長さ43フィートのハンスクリスチャン43の大型ヨットと長さ26フィートのアメリカ設計のジョイラック26と、どちらがお好きです?下の写真の43フィートの大型艇は東京ベイヨットクラブのBambino号で、写真に写っているHootaさんが船長です。その下の写真の26フィート艇は私がいつも独りで帆走している進水後28年の古いヨットです。私はHootaさんと一緒に大型艇に乗るのも好きですが、独りで気ままに霞が浦を帆走するのも好きです。インターネットのお陰で、Hootaさんと知り合い、東京ベイヨットクラブの公開帆走にも参加出来るようになりました。インターネットのお陰で趣味のヨットの世界も霞が浦から駿河湾、相模湾、東京湾へと広がりました。(終わり)
近所の孤独な老人が亡くなった。しばらく姿が見えなかったが入院していて2週間ほどでなくなったという。子供がいない。奥さんも数年前に亡くなり、奥さんの母の介護をしていた。その義母も亡くなった。この3年ほどは全く孤独に暮らしていた。白いフサフサした毛の大きな犬を飼っていた。そのうち犬も老いて歩けなくなる。しかし、特注の3輪車へ乗せて毎日病院へ注射に連れて行く。ここ20年位は相当広い範囲の近所の道路の落ち葉を毎日朝夕掃き清めていた。
昔の日本人だが足が長くて、背が高く、細面の上品な顔で、いつもニコニコして道路のごみを一年中掃いていた。それで気がついたが、落ち葉は秋だけではない。何時も少しずつ木々の梢から落ちてくるものなのだ。
近所の人々が白い犬を連れた老人に会うと、落ち葉掃きをありがとうと声をかける。よく楽しげに近所の人と立ち話をしている姿を見た。
感謝した家人がちょっとした贈り物を届ける。素直に受け取ってはくれるが顔が「気を使わないで下さい」と、言っていたそうだ。しょっちゅうだと却って失礼になると思い、間をおいて時々お礼の食物を届けた。
ささやかなお葬式は遠方に住んでいる姪の家族が来て自宅で済ませた。出席した家内によると近所の人々数人だけだったそうだ。私自身は2日後に、静かな雰囲気でお焼香をしようと数珠を手に独り訪れた。呼び鈴を押したが姪ごさんも帰ってしまった後で家には誰もいない。門前で合掌して故人の冥福を祈る。長い間の落ち葉掃きも感謝する。
すると庭師のような人が出てくる。もう後かたづけとは早すぎると思い訳を聞いてみた。すると庭師が言うには、亡くなった人が病院から電話をよこしたそうだ。そしてこういう話をしたという「自分間もなく死ぬから、例年と同じように庭木の剪定と雑草取りをして下さい。代金は銀行振込みをしてあります」
それでお葬式の日からこうして庭の手入れを、毎年と同じようにしてるのです。ここのご主人様は心の優しい良い方でした。庭師は静かにそれだけを話すと私に頭を丁寧に下げて庭の奥に消えてゆきました。(終わり)
今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。 藤山杜人
(写真の出典は、あとみん様の富良野健康生活:http://furano2008.blog95.fc2.com/ です。)