後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

東京でまだ萱葺家に住んでいる人を発見しました

2008年10月22日 | 日記・エッセイ・コラム

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東京も西多摩郡桧原村の奥の山地へ行くと、昔ながらの萱葺きの家に住んでいる人々が居ます。でも上の写真は青梅市に近い日の出町を車で通っているとき偶然発見しました。江戸時代の後期、150年以上前の造りと推定しました。柱や梁が100年以上も囲炉裏の煙で燻されて真っ黒になっています。しかし梁の材木は太い一本木で、上等な材木を使っています。写真を撮らせてもらおうと、玄関まで行きましたが、お留守でした。上の写真は生垣の外の道路から撮ったものです。掃き清めた庭の反対側には綺麗な白壁の蔵も建っていました。

この写真をよく見ると2階の前面に明り取りの障子が張り廻らせてあり、養蚕に使っていた様子が伺えます。屋根を仔細に観察すると一番下は稲藁で葺いています。その上を萱で葺いて、表面は檜皮葺きになっています。いずれは屋根全体をトタンで覆うートタン葺きになるのでしょうが、この家の家族は先祖伝来の立派な家を大切にして、悠々と暮らしています。

時代がいくら変わっても古い家を修理しながら豊かな気持ちで人生を送っているこの一家へ深い敬意を感じます。お留守でなければお話も聞けたに違いありません。(終わり)

撮影日時:10月15日午前12時頃、撮影場所:東京都日出町、秋川街道沿いにて


現在の老人、昔の老人を少し比較してみる

2008年10月22日 | 日記・エッセイ・コラム

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この写真は10月13日午後、富士五湖の山中湖で撮った風景です。水面の風波、空の雲を眺めていると、「この風景は10年後も50年後も変わらない。でも人は生まれ、死んで行く」と考えてしまう。仕事を止めて、毎日遊んで暮らしていると人生で一番幸せなのは引退後と思う。年金があって食費はなんとかなる。趣味を楽しむほどほどの貯えもある。

それで、つい昔の老人のことを考えてみる。昔は年金制度が無い。仕事を止めれば生活に困る。ところが長男が親の生活を支える。嫁や孫たちと一緒に住んで毎日を過ごす。孫の世話をすることが多くなり、趣味などをしている暇が無い。敬老の気持ちがあるので毎日大切にされる。従って趣味など持っている人は少なかっかた。

しかし、よく考えて見ると、江戸時代には現在とはかなり似ている趣味もあった。和歌や俳句を嗜んだり、茶席を楽しんだりする。素人ながら絵を書いて楽しむ人も居る。盆栽に凝ったり、書画骨董を収集する人もいる。お伊勢参りなどの旅を楽しむ人もいる。

このように書くと現在の趣味と同じように見える。しかし現在とひどく違うところは、江戸時代の趣味人の数が非常に少なかったことである。趣味という言葉が無くて、風流人とか好事家と言い、変わり者のように考えられていた。人口の大多数を占める農民には趣味を楽しむ暇など無かった。

しかし、農村の老人は、元気な間は畑仕事を楽しむことが出来た。生産の喜びをいつまでも味わえる。

現在の日本では子供が独立して老人と別々に住んでいる。子供が帰省したときしか孫達に会えない。年金を貰っている人々が増えてきたので金銭的に子供から独立している。それどころか、子供たちより豊かな老人が日本中に溢れている。

現在の老人にとって趣味が重要になって来たのは子供と別々に住むようになったのが原因である。

現在の老人と昔の老人の日常生活はこんなに違ってきた。どちらが幸せか?

山中湖の風波や空に湧く雲の様子を見ながら、こんな愚にもつかない考えで時を過ごして来た。(終わり)