後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

キリスト教の排他的宗派の存在を打ち破るヨハネ・パウロ2世ローマ法王

2009年11月13日 | 日記・エッセイ・コラム

最近の新聞に、民主党の幹事長の小沢氏が仏教界の代表と懇談したと出ていました。その後で小沢氏が記者会見し、仏教界の代表へ「キリスト教やイスラム教は排他的な宗教です。仏教は排他的でないので良いです」と話したと言っていました。

この理解は小沢氏だけでなく日本人の多くが持っています。そしてキリスト教には事実非常に狭量で排他的な宗派が存在するのです。実に苦々しい事実です。そのような宗派や信者にお会いになったら憐れんで下さい。許してやって下さい。

キリスト教は本来そのような教えではありません。カトリックの代表はローマ法王です。その中で広い心で 違う宗教や宗派の友好的な交流促進に努力して、世界中を飛び回った人はポーランド出身のヨハネ・パウロ2世です。語学の天才でもあり訪問先の国の言葉で話しかけました。日本へは1981年に来ました。日本語で話しかけ、説教をしました。

長崎で殉教した日本人へ敬意を表す「巡礼の旅」です。そしてマキシミリアノ・コルベ神父が1930年から36年まで住んでいた長崎へ行きたかったのです。

コルベ神父は1936年に日本から帰国後、ナチスに逮捕されアウシュビッツの収容所へ送られます。そこで殺される予定のユダヤ教徒の身代わりとなり自分が死刑になることをナチへ申し出て、殺されたのです。キリスト教信者がユダヤ教信者の命を助けるために死んだのです。これが本当のキリストの教えです。

ローマ法王のヨハネ・パウロ2世はこのコルベ神父を聖者として公式に認めたのです。信仰を守るため殺された人を聖者にするのが歴史的な規則です。しかし異教徒の命を守ったコルベ神父を聖者にしたのです。このような態度こそ本来のイエス様の教えなのです。

ローマ法王は神道信者の昭和天皇を表敬訪問しました。そしてキリスト教諸宗派の代表や仏教の諸宗派の代表と会い、異宗教や異宗派の友好関係が宗教人にとって非常に重要なことを真剣に説明しました。私はカトリックでヨハネ・パウロ2世を特に尊敬しています。ところが残念なことにキリスト教の中の10の宗派がヨハネ・パウロ2世へ会おうともしなかったのです。理由は彼が神道の昭和天皇に会ったから拒否したのです。キリスト教のプロテスタン宗派のの中には実に狭量で排他的な宗派が10も存在しているのです。恐ろしいことです。この事実は読売新聞の11月10日号の10ページ目のヨゼフ・ピタウ「時代の証言者」に書いてあります。

仏教界はヨハネ・パウロ2世の態度を理解し、歓迎します。特に成田山新勝寺は広島での法王の平和メッセージが素晴らしいからと、そのメッセージを取り寄せました。そして平和大塔を作り、法王の平和メッセージをカプセルに入れて塔の基壇の下に埋めたそうです。仏教とキリスト教の協力で平和を守る祈りをしたのです。

私の通っているカトリック小金井教会の主任司祭は山本量太郎神父様です。神父様はパウロ2世のようにキリスト教の違う宗派同士の交流を進めています。小金井市内にある11の宗派の違う教会がクリスマスの時に協力する事になっています。クリスマスの12月24日は、信者でない人々も 近所の教会に行って礼拝やミサに気軽に参加できるように準備しています。市内全域へ案内状を出す予定です。カトリックの信者が他の教会へ行くことも許しています。私も他の教会を訪問しました。その訪問記もこのブログに掲載しました。このようにキリスト教は決して排他的ではありません。しかし一部の宗派が悪い印象を植え付けているのも事実です。

皆様に事実や実態を少しでもご理解頂きたいと思い、長文を書いてしまいました。

ご理解のほどをお願い申し上げます。(終り)

この写真の教会は小金井市の貫井南町教会で、メノナイト派の平和の教会です。独立運営の教会で、牧師さんの給料はもちろん全ての出費は信者が出資しています。非常に開放的な宗派でした。このブログの今年の4月2日に詳しい訪問記が掲載してあります。

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自然の営みの神秘(3)庭の小川にヤマメが登って来る

2009年11月13日 | 日記・エッセイ・コラム

大昔、地球に大きな恐竜が繁殖して栄えていました。7000万年に突然絶滅します。その頃人間はまだ現れてません。このような大きな自然の営みへ興味を持つ人々は多いと思います。私も若いころから生物の進化や絶滅についての多くの本を読んで楽しんで来ました。

しかし引退して毎日静かな時を過ごすようになると自然の営みを観察して、色々思案を巡らせるが一層楽しくなって来ます。考えて見ると意外に知られていないことが多く、謎に包まれているのです。小さな営みが神秘的に感じられ、その不思議さに魅せられます。何故か興奮して元気になるのです。

山梨県の甲斐駒の麓の山林の小屋の庭には小川が流れています。

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このように夕方になると、小川の向こう岸のガーデン灯をつけて 岸辺でビールを一人で飲みます。独りで行ったときは、静かに小川の流れを眺めなら、ゆっくり飲みます。

すると2匹のヤマメがふざけて遊びだします。飽きずに30分位も続けます。そしてそのうち1匹だけになります。縄張り争いをしていたのです。横腹に縦の楕円形の斑点が並んだ美しい魚です。神経質で敏捷に泳ぎます。

10分以上静かにしていないと岩陰から絶対に出て来ません。写真に撮ろうとしましたが一度も成功していません。そこで隣の山荘の鬼家(オニイエ)さんの撮った2匹のヤマメの写真を示します。私の庭のヤマメの居る場所から400m位下流にいたヤマメの写真です。

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このヤマメは不思議な魚で梅雨前とか秋になると庭の小川に登ってきます。卵はこの庭先の砂地に産むのでしょうから秋は雄雌2匹で登って来るのでしょう。孵化した子魚は小川を下ります。しかしこの下流は全ての水が水田に入ります。日差しの強い水田の水温は暑すぎてヤマメは死にます。死んでは堪りませんから子魚は冷たい水を求めて又遡ります。

ところで水路は複雑です。甲斐駒岳から流れてくる大きな石空川(イシウトロ川)から引き込んだ水田用の用水路があります。それと庭先を流れ下った小川と合流する所があります。そこで子魚はきっと水温の低い石空川の方へ登って行って、餌の多い快適な川で夏を過ごすのでしょう。餌を十分食べて大きくなり産卵出来るようになると生まれて所へ紆余曲折しながら帰って来るのでしょう。こうして秋になると、私の庭先の小川に戻って来て産卵すると想像しています。

これが合理的な想像ですが真実で無いかも知れません。

実は夏でも、庭の小川に魚が棲んでいる時があります。水温がヤマメにとっては高すぎる筈です。よく見るとヤマメより大きく太っています。横腹は見えませんが、どうも養殖したマスが何処からか逃げて来たようです。泳ぎ方がヤマメのように敏捷でなく、神経質でもありません。人間から餌を貰って育ったのでしょう。水の中から私を見上げています。餌でも欲しかったのでしょう。

庭に一年中、水の絶えない小川が流れています。そこへヤマメが登ってきます。マスも迷って登ってきます。このような自然の小さな営みに何故かひどく感動します。

尚、2枚目の写真は、http://ihcuik69.web.fc2.com/memo09_07.html をクリックして8月4日の記事の「沢にいるヤマメ」との記事に動画で出ています。ご覧になると、ヤマメの敏捷さがお分かりになれます。(続く)

今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。 藤山杜人