このブログの11月4日の記事に書いたように、私はお茶の水のにコライ堂でロシア正教のある聖職者の方にお会いしました。彼は以前はカトリックでした。ロシア正教の方がイエス様の傍へいるような気がしたので宗派を変えたと言いました。
1549年に日本へカトリックを伝えたイエズス会のザビエルの教えを信じていた人が1861年(明治維新の6年前に)に日本に来たロシアのニコライの教えへ従う事にしたのです。鑑真を尊敬していた人が親鸞の方をもっと好きになる。こういう事はよくあることで驚くべきことではありません。しかしニコライ堂での会話は私へ一つの新しい問題を提起したのです。外国の宗教の、その宗派の隆盛は日本人のその外国への国民感情によって左右されるのでは無いか?、という大問題です。
日本人の多くはロシア政府、そしてロシア人が好きでないかも知れません。日露戦争やシベリア出兵、ノモハン事件などで、ロシアは常に日本の敵国でした。その上、第二次大戦の終期に日本が弱り目祟り目の敗戦6日前にロシアは卑怯にも満州へ攻め込んで来たのです。そして55万人もの日本兵を酷寒のシベリアへ抑留し5万人を殺したのです。そして戦後も国後、択捉、などの北方四島を不法にも占領し、日本と平和条約も結んでいません。
そんなロシアが日本へ持ってきたロシア正教というキリスト教の一宗派を信じる人が居るのでしょうか?居ます。東京の駿河台にあるニコライ堂へ行ってみると日本人信者が沢山居るのが分かります。
日本へロシア正教を持ってきた偉大な人はニコライです。本名、イオアン・デミトリヴィチ・カサートキンは1836年8月13日に生まれました。生まれたところはロシア帝国スモレンスク県ベーリ郡ベリョーザ村です。彼は傑出した宣教師でした。
万里の波濤を越えてはるばる日本へやって来たザビエルのように、鉄道も無いシベリアを馬車で横断し、樺太の北の対岸の港から船で函館にやって来たのです。彼が伝えたロシア正教と日本での布教の事などを少しずつ書いて見たいと思います。(続く)