後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

使ってはいけない日本語

2008年07月12日 | 日記・エッセイ・コラム

日本人は日本語を使う。当然と言えば当然だが、使う人々の言葉へ対する考え方はいろいろ。大別すると三つになります。

1)言葉には思い出や連想がまとわり着いているので他人に悪いことを思い出させる言葉は使わない。

2)言葉は独立して悪魔になってしまった言葉があるので、その言葉を自分も他人も使うことへ反対する。

3)西欧合理主義から考えると言葉はそれ自体、神にも悪魔にもなれない。人間の使う単なる道具に過ぎない。それに連想や思い出をまとわり着かせるのは言葉の便利な機能を阻害させるのでしてはいけないことだ。

皆様はどの分類に入りますでしょうか? 1)と2)の境界はあいまいな場合が多く、3)の立場ほど判然とはしませんね。

日本語では、1)や2)に考えられる言葉は成るべく使わないようにするのが良いと思います。他人の心を傷つけるかも知れないからです。

例を挙げます。原子力、愛国心、靖国、大東亜共栄圏、満州、支那、陸軍、海軍、軍艦、戦闘機、などなど第二次世界大戦の間に盛んに使われた言葉は使ってはいけない言葉です。それが証拠に我が国の自衛隊では海軍や陸軍という言葉は禁句です。新聞でも満州、支那、陸軍、海軍、軍艦、戦闘機、などはあまり使われません。

しかしアメリカ人は、海上自衛隊はNavey、陸上自衛隊はArmyといいます。言葉の機能が欧米とは違う日本文化を理解出来ないからでしょう。

愛国心や原子力発電を取り上げたので、こんな感想を書いてみました。(終わり)


竹西寛子「五十鈴川の鴨」、そして原子力発電(続き)

2008年07月12日 | 日記・エッセイ・コラム

福井県敦賀市の郊外に「文殊」という原子炉がある。新型の原子力発電炉である。

10年以上前に液体ナトリューム漏れを起こし、少しの放射性物質が工場の外へ排出された。死傷者は居なかった。高温工業ではよくある軽微な事故である。

当時、原子力関係の仕事をしていたので事故現場を3度ほど見学した。後で見る限り工場施設の損傷も小さい。大騒ぎするのがおかしい。

しかし、新聞が原子力発電に対して大反対キャンペーンを繰り広げる。革新系の市会議員や県会議員がここぞとばかり大反対闘争を始める。人々の感情を煽り、選挙の時の票を集めようとする。反対論は科学抜きの感情論ばかりである。それ以来、文殊は10年以上も運転再開の政治的決定を待っている。何千億円という巨額の税金を浪費しながら。

「ああ、この国では科学は発展しない!!」と暗澹たる気持ちになったものである。

竹西寛子の「五十鈴川の鴨」を読み、久しぶりに文殊の事故を思い出した。そして小説に出てくる岸部には原子力発電に反対する権利がある。と、思う。何故かは知らぬが、そんな思いになる。しかし岸部は寡黙を守って死んで行った。原爆症の再発で。

そこで文殊の大騒ぎの原因を再度考えなおして見ることにした。

すると岸部の寡黙な一生とは異なった情景が見えてくる。

自然崇拝、原始宗教の国、日本では言葉も神や悪魔になり人々を支配する。古くからある「言霊」信仰である。村はずれにある巨木が神になり人々の幸を守るように。

原子という言葉は広島・長崎の原爆投下によって悪魔になった。原子力発電所はこの悪魔の砦。住み着いて将来人々を悲惨な目に会わせる。この信仰を持つ人々は原子力発電に反対する。人々の信仰は尊重しなければいけない。たとえ科学抜きであっても。

一方、技術者は原子力発電のコストの低さから普及させようとする。保守系の政治家は大電力会社の意見で動く。何故賛成するのか?そして何故反対するのかを考えないで。

英語のAtom は神でも悪魔でもない。単なる言葉という、人間の使う道具に過ぎない。

しかし原子力は原爆と同じ悪魔の人格を持っている。そうあからさまには言わないが、人々の心の奥ではそう信じている。それを非難しても仕方の無いことだ。それも日本文化の一部として受け入れるのが良い。皆様はどのようにお考えでしょうか? (終わり)


野の草花、

2008年07月12日 | 写真

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手入れをしていな野の草花の素朴さ。下手な写真ですが、質素な美しさを感じて頂ければ嬉しく思います。

このすぐ前の記事で竹西寛子の短編小説をご紹介しました。その中に描かれている岸部の位牌の前に供えたいと思います。彼の控えめな人生にふさわしいよういな花々です。

架空の人物の位牌へ花を供えたくなる。そんな気持ちにさせる短編は傑作ではないでしょうか? (終わり)


竹西寛子「五十鈴川の鴨」、そして原子力発電

2008年07月12日 | 日記・エッセイ・コラム

家人が黙ってこの本をキーボードの側に置いておいた。今時のおかしな日本語で書かれた小説は読まないことにしている。見ると短編。日本語も老人にすらすら読める。面白い小説だ。ストリーの展開が興味をそそる。ミステリアスでもある。人間が描いてある。登場人物が3人しかいないので名前を覚える苦労が無い。安心して読める。竹西寛子の「五十鈴川の鴨」である。

ある会社で働いているの中年の主人公が社外研修会で同年輩の男と知り合う。他の会社の男だが、偶然に何度か社外研修で一緒になる。その岸部という男の寡黙で控えめな人柄に引かれ、その後も時々食事をともにした。間遠うな交際が続く。

・・・・・強いて言えば、彼に見た、あの一瞬のものがなしさに引き摺られていた。虚しさといってもあまり違わないようなものがなしさであった。・・・・・・・・

岸部は独身のようだ。しかし話題が親兄弟、家族のことに及びそうになると、いつの間にか話がそれている。礼儀正しくそらしている。出身地も分からない。

ある時、2人は伊勢の五十鈴川の側の茶店に憩う。眼前を鴨の親子が泳いでいる。岸部が鴨の家族を見て、しみじみと、「いいなあ」と言う。

そして交際が途切れている間に岸部は死んでいる。岸部と交際のあった女が突然、主人公に会い来る。神宮散策へ誘ってくれ、五十鈴川の鴨を見たあの日のことを忘れない。死の病床で、死んだら主人公へお礼を伝えてくれと頼んだという。

そして岸部の家族の悲劇を教えてくれる。広島の原爆で全員死んだ。一人残った岸部は後遺症を背負いながら、控えめな生き方に時を過ごす。そして原爆症の遺伝で子供が不幸になるのを恐れ、独身を通うしている。主人公を訪ねて来た女が何度結婚しましょうと言っても。そして岸部は原爆症で死んで行く。

鴨の親子をうらやむ・・・一人の岸部は生きたということは、十人の岸部が、いや百人の岸部が生きているということでもある。・・・・・・

此処で小説が終わっている。岸部は作者であり、女性も作者の投影であろうか。

このようにひっそりと控えめに生きている人々が多いのではないか?(続く)

出典:日本文藝家協会編、「文学20007」講談社刊、2007年5月18日刊、239ページから247ページまで。