アメリカ中部オハイオの夏、雑木林の中の河をアルミ製のカヌーで流れ下る。ちょっとした料金を支払って、上流で借り、10kmほど下流に舟をつける。出発場所に駐車した車のところへはシャトルバスで送ってくれる。
緩やかな流れなので鼻歌まじりで出発。ところがしばらくすると急に流れが速くなる。怖い!と思った瞬間、見事に転覆する。転覆すると思っていなかったのであわてて泳ぐ。と、手足が川底を叩く。膝くらいしかない浅瀬であった。独り苦笑いをしてカヌーをひっくり返し、水を出し、正常な状態に浮かべる。余裕がでて周りを見ると、後から来るカヌーが皆転覆している。悲鳴を上げて泳いで、立って、大笑いしている。
此処は急に流れが渦巻いて例外なく転覆するところである。すぐ浅瀬になるので危険は無い。一度ずぶ濡れになると怖い物が無い。しばらく下ると、岸の樹の幹に「乾いたタバコ有ります!」という看板がある。周りにはなにも無い。1990年当時は嫌煙運動もあまり盛んでなく男女を問わずよくタバコを吸っていた。つい乾いたタバコが欲しくなる。でも店など見えない。そんな看板がとぎれ、とぎれに3枚続いて、やっと岸辺に小さなコーヒーショップが見えてきた。ずぶ濡れのお客がカヌーを着けて、タバコをふかしながら、コーヒーを飲んでいる。
熱いコーヒーで元気が出る。また河下り。ところが今度は座礁する。櫂で河底を突いてもビクともしない。また河に降りて、舟を押して浅瀬を通過する。と、すぐに流れが2股に分かれている。さあ、どっちの流れに入れば下流の船着場へ行けるか? 皆目検討がつかない。周囲は雑木林で見通しが利かない。道案内の看板など一切無い。
間違った流れに入ると滝にでも行き着くのかもしれない。恐怖で顔が青くなるのが自分で分かる。舟は無常にも頓着なく流れて下る。ままよ、どうにでもなれ!と左の流れに入る。でも恐怖で顔がこわばる。1km位我慢して櫂を操っていた。なんとそこで2つの川が合流しているではないか!つまり、どちらでも良かったのだ。
船着場にカヌーを着けると、若い男がニヤニヤしながら手を引っ張ってくれる。「スリル満点で面白かったでしょう!」と言う。
出発する時、コースの説明書などは一切くれない。ただ、「アメリカ合衆国の憲法によると必ず救命ジャケットを着ること」、と冗談を言いながら着せて、紐が解けないように堅結びをしてくれる。
遊びにには多少危険が伴った方が面白い。リスクは自分の責任で回避する。遊びを提供している業者には責任が無い。
銃を持つ自由と、その危険の回避は個人の責任という文化をカヌー遊びで実感した。ささやかなエピソードだが、自分にとっては衝撃的なアメリカ文化の体験だった。(終わり)