者の「山林の中の小屋」。夏の樹木に囲まれた様子)

このグログの指導者の鬼家雅雄さんが最近以下の記事をご自分のブログで発表されています。まずご一読下さい。

=========鬼家さんの記事============

私は横浜生まれの横浜育ちですが、自然に憧れて30年前に土地を買い自分で小さな家を建てました。
皆さんの中にも、定年後は田舎に土地を買い、家を建てて畑で野菜を作り、
・・・自然の中で楽しい生活を夢見ている方もいると思います。
しかし最近田舎暮らしを止めて、近所から引越して行った夫婦が3組居ます。彼らも自然に憧れ、夢を持って、この田舎に来たのだと思います。
でも、現実はそれほど甘くはありません。夫婦が健康なうちは良いのですがどちらかが病気になると最悪です。
特に、自動車の運転できる方が病気になると、田舎では生活できなくなります。
そして、夢をみた田舎暮らしも数年後には撤退することになりかねません。
定年後、田舎に住むことの難しさを見せ付けられている近頃です。

また、住みにくいこともあります。住民が老人ばかりの田舎に越してきますと、健康保険税、介護保険料など都会と違いましたもの凄く高くてびっくりします。
一人暮らしの老人についても、市は台帳の上では把握していましても、何処に住んでいるのかまでは把握していないようです。
私も後何ヵ月後に70歳になりますが、多分70歳になっても福祉関係の方は訪ねてこないと思います。
地震、台風などの災害時にも北杜市は何もしてくれないでしょうね。
閉局したアマチュア無線局の再開も考えています。

====前文を省略し、語句を少し変えました。すみません=======

小生も鬼家さんの山荘より奥の山林の中に小屋を持っていて時々泊まりにゆきます。生活の厳しさが想像以上です。何時も2泊、3泊で、大げさに言えば、命からがら逃げ帰ってきます。

小屋に着いたあと数時間は自然の美しさ、清流の眺めで感動しますが、一夜明けるとなにか疲れがたまります。電気はあるのですが、夏の樹木に囲まれていると漆黒の夜が怖いのです。隣の鬼家山荘までは真っ暗な林の中を数百メートルも手探りで行かねばなりません。

そのような所に独りでゆうゆうと定住している鬼家雅雄さんの勇気と明るさに感心しています。

田舎暮らしを計画中の方々は慎重にしましょう。一般的には田舎暮らしの雑誌や本を読んで楽しむだけがお勧めです。(終わり)


ロシアの戦死者2450万人を忘れないようにしよう

2008年07月28日 | 国際・政治

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(鎮魂のため白い槿の花を供えます 

日本では第二次大戦の豪華な写真集や総合的な記録の豪華本が良く出版されます。しかしその編集があまりにも日本の関わった戦争にばかりに集中し、世界全体で何が起きたかという視点が無さすぎると思います。

良く売れる豪華写真集は「如何に日本が華々しく戦ったか」そして「アメリカの沖縄上陸、本土焼滅爆撃の悲惨」という2つの視点のものが大多数です。しかも日本の素晴らしい戦果のページが多いのです。しかし、日本と枢軸同盟を結んでいたドイツが何をして、どのように負けたかの情報が全然付いていないのです。

ドイツがロシアへ進撃し、優秀な人間や若者の民間人を選んで1000万人銃殺した事実を日本人はあまり知っていません。この話をすると驚く人が多いのです。

第二次大戦でロシアの戦死者は1450万人。民間人の1000万人と合計すると2450万人です。これに対してドイツの戦死者は280万人、民間人の死者が230万人で合計510万人です。

戦争に勝ったロシアが2450万人死に、負けたドイツが510万人死にました。これらの数字は正確には調べようもありません。(ここで用いた死者の数の出典:http://www.geocities.jp/wdbkwy/wdyhmfwys29.html これには日本の戦死者数もでている)

日本ではドイツによる、「ユダヤ人の大量殺戮」のみがよく取り上げられますが、ロシアの民間人の大量殺戮もしたのです。その事を忘れては、歴史を理解する場合の公平性に欠けると思います。

ドイツと同盟した日本がシベリアの脅威になっていたのは事実です。そのお陰で、ドイツの侵入・殺戮を容易にしたと考えるのは自然なことです。日本の枢軸同盟のお陰で多数のロシア人が殺されたとロシア人は思っているでしょう。

シベリア抑留は日本人もドイツ人もやられました。ドイツ人のほうが多数で過酷であったそうです。

何故シベリア抑留が起きたか論理的に考える必要があります。

シベリア抑留は無理無体、無法の極み!残酷なロシアの政策!と、いくら非難しても足りないと思います。全くけしからん話です。

また戦後ロシアが頑なに鉄のカーテンを張り廻らせ東西間に緊張が続きました。

しかし、抑留も鉄のカーテンもみな2450万人の死者が原因の一つです。

共産主義は間違っています。でもロシアの冷酷な政策は2450万人の死者を忘れては理解出来ません。

こんな暗い、悲惨な人間の歴史の話の最後に、実に明るい話をご紹介します。

元日本兵の木内信夫さんがシベリア抑留中に描いたスケッチ風の絵画集がインターネットで世界中へ公開されています。http://kiuchi.jpn.org/nobindex.htmです。

数ヶ国語の翻訳つきです。いろいろな国の人々から感動したという投稿が英語であります。絵画の主題は人々の友情や抑留生活中のユーモアある風景が多いのです。極限状態でも人間を信じ、ユーモアを忘れない木内信夫さんの勇気にみな感動してコメントを送るのです。ロシア人の謝罪と戦争反対のコメントはせつせつとして心にしみます。人類の善意と相互理解の可能性を信じ、明るい気持ちで筆を置きます。(終わり)