嫁入りのとき和服を幾つも持って来た。ところが女の和服は一人で着るのが難しい。オハイオまで単身来てくれた義理でつい着付けを手伝ってしまった。それ以来、延々47年、和服の着付け係りをする。
手伝ってみて和服の不合理な構造に目の先が真っ暗になる。一番の難点は分厚い絹織り物の帯で着物を巻きつけて、その余った部分で太鼓型の飾りを作り、背中に固定することにある。これは何十回しても太鼓型が綺麗に仕上がらない。
第一、堅い、分厚い、長い帯で着物を締め付けて、一日、着物が崩れないようにしなければいけない。きつすぎても、ゆるすぎてもいけない。
余った帯を、帯揚げで太鼓を作る。このとき綺麗な模様が表面に正しく来なければいけない。左の写真のように、細かな模様の帯は位置を気にしなくくてもよく、楽である。太鼓型が出来たら帯止めで固定するのだが、その時、太鼓が崩れて、最初からやり直り。これを3回くらい繰り返す。何度しても上達しない。
着物が崩れないように締める目的と、太鼓型の飾りを作る目的という2つの目的を堅い1本の帯で達成しようとする「不合理な発想」が基本的に間違っている。「ああこんな不合理な文化を背負っているので、日本はアメリカに戦争で負けたのだ!!!」といつも心の中で叫ぶ。
でも妻にはこのことは言わないで、「ウン、やっぱり和服姿は綺麗だね」と軽い風を送ってやる。
もう一つの難しさは衣紋を抜く程度だ。写真のように首の後ろの襟を少し引っ張って、美しいうなじを見せなければいけない。見せる程度が和服を着る目的によって微妙に変わる。
中高年が多く出る茶会には控えめにし、若者も多数見にくる生け花の展覧会では襟を大胆に抜く。でもこれは太鼓を作るよりはやさしい。後で、帯の下から、後ろ襟の真下を引っ張ればもっと抜ける。
着物の着付けの難しさは、その日に着る和服の材質と柄模様によって着付けの様子が変わってくる点にもある。一般に堅めの絹織物はやさしいが、薄くて柔らかい生地には泣かされる。形が決まらず、着付けをしている最中に崩れはじめる。全く泣きたくなる。
しかし悪戦苦闘の結果出来上がり、妻がにっこりすると終わりになる。
夫婦の義理と諦めて47年。結婚とは大変なものだとしみじみ思う。(終わり)